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第173話 臨時休業

『臨時休業』


 え?

 ほとんど休むことなく続けられていた異世界亭。

 気分を直して食事を堪能しに来てみたら、こんなことを書かれた札が扉前にかけられていた。


「何かあったか?」


 俺の知るかぎり休業したのは、砦にオニギリ実験をしに来た時と、アルツに支店を出す時だけだ。それ以外は、まるで休むのは罪とばかりに働きまくっていた2人。


「……まさか、倒れていないよな?」


 チラチラと小窓へと目をむけるが、中からの明かりが見えない。

 裏に回れば大きな窓があったはずだし、そっちからなら中の様子が見えるか? と、考えていたら、内側から玄関扉が開いた。


「ああ、ヒサオさんでしたか」


 出てきたのは、ゴブリンのアグニスさん。俺の半身ほどの背丈をし、ちょっと汚れが付いたエプロンをつけている。


「ども。休みって珍しいですね」


「いえね。ユリナのやつが、どうしても新作に集中したいっていいやしてね」


「お、例のやつですか?」


「はい。前にヒサオさんに言われてから、あれこれ試作していたんですが、ようやくイメージが固まったようでス」


「おお! それは楽しみです!」


 感じていた孤独感が、一瞬にして消えていく。自分の事ながら調子がいいな。


「そういうことなら、邪魔になりますね。また来ますよ」


 といいながれ、手を振り帰ろうとしたが、アグニスさんが待ったをかけてきた。


「ヒサオさんには、いてもらった方がいいッス」


「え? どうして?」


「それが、その……」


 俺に対して、言いずらそうにうつむく。こうした仕草をみるのは久しぶりだ。最初の頃に商談をした時以来じゃないかな?


「恥ずかしながら、アッシじゃ、味の判断に自信がなくてですね。いや、アッシは美味いとおもうんスけど、それでもユリナは納得してくれないんスよ」


 あー

 なんか、本当に最初の頃のアグニスさんだ。

 自信がなくなると、元の言葉遣いにもどってしまうのは悪い癖だと思うが、直らないんだろうな。たまに出ているのを知ってはいたけど、経営者として成功している人だし、俺がどうこう言う事でもないか。


「つまり、味見を?」


「ええ。できれば、お願いできやせんか?」


「うーん……」


 前にも言ったが、試作ではなく完成品を食べたかい。

 おれが下手に味をみて、もう少しこうした方がいいとか言い出すと、それは俺の知る料理になってしまう。そうなると、またアドバイス料が発生しかねない。

 もう、金銭的な面は十分潤っているし、この2人には、無償で手助けをしたいという気持ちが出てきているんだよな。


「だめっスか? しっかりアドバイス料もお支払しますんで、できればお願いしたいんスけど」


 両手を軽くあげ、懇願するように言うけど、そのアドバイス料が困るんだよな。

 さて、どうするかな?

 胸の前で腕をくみ、少し考えてみる。

 助言をするとアドバイス契約が成り立ってしまうし、だったら、食べて旨いか不味いかのコメントだけするのはアリだろうか?

 こうしたほうがいいとか、ああするべきとか言うのは控え、聞かれても答えないようにすれば……よし、それでやってみよう。


「分かりました。ただしですね」


 考えたことを説明すると、アグニスさんは、ちょっと首を傾げたあと、


「アッシ達は、それでもいいんスけど、アニ――いや、ヒサオさんには何のメリットもないんじゃ?」


「いえ。ありますよ。まだ未発表の料理を味わえるというメリットがね」


 異世界亭の新メニューになりえるもの。それも、ユリナさんが考えた新作料理。

 このブランギッシュにいる異世界亭ファンが聞いたら、うらやましがって当然。その事実をアグニスさんは知らないのだろう。

 もし、情報雑誌なんかあって、この情報を流したら結構な額をもらえそうだ。


 ……おっと、妙な事を考えてしまった。

 今は、そういう事を考えている場合じゃないな。


「そんなもんスか?」


「そんなもんス」


 つい真似てしまった。

 顔をしかめて困った顔をしているが、そんなアグニスさんを軽く押して店内へと入る。


「ちょ、ヒサオさん?」


「まぁまぁ。大丈夫大丈夫。味をみるだけですから」


「何が大丈夫なんスか? わけわかんないス」


 頼まれて中にはいって、味を見るだけだから大丈夫。この理屈がわからないとは……いや、改めて考えると、俺も分からなくなってきた。考えたら負けだな。


 中にはいると、窓から夕暮れ時の陽の光が差し込んでいた。

 いつもなら、そろそろ火の明かりを灯し、やってきた料理を早く口にいれたいという客達であふれかえる光景が見られるが、休業ともなると広い空間もあって寂しそうだな。


 そんな店にある厨房から、トントンと子気味よい音が聞こえてくる。

 俺達が入ってきた音も耳に入らないのか、実にリズミカルな音だ。

 音を出しているのは、もちろんユリナさん。

 後ろ姿しか見えないけど、凄く集中しているのが一目でわかる。


「真っ最中ですか?」


「はい。もう、何度か失敗していて――あれが、それっスよ」


 アグニスさんが腕をあげ、指先を向け教えてくれた。

 カウンターにある3つの皿と、銀の丸い器。

 これが失敗作かと、近くに寄って見てみると……黒い……なんだこれは? 見るからに食欲を失いかねない、黒いナニカが皿にある。


 ベッチョリとしたものやら、冷えて固まったような固形物。

 それに、小さく千切れた黒い餅?のような物。

 2つの皿とは別に、隣にある銀の器には、赤いドロっとした液体が入っていた。

 こっちは一つだけだな。


 匂いは悪くはないが、見た目や食感が悪そう。

 これをアグニスさんが食べて、旨いと思ったのか? 俺が客だったら、手を付けずに帰りたくなるんだけど。


「(これ、何です?)」


 ユリナさんの集中を乱したくないので、小声で尋ねてみると、首をふって返された。


「(まだ名前はないんスよ。とにかく食べてと言われて、口にしたんスけど、見た目と違って結構旨いんッスよ)」


 やっぱり旨いのか。でも、この見た目はな~

 これがもし、10秒で栄養補給できるゼリー食とかいうなら分からなくもないが、店でだすレベルのものじゃないぞ。


「(旨いってどんな感じに?)」


 気になったので顔を近づけ聞いてみると、うーんと難しい顔をされた。


「(それが困っている原因なんスよ。ユリナにも聞かれたんスけど、どう表現したらいいのか、まったく言葉がでてこないんスよね)」


「(まさか、新しい味とかいいませんよね?)」


 新作料理だからといって、今まで知らなかった味覚を刺激するようなものじゃないだろうな? そんな料理をつくったら、天才という言葉では収まらないぞ。


「(味はヒサオさんも一度経験していると思いますよ。ただ、それより上がっているというか、なんと言うか)」


 言葉を選んでいるのか、そこで声が止まった。

 こうした会話の最中に包丁の音がとまり、何かを捏ねているような動作にうつった。

 しかし、俺も経験したことのある味? そして黒い食材。となると黒曜米しか思い浮かばないんだが、あれを精米したやつかな? だとしたら、本当に餅か? 失敗作の1つが似たような形状だったから、ありえなくはない。


 あの粘りなら、餅米として使えなくもないと思うし、独自に餅という料理にたどり着いたのだとしたら凄いと思う。それに餅は、俺の大好物の1つでもある。

 だが同時に、俺が望むユリナさんの料理かと聞かれれば、違うと答えてしまいかねない。

 まあ、それも本当に餅だとしたらだが。


「(完成形は聞いていませんよね?)」


 待ちきれなくなり、アグニスさんに聞いてみる。

 見た目はまずそうだが、もし餅だとしたら、ちょっと食欲がわいてきた。


「(それは、しっかり言っていませんね。独りごとのように、歯ごたえが違うと言っていったッスけど)」

 

 聞いて、失敗作をチラっと見る。

 その内の一つは冷えて固まった黒い物体だ。これを比喩する言葉が見当たらない。

 それでも言うなら、鏡餅が近いか? となれば、やはり餅? しかし、餅に歯ごたえを求めるか?

 うーん、ますます分からないぞ。


 残る一つの失敗作はドロっと溶けかけたようなもの。時間がたっても固まらない様子だ。

 これは何だろうか? 餅の中にこんなのあったか? 近いのは、粥にいれた状態のやつだが、あれだって外にだして時間をおけば固まるだろう。


 さらに銀の丸い器にはいった赤い液状のもの。

 近くによってみたら、鼻をつくような刺激臭がして、なんとなく分かったきがする。

 しかし、これと餅を組み合わせるつもりだろうか? ちょっと合わないと思うんだが。


「(まだかかりそうですかね?)」


「(いえ、もうじきッスね。ほら、最後の盛り付けにはいったスよ)」


 みれば、確かに調理が終わったようで、寸胴のほうにも蓋がされていた。

 盛り付けで手間取っているのか、あるいは考えているのか分からないが、後ろからは肘のみが動いているように見える。


「……よし」


 声がすると同時に、彼女の頭が前に倒された。納得の出来栄えなのだろうか?

 厨房の横においてあった箸をつかんだが、何かを思いついたようで再度おき、キョロキョロっと周囲を見渡したあと銀のスプーンを手にする。

 箸ではだめだというのか? だとしたら日本食ではない? 餅とは別種ものだと? 期待が増すじゃないか。


「あんた出来たわ……ヒッ!?」


 振り向いたユリナさんが、俺とアグニスさんの顔をみて軽い悲鳴をあげた。手に持った皿だけは守ったようだけれど。


 旦那だけしかいないと思っていた薄暗い店の中に、俺までいたら驚くよな。そろそろ、蝋燭に火ぐらいつけませんかね? それはそれで、お化けみたいに見えそうだな。

 とりあえず声ぐらいかけるのは礼儀だったかもしれない。


 さて、何ができたのかな?

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