第179話 急襲
深夜の魔王城が騒ぎ出す。
「謁見? こんな時間にですか?」
「はい。もうしわけありませんが、なにとぞ……」
魔王の部屋前で話あっているのは、褐色肌をしたペリスと、青白い肌の女だった。
魔族の一員であることを示すかのような肌をした女のほうはメイド服姿。
ペリスのほうは、いつものように黒装束で身を包んでいる。
この2人がどうして魔王の部屋前で話し合っていたかというと、眠りについた魔王の部屋が深夜であるにも関わらずノックされたからに過ぎない。
その用件は、謁見申請が出た事。
本来であれば、数日待った後行われるはずが、やってきたメイドは今すぐにと言ってきている。
やってきたメイドは務めて長い。ペリスも何度か話をした覚えがある。
なのに、今すぐというからには、よほどの事情があるのだろうと察することは出来た。
「相手はどこに?」
「すでに謁見の間に……あまり時間が無いかと思います」
「もうですか?」
いくら何でも早すぎる。
魔王がいないのに謁見の間に通すとは、と考えたペリスであったが、伝えにきた女の顔をみれば焦る気持ちを抑えようとしているのが分かった。
「……いえ、そう言う事ですか。わかりました」
「お願いします。どうか、魔王様を」
「ええ。分かっています。ですから、あなたは下がりなさい」
ペリスが静かな声で言うと、メイドの女は一度頭を下げ立ち去った。
魔王は眠る。
部屋の中に置かれた天蓋つきのベッドの中で眠っている。
近づくペリスがその姿を見ると表情を曇らせた。
普段とは違う姿。
ヒサオ達には見せた事のない、本来の姿。
顔にはいくつものシワがあり、痩せた体形を隠すかのような緩やかな寝巻を着用していた。
それはスキル操作を解除し、本来の姿へと戻った魔王。
この姿を見ることができるのは、現在ペリスとニアぐらいなものだろう。
知る者はいても、間近で見ることはない。それができるのは、護衛としてついている影の姉妹の特権ともいえる。
「魔王様……魔王様……」
眠りを覚ましたいのか、あるいは邪魔したくないのか、どちらとも取れるような小さな声。
疲労が溜まっているせいか、魔王はその声では起きなかった。
このまま寝かせて起きたいペリスであったが、悲し気な表情をしながら細長い指先を魔王の胸へとあてた。
「魔王様。もうしわけありませんが、起きてください」
「……ん? ……なんだ? もう朝?」
声がでた瞬間、ペリスの指が魔王の胸元から離れる。そして一歩身をひき膝をついた。
「……じゃないな。どうした、ペリス?」
老人の姿のまま身を起こし、膝をついたペリスに枯れた声を出した。
「謁見を求めるものがいます。伝えにきたメイドによれば、あまり時間が残されていないとか……」
「……時間が? 何かあったのか?」
「分かりません。ですが伝えにきたメイドは、私も知る相手です。その様子からするに、余程の事態でしょう」
「……そういう事か。わかった」
返事を返すと、這いずるようにベッドからでる。
横にたつと、魔王の体から湯気のような蒸気がではじめ、徐々に体が若返っていった。
いつもの青年姿になると、呻くような声を一度だした。
「よし。着替えは?」
「そのままでよろしいかと」
そういうペリスであったが、それもちょっと、と考え、灰色のガウンを羽織り部屋を出ていき、ペリスは魔王の影に隠れた。
部屋をでて、玉座がある謁見の間へとたどりつくと、1人のエルフの姿があった。
その彼の足元には血の道ができている。
「……」
無言のまま魔王が歩み寄る。
肌は焼かれ、服が切り刻まれている。
左腕がなく、厚い布地がまかれた付け根を右手で抑え込んでいた。
床に落とされた木弓は糸がきれ、魔王が近づいてきても顔をあげようとしない。
「話を」
顔を近づけ、耳元で小さな声をかけると、
「……ムリエルが……落ち……王が……すまない……と」
ほんの少しの雑音で打ち消されそうなほどに、かすれ消えそうな声だった。
男の口から出る声が止まる。
わずかな呼吸音のみがする。
その呼吸も次第に途切れがちになり……
「……ペリス。ニア」
男の頭を自分の肩に抱き寄せ、姉妹2人を呼び出す。
現れた姉妹は、無言で魔王の命令を待った。
「ムリエル最後の男だ……せめて、精霊樹の元に返してやろう」
「「はい」」
命じられた姉妹と魔王によって、ムリエルからの最後の使者が運ばれていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――ブランギッシュ
ニアさんが今朝早くやってきて、事の次第を知らされた。
建国式間近という理由から街の警戒態勢が上がっていた事もあり、この出来事は多くの人に知られてしまったようだ。そしてイルマは一つの決断を下した。
「建国式を延期する?」
すでにイルマの家族は城の中に移り住んでいて、彼の部屋に来ていた俺は、この事を聞かされた。
「ああ。魔王に頼まれて、ムリエル調査のため部下を送ったから、警戒するための人手が足りねぇ。いつこっちも、襲われるかわかんねぇし……建国式当日にやられたら、たまったもんじゃねぇよ」
「……まぁ、そうかもな。ここはオズルに近いし」
もし次に襲われるとしたら、ブランギッシュだろう。
ここは託宣が聞こえないから、襲ってくる可能性は低いと思うけど、それでも警戒はしなければならない。
そんなことを考えていると、突然イルマが自分用に作られた頑丈な机をドン!と叩いた。
「クソが! 最悪のタイミングでやりやがって!」
「イルマ……」
「ようやくだぞ! ようやくここまでこれたんだぞ! なんでだよ!」
落ち着けと言いたいが、気持ちが良く分かった俺は、声を出せずにいた。
こいつが、苛立つ声をあげるのは久しぶりかもしれない。
しばらくイルマの大声が続いたが、それを黙って聞いていた。色々貯めこんでいたようで、聞かせる相手が欲しかったとも思える。家族の前だと、言えないようなことまでペラペラしゃべりだして……こいつなりに気を使っていたんだろうな。
「わりぃ。愚痴ばっかいってよ」
「いや、いいよ。それより、建国式延期の件、俺の方で、各地の代表に伝えておこうか?」
「ああ、そうしてくれると助かる。少なくとも調査が終わるまでは出来ねぇ」
「わかった……イルマ、たまにはアレだ。愚痴ってもいいからな?」
「ハン! 生意気なこといってんじゃねぇよ!」
どうやら気がすんだようだ。いつものイルマに戻ってくれている。
とは言っても表面上だけだろうけどな。
しかし、一体全体、どうやってムリエルを短時間で落としたんだ?
2度も攻め込んでも落とせなかったのに……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
各地の代表者へ連絡を終えた。
俺が知らない部族長さんには、カリスさんから連絡がいくことになっている。
仕事を終えた俺は、アグロでオルトナスさんやミリアと待ち合わせをしていた。
ムリエルがやられたということは精霊樹も危うい。砦にある精霊樹にも何かしらの影響がでていないかという調査をする為だ。
門前で待っていると、いつもの姿で2人がやってきて、少し挨拶を交わしたあと砦に向かった。
アグロで借りた馬をつかい砦に到着。馬の足なら半日もかからない。馬車が出ていればいいんだけど、精霊樹の件があって、ここは対象外になっている。
で、砦についたとたん、
「なんじゃ、この魔力は!? 尋常ではないぞ」
「みんな騒いでますね……」
俺には分からなかったけど、どうやら異常事態になっているようだ。調査にきて正解だったかもしれない。
砦にはいり、精霊樹がある中庭へと向かうと、人混みができている。見た目は異常なしだけど、騒ぎ方が尋常じゃないぞ。
「オルトナスさん、そんなに凄いんですか?」
「うむ。何度かあった活性時と比べても、数倍の魔力放出を行っておる。どうしたというのだ?」
「師匠もわかりませんか?」
「わからん。わからんが、調査をせねばならんじゃろ。ヒサオ、お前は、とりあえず触るな。何が起きるか分からん」
突然駄目だしされて、歩きかけた足を止めた。
「え? 俺だめなの?」
「駄目じゃ。お主の魔力は分からん事が多い。何かしらの影響を与えてしまうかもしれん」
言われてみれば、俺自身、分からないからな。
でも、いままでペタペタさわってしまっていたけど、特に変化はなかったように思える。
足早に進む2人に追い付いた後、そのことを言うと、
「通常時なら良い。だが、この異常時に、さらに分からん要素を加えたくない」
「なるほど」
そういう事ね、と、納得してみる。
しかし、そうなると、俺は黙ってみているだけか――うーん、どうしよ。
そう悩む俺の前で、オルトナスさんとミリアが人をかき分け精霊樹の近くへと向かう。
いつ見ても大きな木だな。
見た目は変わっていないし、ちょっとぐらい触ってもいい気がするが……いや、これが駄目なんだよな。うん。わかってる。
しかし、魔力の放出量が増加したのか。
このタイミングってことは、やっぱりムリエル関連だろうな……
でも、どうしてそうなったんだ?
……まてよ?
ユミルの方はどうなんだ?
オルトナスさんがここにいるってことは、異常なしってことだと思うけど少し気になるな。アスドール王に通話してみるか。
携帯をズボンのポケッとから取り出してさっそく通話してみる。
トゥルル―…ガチャ
「あ、もしもしヒサオです」
『……ヒサオか。どうした? 先ほどの話ならもういいぞ』
「いえいえ、建国式の件では無いですよ」
アグロ砦にある精霊樹の件について話をしてみると、
『そんなことになっているのか。こっちは今のところ異常はないが……まぁ、わかった』
無事なのがわかって、ホッと息を吐いた。
でも、これで話は終わりじゃなくて、
『しかし、オルトナスがそちらに行っているのか。それでは、いざという時に連絡がとれんな』
そうだったと顔をあげ、調査中のオルトナスさんを見る。まだ続きそうだな。
「こっちが終わりしだい、ユミルに帰したほうがいいですか?」
『できれば、そうしてほしい…が、そちらの精霊樹が落ち着いてからでいい。異常なものを放置させたままというわけにもいかぬだろう』
「そう…ですね。わかりました。その辺りの判断はオルトナスさんに聞いてみます」
『それでいい。すまぬが、伝えておいてくれ』
「分かりました。では」
ガチャリと通話をきる。
そりゃ、そうだよな、と改めて思ってしまった。
さて、調査が終わるまで待つか。
しかし、そんなに魔力放出量が多いのか? 俺にさっぱり分からないんだけど?
と、考えたとき、
「キャア―――――――!」
「お、おい! あれ!」
「なんだよ、あれは!」
「も、モンスター! しかもあんなに!」
「嘘だろ! おかしいだろあんなの!!」
え?
なに、モンスター?
周囲のエルフ達が騒ぎ出したので、キョロキョロと見てみるが、何もみえ……いたわ。
いたのは、空だった。
空に浮かぶ黒い雲。
実際は雲じゃなくて、怪鳥類のモンスター達が群れていて雲に見えている。
様々な種類のモンスターが南方向から、こちらに向かって飛んできていた。
さらっと鑑定してみると、ハーピー、ガルーダ、グリフォン、ロック鳥、それにワイバーン等々。数が多すぎて鑑定しきれない。
「なんだありゃ……」
とてつもない量の空を飛ぶモンスターたちが、一斉にこっちに向かって来ている。もうじき降りてくるぞ。
「ミリア! オルトナスさん!」
「みとる! ヒサオ、すぐにカリスの爺に連絡をいれろ!」
「え、カリスさん? あ、そうか!」
転移魔法陣。ここには、オルトナスさんとミリアがいる。直接アグロに繋いで増援を呼べるな!
「魔法陣を作る。皆、場所をあけろ! ヒサオ、街の中心に繋ぐと教えておけ!」
「分かりました!」
そこなら、すぐに人が集まりそうだ。よし!
オルトナスさんが懐から筆を取り出すと同時に、俺も携帯をとりだし通話を行う。
その時、
「GAAAAAAAAAA!!」
クソ! さっそくか!
エルフが離れたことで、オルトナスさんが一人になった。
そこへと大きなワシのようなモンスターが襲い掛かる。ガルーダだ!
「させるわけないでしょ! 《風玉》」
ミリアが援護射撃。拳のような風の玉が、ワシの胴体に命中するが、わずかに怯んだだけだった。
なにしろ大きさが違う。こいつだけで3m強だ。
だが、その怯んだ隙に、散らばっていたエルフ達から弓による援護射撃がくる。
「GYAAAAAAAAAAA!?」
雨のようにふってくる矢がつきささり、一瞬頭を浮かせたかと思うとドサっと倒れた。
やった! と思うのも束の間。同じような大きさのガルーダ達が空から襲ってくる。
「キャァ――――――!!」
「くるな、くるな!」
「ちくしょ! ちゃんと死ねよ!」
「何だよこれ! 何なんだよ!」
襲われると同時に、悲鳴がそこら中からしだす。
「何をグズグズしておる! はよせんか!」
「もうやってます! ――と、出た! カリスさん!」
『どうした。慌てた声をだして?』
「話はあと! 街の中央に、オルトナスさんが魔法陣を出現させます! そこから兵を送ってください! アグロ砦に空を飛ぶモンスター達が一斉に襲ってきています!」
『なんじゃと!? 最近は、まったく見なくなったのに、どうして砦に?』
「そんな話は後で! とにかく、急いで!」
『わかった。すぐに送ろうぞ』
それだけを聞くと、ガチャっと切った。
「すぐに来ます!」
「よし!」
俺の声に頷いた後、大きく息を吸いだす。
それがピタリと止まり、
「皆きけぃ!! アグロから増援がすぐにくる! 精霊樹をなんとしても守るのじゃ!」
あらんかぎりの気迫を込めた声に、一瞬、戦闘による音が止まった。
「そう、そうだよ」
「守らなきゃ! 今度こそ!」
「俺達の精霊樹だ! やるぞ!」
「もう、あんな想いは嫌よ!」
「やろうぜ! みんな!」
「「「「「「「おぉおおおおお――――――――!!!!」」」」」」」
……凄い。
オルトナさんの声で、脅え逃げ出しかけていたエルフ達が一気に動き出した。
「GAAAAAAAAAA!!」
って、こっちもか!
「このぉ!!」
慌てた俺は、すぐにミスリルソードを空間から取り出し、襲ってきたロック鳥の顔面に上から下へと切りつけた。
「GYAAAAAAAAAAAAA!!!!」
おお! まぐれあたり! いや、まぐれ切か? ナイスなタイミングで切れたぜ。
翼を大きく開いた胴体に、横から槍をもったエルフ男が攻撃をくりだす。ブスリと矛先が体へと突き刺さった。
「よっしゃあぁ――!」
と声を上げたが、突き刺した槍が抜けないのか「お、おい」とか言い出した。なんてお約束な!
そんなことをしている隙だらけの男に、ハーピーとかいうモンスターが襲ってくる。
「《水の竜巻》」
ミリアか!
おそってきたハーピー達を水の渦にまきこみ、後ろへと押し戻した。
「ヒサオ、その男を!」
「あいよ!」
何を言わんとしているのか分かったので、槍が突き刺さり抜けなかった部分に、俺が持っていた剣を突き刺した。剣をぐりっと回転させて、上へと突き抜けさせる。穴が広がったことによって、槍がポロっと抜け落ちた。
「た、助かった。ありがとうな!」
「いいから周りを! ドンドンくるぞ!」
クソ! 増援はまだかよ!
早くしてくれないと、本気でやばいぞ!




