第183話 優先順位
現在フェルマンは、アグロで時を過ごすことが多くなりつつあった。
同族であるダークエルフ達の多くはブランギッシュに住んでいるのだが、ここアグロに住む者も少なからずいる。それもあり、当初は行き来しながら様子をみていたのだが、心に思うことができたようで、アグロで過ごす日々が多くなりつつあった。
とはいえ、家はなく、いつもの宿に世話になっているのだが。
アグロ砦でおきた出来事を知らされた彼は、緩やかそうな私服姿のまま机に向かっていた。
防衛強化の案を部屋で練っているのだが、結果として書類の小山が出来ている。
そんな彼がいる部屋の扉がノックされたのは、夕時を過ぎたあたりの頃だった。
「君は、確か……」
「ニアと申します」
扉をあけると黒装束姿のニアがおり、軽く会釈をする。
「はいってくれ。魔王様から伝言なのだろ?」
「はい。失礼します」
スっと、フェルマンの横を通り抜け部屋へと入る。扉を軽く閉めると、フェルマンも部屋へと戻った。
机の上には整理された書類の山や筆記用具がある。
ベッドはしっかりとメイクされたようであり、シーツがピンと張られていた。
衣装がはいったタンスもあるが、デザインらしきものがまったくない。フェルマンの性格がでているかのような質素な部屋だった。
「適当に腰をかけてくれ。それともすぐに?」
「はい。ゆっくりもしていられませんので」
「カプティーの一杯も入れられないか。わかった。用件は?」
互いに立ったまま会話が始まる。
立ち並ぶ2人の姿をみれば、髪や目の色は違うだけで、体形的な意味で同族のようだった。ダークエルフの血が混じっているせいだろうが、近親感を感じずにいられない。
そんなフェルマンに対してニアは冷静な目を向けながら言い始める。
「一つは、現在この街にいる捕らえられた人間達の事です。彼等の尋問をフェルマン様にお願いしたいとの事」
「俺に? なぜだ?」
わざわざ自分を指名してくる理由がわからなく尋ねると、
「精神魔法です。それを使い、聞き出すようにとのこと」
「……なるほど。しかし、あの状態の相手に通じるのかどうか」
「それも考慮の上です。聞き出せるなら良し。反応が無いのであれば、それはそれで判断材料の一つになるかもしれません」
「魔王様はそう考えているのか……まあ、分かった。別段問題もないだろう」
正気を取り戻したあと尋問予定であったが、その時間がどれほどかかるのかも不明。
それならニアの言う通り、試してみるのも悪くはないと判断したのだろう。
「次に、アグロにいる戦力の一部を砦のほうに移してほしいのです」
「む? しかし、それではここが手薄になるぞ?」
「それについていえば、敵の狙いは精霊樹とエルフ。いえ、魔族全体が対象かもしれませんが、精霊樹があるアグロ砦やユミルが狙われる確率が高いとの判断でした」
「……うーむ。では、ユミルのほうはどうなる?」
「そちらには、以前ウースに住んでいた魔族達が増援として向かいました」
「なるほど。それも分かった。できる限りは兵を送ろう。とはいえ、ここも守る必要があるから、あまり期待しないでほしい」
「その辺りの判断は、任せるとのことでした」
言いつけられていたようで、即座に返答がされた。
「最後にもう一つ。尋問と手配が済み次第、アルツに向かってほしいとの事です」
「アルツ? ……帝国の相手をさせる気か?」
「お分かりになりましたか? 現状、帝国の相手まで手がまわりません」
今回の出来事が続くとなれば、沈黙を守っている帝国が動きだす可能性がある。
それを危険視し、アルツのほうで目を引き付けておいてほしい。
こんなところだろうと、フェルマンは察した。
「……理解はできる」
「? フェルマン様?」
唇に指関節を軽くあてながらフェルマンが言うと、それまで冷静な顔をしていたニアが表情を曇らせた。
「悪いが俺はこのままアルツに向かう。尋問とアグロ砦への増援の件は、別の者に頼んでいこう」
言うなり土色をした長コートを衣装タンスから取り出し羽織った。
突然の返事と行動に戸惑ったニアが、扉前に立ち邪魔をする。
「お待ちを。それでは魔王様の命に反します。どちらもフェルマン様にと」
「知っている。だが、そちらについては、他の者でもできるだろう。この街にも手練れのダークエルフはいるし、砦への増援の件ならば、カリス老の副官たる方もいる。むしろ、その方に任せた方が適任だ」
「しかし、魔王様は「ニアといったね?」――!?」
突然名を呼び捨てされ、ニアの瞳孔が一瞬見開いた。
「君たち純魔族が魔王様を第一に考えるのは分かる。俺もあの方のことは尊敬しているし、得難き主とも思う」
「それなら命令を聞くべきでは?」
「考えることをやめてか? それでは託宣を盲目的に信じ従う人間達と同じではないか?」
「な、なにを!?」
「違うだろ? 魔王様が、それを望んでいるとは思えない」
次々とニアの精神的牙城を崩すかのように、フェルマンが畳みかけた。
「誰がやるのかは関係がない。必要なのは目的を果たすことだ。アルツを動かすには時間がかかる。それが遅れ、万が一にでも手遅れになった場合、目も当てられん。時間がない。そこをどいてくれないか?」
扉前に立つニアと、その前に立つフェルマン。
互いに目を逸らさず、意思をぶつけ合うが、先に目を逸らしたのはニアであった。
「……そのままを伝えますがよろしいので?」
「構わん。むしろ伝えてくれ。魔王様がどう思うか、君の目で確かめるといいだろう」
「自信がおありなのですね」
「むろんだ。もし処分されるのであれば、俺に族長たる資格が無かったというだけに過ぎん」
「わかり…ました。では、全てお任せします」
「ああ」
ニアが扉前からどくと、フェルマンが出ていこうとするが、その足を一旦とめる。
「そういえば、先ほどは名を呼び捨てにしてすまなかった。悪いが姓名を教えてくれないか?」
「……ファスタ。ニア=ファスタと申します」
「ファスタ――か。わかった。今度からはそちらで呼ばせてもらうとしよう。では、俺はこれで失礼する」
「ご無事を……」
ニアの小さな声を聞きながら扉をしめ、今度こそフェルマンが部屋をでた。
外にでると、ニアに言ったように尋問とアグロ砦への増援の件を伝え、転移魔法陣を使ってコルクスへと飛ぶ。
陽が落ち、辺りは夜となっていたが、コルクスで借りた馬を使いアルツへと走った。
彼が、ジェイド王との謁見を果たし、魔王の命を伝えたのは、翌日の朝早くであったという。
このフェルマンの判断がニアの口から伝えられると、魔王は機嫌のよさそうな声を出した。
「順調に育ってきているね。彼には、もっと色々な経験を積んでもらうとしよう」
「魔王様?」
実に楽し気な表情で独り言をつぶやく魔王をみて、ニアは怪訝な表情を見せた。
「ん? ああ、命令違反だっけ? そんなんじゃないよ。フェルマンがしたのは、単なる現場の判断ってやつさ」
「よろしいので?」
「むしろ、良かったよ。早くに手をうてるならそれに越したことがない。アルツ以外のことは、確かにフェルマン以外でもできるだろうしね」
「そう――ですか」
「ん?」
いつもと違ったニアの様子に、魔王が困惑する。
「ニア、どうかした?」
「え? あ、いえ……」
やはり妙だ。歯切れが悪い。何かあったのか?
そう言葉を出しかけたが、ペリスが玉座の横へと出てきた。
「どうやら、妹は多少疲れてしまったようです。まだまだ、未熟なようですね。少し休ませてもらって構いませんでしょうか?」
「それは良いけど――本当にそれだけ?」
ペリスの言葉を耳で聞きながら、ニアへと視線を向けている。
「そうよね、ニア」
「……はい、姉様」
自分が信頼する影の姉妹に言われてしまってはと、ゆっくり休むよう魔王が言い渡す。
しかし、今までも何度か同様の任務を言ってきたが、こんなことはなかったのに…と、納得しがたいものを感じている魔王であった。




