第175話 変化を得た者達
リュッケの死亡。
この知らせがドルナードの元へと届いたとき、彼は深い溜息と共に両肩を落とした。
「お前から聞いた中で、一番酷い情報だな」
「フン……」
報告をしたのはブロードのようであり、政務を行っていたドルナードの眼前に自分の巨体を晒している。
オズルが動くのは予想していたし、その関連情報であろう話もヒサオから入手している。
最悪の展開を考えはしていたが、現実として聞かされるとまた異なるのだろう。
「しかし、魔族達がわざわざ死体を焼いてくれていたとはな」
「ああ。その点は感謝しようぜ」
「クク……大方、化けて出られるのが怖かったからだろう」
乾いたような笑い方をするが、いつもと微妙に異なっているのをブロードは察した。
「どうすんだ?」
「なにがだ?」
「オズルだよ。このまま、ほっとくつもりか? 報復でもしないと気がすまねぇぞ」
「今の状況でか? 国の立て直しだけで手一杯だ」
「……」
ブロードの体に力が入る。
野良犬のような鋭い目が吊り上がる様子は、狂犬のごとくだった。軍に入ってきたばかりの新兵であれば、あふれ出さんばかりの殺気によって逃げ出していたかもしれない。
「とはいえ、俺も今回の事を、そのままにしておく気はない」
「だったら!!」
ドンと両手を机と叩きつけると、上にあった書類が宙へと浮く。
「落ち着け。まずは軍の再建と各地の情報がいる。託宣が変化したことよって、影響が出始めているはずだからな」
「……そういや、前に言ってたな。影響がどうこうって。ありゃ、なんだ? お前と狂人の接触が、どうしてオズルにまで関係する?」
「オズルではなく、託宣に影響がでた。それだけの話だ」
「ああ……って、は?」
一度納得しかけたブロードであるが、疑問の声をあげた。
「まだ、俺自身把握しきれていないが、今の俺は託宣にとって都合が悪いと見える。そのせいで、オズルにいるリュッケ達にまで飛び火したのだろう。おそらく、俺がもつ戦力を減らすのが目的だ」
「都合が悪い? 託宣にか? おめぇが? だったら、反乱を続けさせるんじゃねぇのか?」
「……それに関係していると思うが、目を覚まして以来、俺は託宣の声を聞いていない」
「なっ!? まて、どういうこった!」
ブロードが驚き顔を近づけると、互いの間にドルナードが手をおいた。
「暑苦しいから、離れろ」
「いいから、教えろ! なんで、そうなった!」
「俺にも、今一つ分かっていない。分かるやつがいるとすれば魔王……あるいは、偽勇者も答えられるかもしれんが、あの様子ではどうだろうな?」
ヒサオとの交渉話を思い出し、クククといつもの様子をみせる。
「えらい事になってんじゃねぇの?」
「そうかもしれんが、俺にとってみれば非常に具合がいい。頭にかかっていた霧が晴れたようでな。おかげで、溜まっていた書類も綺麗に終えられた」
「……いいのか、悪いのか、さっぱり分からん」
「そんな事より、お前は自分の仕事をしろ。リュッケが亡くなった以上、更に働いてもらわねばならん」
「わかってる! ったく、反乱のせいで、押し付けられる奴が……あ、いや、んじゃ、戻るわ」
「……頼むからしっかりしろよ」
困った将軍様だと思いながら、席を立ちあがり窓際へと立った。
「(ラーグス。お前はどう思う?)」
『(託宣の事ですかな?)』
内側から聞こえてくる声に、そうだと返す。
『(私も陛下のおっしゃる通り、不都合だったのだと思いますよ)』
「(その理由だ。なぜ、我々の接触が、不都合なのだ?)」
『(それを聞きますか? 陛下の中では答えがでているというのに)』
「(貴様の考えが聞きたい)」
『(はぁ……そうは言われましても、今の私は、単なる観客にすぎません)』
「(よくいう。偽勇者のスキルは無効化しておいて)」
『(あれは偶然です。長い間影響化にあったから耐性がついたのでしょう。自分でも驚きましたよ)』
「(いいから言え。貴様はどう思う?)」
『(……仕方がありませんな。では、陛下に代わってお答えしましょう。私との接触によって、陛下の情報が書き換えられる。それを恐れた託宣は、抹殺対象とした。こうではないでしょうか?)』
「(それは、託宣がもつ情報に、今の俺が存在しないということか?)」
『(はい。ですから反乱が消失した。ドルナード皇帝という存在が変質した為、託宣には今の陛下が見えていないのでしょう)』
「(……ということは、託宣というのは情報生命体のような存在になるな)」
『(生命? といえるかどうか判断に苦しみますな。似て非なる存在といったところではないでしょうか?)』
「(理解に苦しむ。偽勇者から得た知識の中に似たような存在がいた気がするが……)」
『(陛下……あれは、単なる娯楽の部類です。それを真に受けますか?)』
「(そうか? だが、あれはあれで、なかなかに興味深い内容だ。理論を把握しきれていない学問的な知識よりも、思考材料的な意味で役立ちそうだ)」
『(困ったお方だ。娯楽作品をそう考えますか。兵器の類のほうが陛下の目的に叶うのではないですかな?)』
「(あれでは、まるで話にならん。魔法的なものを代用品として使えれば違うのだろうが、現状この国では魔法が使えん。イメージだけがあって理論が曖昧では、作りだそうにも無理がありすぎる)」
『(それもそうですな。火薬一つをとっても硝酸というのは何なのか、さっぱり分かりませでした)』
「(そういうことだ)」
『(やれやれ……陛下ならもっと有用に扱われるかと思いましたのに)』
「(不満か?)」
『(いえ。これはこれで中々に楽しませてもらっています。ただ一つ言わせてもらえれば、観客の戯言をアテにされても困るというもの)』
「(貴様も当事者の1人だろうに)」
『(今では単なる死人で、観客ですよ)』
「(……あくまで観客を気取るか)」
『(事実ですからな。世事から離れ、愉悦というものを知った気がします)』
「(……もう良い。話をしていると、俺の方がおかしくなる)」
『(では、観客は下がることにしましょう)』
自問自答するかのような会話が終わると、窓の外に見える曇った空へと目を向ける。
ドルナードの目と同じく、よどんだような雲行きだ。
(まずは、国を立て直し、その後は……)
これからどうするべきか?
いままでのように魔族勢力と戦うか?
あるいは、オズルへの報復にでるか?
それとも……
ヒサオの世界を知る。
託宣の声がなくなった。
これによってドルナードの思考は以前よりも深まる。
前の自分と今の自分の違い。
それは、得た知識の差だけではなかった。
これより後、しばしの間ドルナードは動きを潜めた。
思考の整理もあったが、反乱によって生じた被害は、帝国の存続すら危ういものにしたのだから。
ドルナードが言った、国を買えるだけの金なら、という言葉は、あながち冗談でも無うだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ブランギッシュにあるジグルドの家。
木造建築でつくられた、小さくも温かみの感じる建物の中で、ヒガンの元気な声がする。
「ととさま、これが良いのです!」
「む? また見つけたのか?」
「うん!」
ジグルドの部屋に、ヒガンが入って来ると、その手に銀光を放つミスリルの塊があった。
「あまり、力を使うなというのに……」
「でも、でも! 言ってるの! もっと変われるって!」
「分かっておる。ヒガンは良い子じゃ」
「わーい!」
ヒガンがもってきたミスリルを義手である右手で受け取り、左手でヒガンの頭を優しくなでる。
「褒められた~♪ かかさまに言ってくるのです!」
歓喜の声をあげ、バタンと扉を閉めでていく。開け閉めがしっかりと教育されているようだ。
「まったく。あれほど力を使うなと言っておるのに……」
手にしたミスリルを見つめながら、ボヤク声を漏らした。
「しかし。どうみても、普通のミスリルなんじゃが? これがどうして、ああなる?」
目にしていたミスリルから視線をそらし、部屋の片隅にあるものを見る。
そこには、茜色の光を放つインゴットがごっそり積まれていた。
オリハルコン。
聖山にはもはや無いと考えられていたものが、ここにどうしてあるのか?
それは――
「はじまりよった」
手にしていたミスリルがピシっという音をたてた。
亀裂音に耳を傾けながら、さらに音をだすミスリルを見つめる。
一片の亀裂から、さらに枝分かれしたように別の亀裂が走る。
塊全体に亀裂が広がるとボロっと表面が崩れ、そこからオリハルコンの輝きが漏れた。
ヒガンが言う『変われる』。
それは、鉱石事態が変化をするという事。
ヒガンによれば、石が望んでいるから手助けをしているという事らしいが、それでどうしてミスリルがオリハルコンになるのか、さっぱり不明。
ユニキスが言うオリジンの力。
その片鱗なのだろうという推測はたつのだが、ジグルドが知るオリジンの力とは異なっていた。
彼の世界にもオリジンは、かつて存在しており、その力は鉱石生成。
無から様々な鉱石を作りだし、その力が誤解を生み、ドワーフ達が財産を隠し持っていると決めつけ争いが起きた。
彼がいる世界において混沌とした戦争が繰り広げられている理由の一つがこれだ。
だから、ユニキスが言うことは理解できた。
そうならないためにも、ヒガンに力を使わせたくない。
だが、どこから見つけてきたのか、変われるという石を見つけては力を与え、ジグルドの元へと持ってくる事が続いていた。
部屋の中には、オリハルコンだけではなく、アダマンタイトやアポイタカラ。そして、ジグルドの義手の原料ともなっているダリル鉱石も合った。
どうしてこうなった?
ヒサオに言わせれば、こんな言葉がでるような状況となっている。
「……いい加減やめさせねばならんのじゃが」
自分の元へと喜々とした顔をしながら、石を持ってくるヒガン。
ジグルドに褒められるのが嬉しくて、ほぼ毎日のように外に出かけては、こうした行為を繰り返している。
叱らねばならないのだが、あまりの可愛さに、厳しく躾けることができずにいるようだ。
「どれ、これもインゴットにしておくか」
部屋にある金床のうえに、手にしたばかりのオリハルコンの塊をおくと《炎熱操作》を使いながら、ハンマーで叩き始め、カンカンという音が部屋ら聞こえだす。
ああ、また、ジグルドさん宅では鍛冶仕事なのね。精がでるわ~ とご近所では評判の様子のようだ。
間違いではないのだが、その裏には娘の教育に困る父親事情というものが絡んでいることを知らずにいたりする。
2話に分けようと思いましたが、1話でまとめました。
理由についていえば、どちらの話も1話分として書くには不十分であったせいとなります。




