第174話 料理人
蝋燭に火がつけられたカウンター席に、ユリナさんが作った料理が置かれる。
白い皿に盛りつけられた黒いもの。
「……これは」
わずかに見覚えがあった。
食べたことはないが、テレビで見た覚えがる気がする。
形状をいえばUの字をした黒いマカロニのぶつ切り。
捻じれてはいないが、横に平べったく伸びている。
確か、パスタ料理の一種として見た覚えがあるが……原料は黒曜米だよな?
「ヒサオさん。どうぞ」
緊張した顔をみせながら、一歩下がった。
黒いマカロニ。いやパスタなのか? どっちとも言えそうな気がするが、まずは食べてみないとわからない。
おっと、その前に、
「ユリナさん、あれは?」
気になっていた、銀の器を指さす。
失敗作としてあったのは皿が3つ。
それに対して銀の器は1つ。
成功作なのか、あるいは、諦めたのかのどちらかだろう。
「あ、そうでした。少し待ってください」
忘れていたのだろう。
厨房に一度ひっこむと、手に同じような器を持ってきた。
カウンター席にコトリとおかれた器をみると、わずかな湯気がでている。出来上がったばかりなのか……嬉しいね。
「どう食べたらいいか、ありますか?」
「そうですね。まずは、こちらを抜きで試してみてください」
銀の器にもられた赤いスープ状のものを指さす。やはり、俺が思った通りの物なのか? だとしたら一緒に食べてみたいな。
目線をユリナさんへ戻すと、緊張で身を固くしている。俺はすでに成功の予感しかしないが、作るほうとしては不安でたまらないのだろう。ここは、彼女のいう通りにしよう。
「では、頂きます」
手を合わせた後、黒いマカロニモドキにスプーンを伸ばす。
2つ程すくいあげ、口へともっていくと、ムニュっとした面白い歯ごたえを感じられた。
「……ぉお」
思わず感嘆した声がでてしまった。
この歯ごたえはなんだろうか? 嚙むとムニュ、モニュっとした食感があって面白楽しい。
そして、このあふれ出る旨味。
黒曜米は、精米することで旨味をました。
その旨味がつよすぎて、短時間での精米を行っていたが、これは……
「精米の時間を伸ばしましたね?」
「分かりましたか!?」
歯ごたえと味を楽しみながら、コクコクとうなずいた。
米の甘味を強くし、さらに別種の旨味に昇華したもの。それが精米した黒曜米だ。
俺は、この旨味が強すぎると感じ時間を短縮したわけだが、彼女はまったく正反対のことをしたのだろう。
しかし、これは……
「旨味が強すぎますね。これだけを食べ続けるのは、少しキツイ」
2割ほどを食べた後、俺の手が止まった。
いくら歯ごたえが面白く旨いとはいえ、これ一味だけではきつい。
もし漬物があれば別かもしれないが、この旨味に負けないものとなると……ああ、だからこそか。
「ユリナさん。もういいですよね?」
「え、ヒサオさん!」
声をだしたのは、アグニスさん。勘違いしたのだろう。
ユリナさんは分かっていたようで、銀の器をみている。
「適量がまだ分からないので、量はお任せします」
「では、失礼して」
やはりかと、目を一度あわせ、ニヤっとしてしまった。
分かっていてやったな。ここで、これを出してくるとは、憎らしいにもほどがある。
銀の器にスプーンを伸ばしすくいあげる。
ん? なんだろう? 予想していた以上にドロっとしている。
……特に具が入っているように見えないが……いや、まずは食べてみよう。
適当にすくい、マカロニモドキにかけてみる。
「ああ、アニキ、そんな!!」
アグニスさん違うからね。アニキ分になったつもりないからね?
それと、これはこうして食べるのが正解なんです。
強烈な旨味を生かすための、もう一つの味。
それは辛味だ。
「んん!!」
一口食べただけで、おれは言葉にならない声をあげた。
黒曜米の旨味と、マイルドな辛味。
……いや、それだけじゃない。
なんだこれは?
即座に銀の器に目をむけ、スプーンですくって食べてみた。
!?
クッ! そういう事か!
これは辛味があるだけじゃない。
中に色々な具材を溶かし込んで、結果辛みを強く引き出したものだ。
俺達が知る野菜カレー。
それと良くは似ているが、香辛料の類を使った感じではない。
具材の味を合わせた結果、辛味ができた? というべきだろうか?
メインの味は辛味だけど、それだけじゃない。
ほんの僅かだけど他の味もある。
黒曜米と混ざると旨味と辛味がまずやってくる。
そのあと、少し遅れて他の味をわずかに感じた。
……舌が至福に包まれると言うべきだろう。
時に交わり、時に喧嘩をし、時に歌いだす。
米とみそ汁は、日本の「和」の考えを表現しているような感じがするが、これは違う。
喧嘩をしたあと握手をするような感じだ。
『おまえ、やるじゃねぇか』
『おまえこそな。ふっ』
とかいう、アレだ。
しかしこれは、マカロニカレーと言うべきだろうか?
いや、原料は米なのだし、これもカレーライス?
うーん。どういうべきだ?
考えるのは後だ。とにかく今はこれを味わおう。というか、手が止まらないぞ。
がむしゃらに、マカロニ料理を口にいれていく。マカロニといいきっているが、本当にマカロニなのかそれすら分からない。
独特の面白楽しい食感に、口の中で奏でる協奏曲。
マカロニの食感と様々な味の協奏曲。これは……確かに俺が求めた新作料理といえる。
気付けば、俺の前にあった皿は空っぽになっていて、スプーンの先が皿の上を空ぶった。
まだ食べたかった。
なんというか、もう少しが足りない。
腹はふくれているが、俺の舌が『もう一口!』と言っている。
「ユリナさん、お代わりありませんか?」
「す、すいません。今すぐにはできないんです」
カチャーン―…
聞いた瞬間、俺の手からスプーンがポロっと落ちてしまった。
「ひ、ヒサオさん?」
「……見たらわかるでしょ。脱帽ですよ。…アグニスさん。あんたの奥さんは俺の期待以上のことをやってのけました」
なんだこれは? と思ってしまう。
諸手で万歳をして降伏したい気分だ。
俺の意見? アドバイス料? 試作品よりも完成品を食べてみたい?
何を気にしていたんだ俺は。穴があったら、入って引きこもりたい気分だ。
これこそが完成品だ。しかも俺が思っていたものを超えている。
あえて言うのであれば量が足りない。あと一口と俺の舌が言っている。
「ユリナさん、おめでとう」
ガタリと席をたちあがった俺は、一息ついた後、深い感情をこめていった。
「これは、本当に、あなたの料理です」
言い終えてから諸手をのばす。彼女は何がなんだから分からない様子だ。
「手を」
小さくいうと、彼女も手を上してきたので掴んで、軽く上下にふった。
「感謝を。あなたに感謝を。本当にありがとうと言いたい」
「え、えぇぇ!?」
俺のこんな態度をみたことがない、彼女が『どうしたらいいの?』といった顔をアグニスさんに向けた。
「じゃあ、合格なんですか?」
「合格? いや、これは、そんなレベルの話じゃないですよ」
彼女から手を放し、からになった皿をみる。
「この世界にきてから、俺は辛いものを食べた記憶がない。俺が知らないだけで、元からあったものかもしれないですが、あなたは、それを黒曜米がもつ本来の味と上手く組み合わせてくれた」
俺が駄目だといった味。
一口食べただけで、やめた味。
後に残ってしまうから米として失格としまった味。
それを彼女は、拾い上げ救ってくれた。
本当に感謝だ。それこそが、料理人の本質なのだろう。
合格? なにをいっているんですか。むしろ自分自身に失格者の烙印を押したい気持ちだ。
「俺が言えることがあるとすれば量だけです。もう少し多めにしたほうがいい。おそらく誰が食べても同じ事を言いますよ」
「そうなんですか?」
「ええ、間違いなく。これをメニューに入れる事を考えているのであれば、ぜひ一度、自分達で食べた方がいい。でなければ絶対後悔する」
母さんが残した料理レシピにも載っていないだろう新作料理。
こんなものを出した日には、絶対今の倍以上の店の広さが必要になる。
この料理は、それだけの破壊力を秘めていると思った。
「アグニスさん。悪いことは言いません。改築をお勧めします。少なくとも、今の2倍の広さがほしい。もっといえば、給仕係も増やすべきだ。さらにいえば……」
あっと、そこで声を止めた。
またやっちまった。
俺の声に耳をすまし、一言も漏らさないようにしているアグニスさんがいる。
「ヒサオさん、さらに言えばなんですか?」
「いや、あの、それはちょっと」
「なんッスか? ハッキリ言ってくださいよ。ヒサオさんらしくないッスよ!」
「えっと、そのー…」
どうしよ?
あとは、料理人を増やした方が良いと言おうとしたんだけど、それって難しいよね?
あ、そんな、ユリナさんまで、厨房から出てきてまで、迫らないでくれませんか! 言いづらいんですけど!
「「ヒサオさん!」」
……2人に迫られ白状しました。
なんだか、2匹のモンスターに襲われるより怖かった。
アドバイス料?
そんなの断固として断りましたよ。それだけは、ほんと勘弁して。恥ずかしすぎる。
この料理をどの客よりも早く味わえただけで満足です。
あ、ユリナさん。もう一皿お願いします。
時間? 気にしないでください。
客がいないチャンスを逃してなるものかよ!




