第182話 狙われたもの
地上へと降りたカリスの元にオルトナスが近づき、ヒサオの状態が知らされた。
オルトナスによると、何かをされたという事でもなく、戦闘の最中突然倒れたらしい。
現在は、負傷したエルフ達と共に砦の中に運び込まれ、側にミリアがついていた。
「眠っておるだけだと思うが、なぜそうなったのか、まったくわからん」
「お前でも分からんか。ならば、ワシにできることはなさそうじゃな。この2人はどうする?」
「……話ができるようには思えんのだが」
言われるまでもなく目をつけていたが、誰に対しても無反応状態。
「怯えとも違うようじゃし、これはなんじゃ?」
「わからん。少なくとも捕まえるまでは地上の様子に目は向けていたが、見ていただけ、という風にも思えた」
「見ていただけ……誰かに情報を流しておった? そういう術でもあるのか?」
「術や技の類ならばワシの咆哮で解ける。だが、まるで変化がない」
「ふーむ……時間で解けるやもしれんし、アグロで預かってはくれぬか? ここでは、危険すぎる」
「それはいいが、アグロでも安全は保障できんぞ」
「そこを何とか頼む。此度の事は異常が続きすぎて、少しでも情報がいる」
「やれやれ。分かったわい。しかし、魔王様にはどうする? ヒサオの件も含めて連絡を入れねばなるまい」
「ヌヌウ。魔王殿は、ヒサオを可愛がっておられるからな。今回の事で、さらに心労が……」
「確かにの……全部ありのままを知らせるには……」
2人が互いの気持ちを確認しあうが、かといって知らせぬわけにはいかないだろうと、同時に溜息をついた。
「魔王殿には、ワシの方から知らせよう。あれこれ質問されるのは、ワシなのじゃろうし」
「そう――じゃな」
話が決まりかけたのを見て、近くにいた竜人が近づいてくると、鉛色をした長衣をカリスへとかける。その部下たちに、死人のような男2人をアグロに連れていくことを命じた。
「カリス様は?」
「ワシか……オルトナス。こやつらの目的はなんと見る?」
「精霊樹とエルフじゃろうな。両方とも狙っておった」
「ワシもそう思う。空にいたとき、この2人は地上のことを気にしていたからな」
意見が一致したことを知ると、側に立つ若い竜人へと目線を向ける。
「ワシはしばしここを守る。また同じ事が起きるかもしれぬ。お前達は、アグロに戻り守りをかためよ。その男達のことは牢にいれておけ。誰にも手出しはさせるな」
「分かりました。カリス様、お気をつけて」
「お前たちもな。ワシがいない間、何かあれば、フェルマンの指示に従え」
「フェルマン殿に? しかし……」
「しかし、なんじゃ? ワシが認めた男に不満があるのか?」
「い、いえ。そのような」
「分かれば行け。いつまでも、ワシの背ばかりを追う必要はない」
「ハッ!」
射すくめられるように視線を向けられ、竜人達がアグロへと戻りだした。
「……きついの。フェルマン殿も当て馬にされて可哀そうじゃ」
「そういうわけでもない。実際、フェルマンはよくやっている。長としての力量も大したものだ。魔王様との間でも何かあったようじゃしな。あのまま育ってくれるなら、アグロのことを任せてもいいと思っている」
「ほう! そこまで評価しておったのか?」
「最初に会った時はそうでもなかったが……変わったな」
「ふむ? ワシは今のフェルマン殿しか知らぬが、それほど違うのか?」
「種族的な垣根が薄い。エーラムとブランギッシュに住まう時間があったせいと思うが……」
「なるほどの。しかし、あの言い方では、部下たちも納得せんのではないか?」
「分からんのであれば、それまでよ。今以上の成長ができねば竜王とはなれん。あるいは、ワシの代で終わりを迎えるかもの」
「そこまで覚悟しておるのか?」
「これも時代の流れ。飛竜王の後継者もとうに途絶えた。地を行く竜たちもまた、いずれは途絶える。じゃが、それに代わる力もまた出てきている。まだ若い芽であるが、なかなかどうして頼もしい時がある」
「ほほ。なかなか、爺らしい言葉じゃな」
「お前とて、ワシとそう変わらんじゃろう。いい加減、後継者を作って隠居すればよかろうに」
互いに軽口を叩きあう2人であったが、カリスの一言でオルトナスの目が変わった。
会話を楽しむのではなく、何かを思い出し、決して忘れてはならないと自制をかけているようである。
「……まだ、メグミの事がふっきれておらんのか」
「できるか」
「やれやれ。お前も難儀な爺じゃな」
「お互いさまじゃ」
互いの心情を知り笑みを交わしあうと、それぞれがやるべき事へと行動を移した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔王城
「……オルトナス。君が報せにくると、だいたい決まって悪い事を聞かされるんだけど、今回のこれは極め付けだね」
「心外ですな」
謁見の間において、全ての報告を終えたオルトナスに魔王が発した最初の言葉がこれであった。
「砦にカリス爺が残ったのは良いとして、もし目的が精霊樹とエルフ達にあるとしたらユミルも危険か……」
「はい。結界があるとはいえ、あれほどの群れ成すモンスター相手では心もとないです」
「わかっている。だけどね……」
「……やはり足りませんか?」
「知っているなら聞かないでよ」
うんざりとしたような声をだし、顔を背けた。
アルフヘイムとムリエル。
この2カ所の防衛強化に、純魔族達も増援として送られていたが、帰ることなく彼等の人生は終わってしまった。今現在、魔王の直接的な部下として生き残っている者は、かなり激減してしまっている。
「それに、君も知っているだろ? 敵の狙いが精霊樹にもあるのだとしたら、ここだって危ない」
「地下にある精霊樹の事ですが……あれが外部に漏れることは無いと思いますが」
「そうでなければ困るよ。できるだけ人をいれないようにしているんだから」
ケイコやルイン。
それにカテナに、魔王のクラスメイト達。
彼等が眠りについている場所には精霊樹があった。
魔力がない場所に魔族達も住めないため、どこかにあるだろうと考えた者達はいたが、それが魔王城の地下にあると知っているのは限られた者達だけ。
オルトナスもまた、その1人であるが、この話を誰かに漏らしたという事はなかった。
「……純魔族は送れないけど、北にいた皆がエーラムに移り住んでいる。彼等ならどうだろうか?」
「なるほど。戦える者達であれば、問題ないかと」
軽く頭をさげ、承諾すると、
「それと……ヒサオの事だけど」
予想していた事の1つがでてきて、下げた頭をあげられず固まってしまう。
「原因については、本当に何も?」
「それについては、本当に何もわかりません。突然でしたので……」
「どういう状況でそうなったの? 詳しく聞かせてくれないかな?」
「そう…ですな」
魔王に尋ねられ、状況を思い出していく。
カリスが空へと向かい、しばらくした後だった。
若い竜人達による増援もあり、若干の余裕がでてきたころ、精霊樹そばで剣をふるっていたヒサオが突然倒れた。
状況を後ろから見ていたミリアが近づき、神聖魔法をかけたが無反応。
様子をみれば、規則正しい呼吸音がし眠っているだけだとわかった。
理由は不明だが、そのままの状態で放置するわけにもいかなく、カリスが降りてくる前に砦の中へと担ぎ込まれることになる。
「本当にそれだけ? 何か見落としているんじゃ?」
「そうだったとしても、ワシには分かりませぬ。常に見ていたわけではないのですから」
「うーん……」
「魔王殿。今のヒサオは眠っているだけでしょう。魔法も効果が無いということは、病気的なものでもない。今しばらくは眠らせたまま、様子を見るべきかと」
「……」
オルトナスの言葉が耳にはいっているのかどうか、それすら怪しい様子をみせる。
しばしの思案のあと顔をあげた。
「わかったよ。だけど、あまりに長く眠り続けるようなら知らせてほしい」
「わかっております。何か分かれば、報せにまります」
「頼むね」
オルトナスが去ると、部屋に静寂が戻る。
残った魔王は、目に見えない敵との攻防を頭の中で描き始め、自分が打たなければならない手を模索した。
(早めに手を打っておいた方が良さそうだな。できれば彼に……よし」
思いついた事を伝えるために、魔王はニアの名を呼ぶのであった。




