第176話 想いは同じ
陽がおち、すでに研究所の外は暗くなっていた。
ここコルクスの住民は、夜は早く寝て、朝早くに起きる健康的な生活を営んでいる。
そんな村の中で、ただ一つ。帰還研究所だけは、深夜おそくまで魔法の光がともっていた。
「ミリア。無理しないほうがいいよ」
「そうはいうけど、ここの所、進展が一切ないわ」
実験で使ったフラスコを前に、ミリアが肩を落としている。
疲労感を隠すこともできなくなった彼女に、見ていられないとエルマが声をかけた。
師であるオルトナスといえば、休憩室にいって仮眠にはいったようで、この場にはいない。
「やっぱり世界樹がないと無理なんじゃないかな?」
「ないものを強請っても仕方がないわ。今あるもので何とかしないと。もう一度よ」
棚にあった精霊樹の樹液がはいったガラス瓶に手を伸ばそうとした時、急激な目眩に襲われた。意識が遠のくのを感じ、使っていた実験台の上に手をつく。
「ほらまた。今日だけで何度目だい?」
「まだ、いけるわよ。もう一回だけ」
気合でもいれたのか、目に力をいれ細くする。だが、その目にうつる光景がかすんでみえた。
「ッ!」
視界がぼやけたのをきにし、軽くこすると、エルマが大きなため息をついてから、
「いいかげんにしなよ。休むことだけは師匠をまねるべきだ」
「エルマがそういうのって、初めて聞くわ」
「そうかな? 僕なりに師匠を尊敬しているつもりだけど」
軽口をつくエルマに、ちょっとした驚きをみせる。
「それ本人の前でいってあげたら? きっと喜ぶわよ」
「言うと思う?」
「でしょうね」
ほんの少しの談笑をするが、2人の笑い声はすぐにとまってしまう。
疲れを感じさせる溜息すらでそうな雰囲気の中、エルマが話を続けだす。
「ミリア。どうしてそんなに無理をするの? いくらなんでも、おかしいよ」
「おかしくないわ。エルマだって2度も3度も異世界にきたら、わかるわよ」
「そんな事あるのは、ミリアだけだから無理いわないでよ」
その通りな気がするが、当人であるミリアは、納得がいない様子だ。
「そんなに、早く帰りたいの?」
「そう……ね。帰りたいわ。これ以上、この世界にいたら……」
「いたら、なに?」
「……」
返事がない。
エルマの声を無視し、棚へと手を伸ばした。
緑色の液体がはいったガラス瓶をとると、キャップの蓋をとり、フラスコに――と、そこで失敗したばかりの泥水のような液体を入れたままだったと思いだす。
(ハァ……なにやってんだろ)
実験道具の洗浄をわすれ、次の実験にとりかかろうとした。
そんな基本的な事すら忘れている自分に呆れたようで、ガクっと頭を垂らす。
「ミリア。ほんと、もうよしなよ。それ以上は体に毒だよ」
「わかってるわよ。でも、さっきもいったでしょ。何一つ進展ないのよ。このままじゃ、いつになるか分からないわ」
「だから、休んでからにしなよ。考えだって悪くなるし、樹液だって数少ないんだ」
「もう、エルマったら、うるさい」
「うるさくてもいいの。いい加減にしないと、僕だって怒るよ?」
「この小姑……」
「こ、小姑って!?」
副所長を怒れるエルマの地位。それは小姑。
いや違うが、似たようなものかもしれないが。
「わかったわよ。仮眠するわ。エルマも魔法を解除して寝なさいね」
「ミリアが寝たら、僕も休むとするよ。というか、もう3日も帰っていないんだから、家に戻ったら?」
「面倒なのよ。じゃあね」
編んでいた髪をほどきながら、奥にある休憩室へと向かった。
残されたエルマは「やれやれ」といった声をだしたあと、ミリアが使い残していってしまった、実験道具をみて、
「結局、洗わないでいっちゃった。しょうがないな~」
苦笑し、カチャカチャと音を鳴らしながら、後片付けを始めるエルマであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コンコン。
玄関扉を叩く音がし、片付けがおわったばかりのエルマが振り向く。
(こんな遅くに……ああ、もしかして)
思いあたることがあるのか、玄関扉をひらくと、そこにいたのは私服姿のテラーであった。
「今晩は」
「今晩は。ミリアですよね?」
「ええ。もう3日目でしたので、気になりました。また無茶を?」
「まぁ、そうですね。ついさっき、なんとか仮眠させました」
「ハァ……またですか。いつも、エルマ君に世話をかけさせていますね。すいません」
「いえいえ。兄弟子のようですから、これぐらいはね」
どっちが年上なのか分からない、そう、テラーは考えながら、研究所の中を覗き込んだ。
「もしかして、エルマ君もこれから?」
「ええ。僕も休むところでした」
「それは、すいませんでした。夜分に邪魔をして」
「いえ。それより、ミリアを連れて帰りますか?」
「そう――ですね。いつものように、背負って帰ろうかと思います」
こうした2人の会話は、週に1,2度繰り返されるもので、ミリアを連れて帰る日もあれば、そのまま寝かせたままにする日もあった。
兄弟子と家主の両方に心配をかけさせながら、ミリアの日常は過ぎていたのだろう。
「じゃあ、すぐに服を持ってきますね。ミリアはいつもの所で寝ていますから。ああ、師匠も寝ているので間違わないでください。薄暗いんで」
「大丈夫です。匂いでわかります」
「そ、そうですね」
どっちも同じ薬品の匂いがついて、変わらないきがするんだけど、とは言わずに奥にある更衣室へと歩いて行った。
残されたテラーは、勝手知ったるなんとやらで、休憩所のほうへと歩き出す。
明かりのある研究室を通り過ぎると、すぐ隣が休憩室になっていて、ソファの上で眠りについている者が2人。もちろんオルトナスとミリアだ。
「何も上にかけずにまったく……横になってすぐに寝てしまったようですね」
自分が入ってきた事にも一切気付かない。しかも白衣姿のまま眠っている。
女としてこれはどうだろうか? 師であるオルトナスに悪い所が似てしまったのでは? と考えつつ、ミリアの手を掴もうとした時、
「……ヒサオ」
ボソリと声がし、手を動かすのを一瞬止てしまった。
「またですか。ほんとにミリアは」
すでに同居してから半年以上がたつ。
その間にこうした寝言を何度となく聞かされている。
さすがに本人には言わずにいるが。
(そんなに気になるなら、近くにいたらいいじゃないですか。どうして、あなたは素直になれないのです)
2人になれば、すぐ横にたつのに。
何かあれば、誰より早く気付くのに。
近くにいれば、ヒサオを目で追っているのに。
そんなちょっとした行動を繰り返すミリアに、多少なりともストレスを感じている。
(好きなら好きといえばいいでしょう。ヒサオもヒサオです。どうみても、両想いじゃないですか。私なんか入る隙間もない。2人とも馬鹿ですか)
そう考えたが、ふと、自分もその馬鹿の1人なのかと気付くと、怒るのも馬鹿らしいとミリアの手を取って背負った。
研究室の方へと戻ると、すでにエルマがいて、ミリアが普段から着ている天の長衣をもっていた。
「ありがとうございます」
「いえ、杖のほうは預かっておきます。邪魔になるでしょうから」
「いつもすいません」
テラーの声に、ニコっと笑みをみせながら、背負っているミリアの体に優しく服をかけた。
「……テラーさん。ミリアがどうしてこんなに無茶をするのか、わかりませんか?」
「それは、私にも分かりません。むしろ、エルマ君のほうがわかるのでは?」
「いえ、僕にもさっぱりで。さっきも聞いたら、これ以上、この世界にいたくないようなことを言っていました」
「ミリアが?」
「はい」
そんなことを言ったのか? とテラーは不思議がる。
ミリアとヒサオの仲は、ほとんど周知の事実となっている。このままこの世界に住み着いたらいいのでは? という声があるほどだ。
それなのに帰りたがっている?
それほど故郷に想うことがあるのだろうか?
「ヒサオが帰りたがっている理由はわかるのですが、ミリアはそんなに帰りたいのでしょうか?」
「え?」
出会ったころのミリアであれば、そうした発言がでてもおかしくはない。
半年以上前に、イルマといっしょにカリス老の命を狙った時は、ミリアはこの世界のできごとには関わらず、帰還を目指したいようなことを言っていた。
あの頃ならばわからなくもないが、今のミリアはどうなのだろうか?
研究に対する姿勢を見る限りでいえば、変わらない様子ではあるが、
(でも、ヒサオのことは? 本当にミリアは帰りたいのでしょうか?)
わからない。
ヒサオといる時のミリアは、いつも笑っているし、楽しんでいる。
あの笑顔が作り物?
だとしたら、大した役者だと思えるが、テラーの女としての勘が違うといっていた。だが、その理由までは考えが及ばない。
「やっぱりわかりません。エルマ君すいません」
「いえ。そんな謝らないでくださいよ」
軽く頭をさげたテラーに恐縮した時、玄関扉をノックする音が聞こえた。
ん? と2人が顔をむける。今度はだれ? とエルマが出る。
「ヒサオさん。あなたまできたんですか」
「俺まで?」
言われてから、研究所の中を覗き込むと、ミリアを背負ったテラーの姿が見えた。
「なんだ、テラーもきていたのか」
「ええ。これから連れて帰るところですよ」
そう言いながら、背負っているミリアに近づき眠っている顔を見た。
「予想どおりか。エルマ君も大変だね」
「いえ、まあ、師匠で慣れていますから」
「慣れなくてもいいことに慣れちゃって……」
「ハハハ……ミリアに小姑と言われました」
「「……」」
どういって元気づけようかと、その場にいた年長者2人は考えたという。
「なによ……の馬鹿」
「あん?」
唐突にテラーの方から聞こえてきた声に、ヒサオが反応。見れば、ミリアが何かをいったようで、テラーが眉を曲げていた。
「今のミリアだよな?」
「ええ。そうですね」
「なんだ? 夢の中でも俺を馬鹿にしているのか? まったくこいつは」
フゥと息をはいてから、腰に手をあて口を曲げた。
「さっさといこうぜ。どうせ、疲れがとれるまで起きないんだからさ」
「ええ。そうしましょう。エルマ君も早く休んでくださいね」
「はい――って、あ、ヒサオさん!」
「ん?」
「どうせだから、杖も一緒に。少し待っててください」
言い終わる前にエルマが奥へと下がり、すぐに戻ってくるとヒサオに世界樹の杖を渡す。
「ああ、うん。これな……」
枯れ枝で作られたような杖を手にしたヒサオは、苦虫をつぶすような表情を見せた。
「どうかされましたか?」
「いえ、何でもないですよ。じゃあ、エルマ君も早く寝たほうがいいですよ」
ヒサオが取り繕うような笑顔を向け言うと、先にテラーがでていく。
ヒサオが代ろうか? という声が外から小さく聞こえてきたが、それ以降の声はエルマの耳に届くことはなかった。彼が、師匠であるオルトナスの隣に向かったのは、1時間ほど後となる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
研究所から離れ、転移魔法陣をつかいブランギッシュへと戻った2人。
「ヒサオ助かりました」
「なにが?」
転移がおわり、魔法陣が敷かれた建物からでてくると、ミリアを背負っていたテラーが言い出す。
「私の魔力だけでは、戻るのに一日かかったもので」
「ああ、魔力不足か……って、いつもはどうしているんだ?」
「ミリアの魔力を……」
「……寝ているやつの魔力を吸収させたのか……ま、まぁ、いいんじゃないか」
あえて、返事を濁したようだ。
お前は鬼か! いや、獣人だったな! だけど、それはひどくないか! とは思っても言えない。
「ご、誤解しないでくださいよ! 2人で同時にはいると、そうなってしまうのですよ。意図的なことではないです!」
「お、おぅ」
最初はそうだったのかもしれないが、2回目以降は……いや、つっこまない。つっこまないぞ、俺は。うん。と、心に蓋をした。
その後、微妙な空気となった2人はテラーの家に向かうが、その途中で、背負ったミリアの重さを感じながらテラーが尋ねだした。
「……ヒサオは、ミリアが無理をしている理由がわかりますか?」
「ん? 早く帰還したいからじゃ?」
「前なら、私もそう思いましたが、いまのミリアもそうでしょうか?」
「……前って、まあ、言いたいことは分かるけどさ」
最初にあった頃のミリアと、今のミリアでは大分様子が変わってきている。
怒りっぽいところは変わっていない気がするが、帰還に固執するあまり世間の事情には関与しないという姿勢を崩しているようだ。
「ヒサオ、あなたはどうなのですか? 早く帰還を?」
「……ああ。バァちゃんが心配しているからな」
「やっぱりそうですか」
聞いてはみたが予想通りだった。
憂うような目をみせるテラーの隣で、杖を手にしていたヒサオの動きが止まる。
「……それに」
「ヒサオ?」
ヒサオが立ち止まり小さな声を出すと、テラーも足をとめた。
杖をみていたヒサオの目が、テラーの背中で眠っているミリアへと向けられて、
「――これ以上は駄目だろ」
感情がこぼれ落ちたような声を聞き、テラーが察したように息をのんだ。
「ヒサオ。あなたは、まさか……」
「なんでもない。いこうぜ」
止めていた足を進めさせる。
先に進みだしたヒサオの背中からは、寂しさや悲しさを感じずにはいられない。
そして同時に、
(そういう事ですか……ミリア。あなたも同じなのですね)
ミリアが帰還を急ぐ理由。
ヒサオが、ミリアに対し、あと一歩を踏み込もうとしない理由。
互いに想いあっているからこそ、離れたがっている。
一緒にいたいという気持ちと、別れようとしている気持ちの狭間で葛藤している事をテラーは知った。
――が、テラーは何も言えなかった。
『一緒に、この世界にいたらいい』
『ミリアを連れて帰ればいいじゃないか』
といった言葉が湧き上がるが、口から出すことができず、ヒサオの後を沈鬱な表情をしながら歩き始める。
もし、ミリアが亜人でなければ。
もし、ヒサオの世界に魔力があれば。
もし、ヒサオを待つ人々がいないのであれば。
そんな、もし的な状況であれば、テラーも口をだせていたかもしれない。
帰還を望む理由。
最初に来た時とはまったく別の理由が、2人の異世界人達にはあった。
これ以上、想いを通じ合わせる前に、別れようという理由が……
これで4部完結となります。
今までとは異なった雰囲気での終わりとなりますが、切り替える場面がここしかありませんでした。




