第170話 皇帝との交渉
トゥルル―…ガチャ
出た。よしやってみよう。
「ドルナード=ファン=エンペスだな?」
『――誰だ? 名を呼ぶとは………いや、そうか。なるほど、これが例のやつか。しかも、この声は……そういうことか』
薄気味悪い声と、知ったような口ぶりをするやつだな。皇帝っていうのは、こういうものなのか?
「帝国の皇帝であっているな?」
『そうだが、何用かな?』
余裕のありそうな声だな……普通は託宣がどうとか言い出すんだが、全然慌てる様子がない。
おっと、その託宣について聞くんだった。
「託宣について知りたい、取引だ」
『………いいだろう。託宣の何を知りたい?』
よし、かかった!
「託宣が変わったという話を聞いた。それは内容が変わった? それとも、託宣そのものが変わったのか?」
『ククク。そんなことか。まぁいい。それで、何をよこす?』
いちいち、感に触る笑い声をあげるな。こんなに変わらないやつも珍しい。さすが皇帝というべきか?
「そうだな……金は、いらないだろうし」
『国を買えるような額なら、取引に応じるが?』
「無茶をいうな!」
『だろうな。だとすれば何をよこす?』
こ、こいつ。本当に術にかかっているのか? 冗談交じりに話すやつなんていなかったぞ。
「なら――そうだな。情報には情報でというのはどうだ?」
『ほぅー…俺を満足させられる情報を持っているのか? だとしたら、考えなくもない』
よし。のってきた――けど、不安が収まらない。こいつ、まさか本当に? 試すか。
「その前に尋ねたい。帝国は大丈夫か? 反乱は収まったと聞いたけど」
『……急につまらない話をしだしたな。そんなことを気にしてどうする。それとも、これは何かの実験か? 俺を相手に、何かを試そうというのなら止めておけ』
だめだ。これは術にかかっていない。
普通なら、取引に関係ない話をもちだすと、こんな悠長なことを言わない。
一度携帯から耳をはなし、見入っている2人に、首を横にふってみせた。
「どうしたヒサオ?」
名をよぶフェルマンさんに、指を口にあて静かにするよう仕草を見せた。
聞こえているどうか分からないが、名前を持ち出されるのは、まずい。
どうする? ここで止めるか?
――ないな。
少なくとも興味はある様子。
術に頼らない交渉ということになるけど、チャンスではある。
……よし、続けるか!
携帯を再度耳に当て、
「悪いな。急に、話を変えてしまって。反乱のことも気になっただけで、他意はない。話を戻そうと思うが良いか?」
『構わん。俺が欲する情報とやらを持っていればだが』
「そうだな……」
わざと、考えるふりをしてみる。出す手札はすでに決めていたけど、焦らしてみようと思った。
「いくつか情報をもっているが、皇帝様が望むような情報となると――」
『つまらん小細工はいらん。王を相手にそれは悪手だぞ、少年』
!? 聞いた瞬間、鼓動がはねた。
おい、まさか……いや、声で若いことは分かるか。ラーグスの名前がスキル欄にあるせいか深読みしすぎてしまう。
「悪いが、情報選択に迷っているだけだ。しかし、そう思われてしまうのも仕方がない。苛立たせてしまい、すまない」
『クク。思ったよりも冷静だな。それなりに場数は踏んだか?』
「なんのことやら? それより、今言える情報として、これならどうだ?」
もう出さないといけないのか――
思ったより早かったけど、しょうがない。
「オズルにいる部下が気にならないか?」
『それなら、多少は取引に応じるきにもなるな。だがもし、身代金という事であれば、それなりの覚悟をしてもらおう』
「おっと。早とちりは、それこそ悪手だぞ。こっちはそんなことを望んじゃあいない」
……ふぅ―――
なんとか、一息つけたか。
これは本当に商人相手とは全く違うな。
言葉一つで、崖から突き落とされかねない。
気を引き締めてかかるか。
「俺は、知っているだけだ。捕縛したとか、そういうことじゃない」
『それで、何を知っているのかな?』
「その前に託宣の情報だ。これは取引のはずだ」
『ふむ。そうだな。では、交互に情報を出していくというのはどうかな? 少年』
そうきたか。
俺も考えていたから当然だな。俺が考えつくようなことは、むこうも考えているだろう
「そうなると皇帝陛下の番だ。俺は、捕縛していないという情報を提示したぞ」
『……その程度の情報か。なら、これぐらいは教えてやろう――――託宣は変わった』
うん? いきなり変わったことを教えてくれたぞ。……って、どっちの意味だ?
「それは、どういう意味でだ? 内容か? それとも託宣自体がか?」
『安易に教えると思うか? 俺は、変わったことを教えたのだ。それが情報だ』
こ、この。俺と似たような手をつかいやがって。
何が小細工はいらないだ! てめぇのほうが小細工しやがって――って、駄目だ。怒ったら負けだ。冷静になれ。
『どうした。早くしろ。俺も、そう暇ではない』
「よし、ならば、リューガス公国が動いたことはどうだ?」
『……やはりか。思った通りすぎてつまらん』
一人で納得したような声を出しているが、今の話だけで、どこまで先を読んだのだろうか? 次で得られる情報が、また低かったら、今度はもっと意味のない話をしてやろう。
「考えているところ悪いが、今度はそちらの番だ」
『そう急くな。俺と違って、暇なのだろう?』
「悪いがそうでもない。この後も、予定がつまっている」
『ならば、ここで話を終えてもいいのだぞ』
「おい、ふざけるな。対価を払えよ!」
って、だから駄目だ! こいつに主導権を握られたらマズイ事になりそうだ。
『我慢の出来ぬやつだ。まだまだのようだな。出直してこい』
「おい!『というのは簡単だが、それでは俺の面子が立たんか。仕方がない。これはサービスだと思え』……」
なんというか疲れる。
こいつと喋っていると苛立ちが湧き出し、手近なものを壊したくなるな。
とりあえず我慢だ。せめて、次の情報を得てからだ。
『託宣が変わったのは片方だけではない』
「なに? ということは、両方か?」
『考えろ。それに、別のヒントも与えてやっているが、気付きもしないようだな。もう少し、交渉話に神経を注げ。これは皇帝からのアドバイスだ。偽勇者』
「!?」
これではっきりした。
こいつは、俺の事を知っている。しかも、この呼び名はラーグスが付けたやつ。
ということは、まさかと思うが、
「お前、ラーグス……なのか?」
『ほう? ラーグスから聞いたのではなく、俺自身をラーグスと思うか。ということは……これはこれは、自ら良い情報をくれるとは――ククク。ハハハハハハ』
な、なんだ!? 突然、狂気じみた笑い声をあげたぞ。
『面白い。面白いぞ偽勇者! どうやら貴様の目と耳は口同様に、どこまでも伸るようだな! これはいい! これはいい素材だ!』
「そ、素材?」
『そうだ。あるいは原石とでもいうべきか? 磨けば、さぞ光るだろう。あるいはすでに、誰かに磨かれている最中か? だとするなら、ぜひとも奪いたい』
「……」
こぇぇ――身の危険を感じてしまう。
通話でよかった。直接会おうものなら、回れ右をして逃げ出していたかもしれない。
「俺は誰の物でもない」
『そうか? ならば、俺のものになれ。大事に磨いてやろう』
「断る!」
『ククク。生きが良いな。面白い。なんなら、お前を得るための交渉として、話を続けても構わんぞ?』
「誰がするか! じゃあな!」
耳から携帯を離し、プチっと切った。
「ヒサオ。どうした?」
俺の様子をみて、フェルマンさんが声をかけてくる。
みれば、魔王様も、俺をジーとみていた。
苛立つ心を抑えながら、携帯を閉じて、
「終わり……ましたよ」
ゆっくりと声を出していく。
「託宣の情報は得られたので、目的は達成できましたけど……」
「けど? なんだ、ヒサオ」
フェルマンさんが傍によってくる。魔王様は玉座から動かず続く声を待っているようだ。
「俺の正体がばれています。まるで、最初から知っていたかのように」
思い返せば、俺の声に覚えがある様な事を言っていた。あれは独り言のようだったけど、わざと聞かせたのか?
考え込む俺の肩に、ポンとフェルマンさんが手を置いた。元気を出せといいたいようだ。
魔王様といえば、少し考えているようだが、俺の視線を感じたあと、ふっと表情を緩めた。
「とにかく、詳しい話を聞こうか。ヒサオ、頼むよ」
「はい。まずは、託宣の変化についてですが……」
こうして、俺と皇帝の交渉はとりあえず終わった。
次があるのかどうか知らないが、今度はもう少しうまくやろう。
商人達相手にしていた経験がほとんど役にたたなかったな。いや、あったからこそ、なんとか形にはできたのだろうか?
そもそも、なんで交渉術が通じなかった?
今まで無効化したのはテラーだけだ。それも闇精霊を憑依させたから出来ただけだという。
――あいつも同様の状態だった?
ラーグスというスキル。あれの影響なんだろうか?
そうとしか思えないが……
事実がどうであれ、もう少し、自分を鍛える必要がありそうだ。
そんな考えを巡らせながら、話の内容を全て語り終えると、魔王様が天井を一度仰ぎみた。
「なるほど。考えていた以上に、厄介な奴そうだ。一度会ってみたい気もする」
「魔王様!?」
「驚くことでもないだろう、フェルマン。でも、まぁ、彼の興味は、僕よりもヒサオに向くかな? ヒサオも困った相手に目をつけられたね」
まったくその通りだと思うけど、目が笑っていますよ。
魔王様、絶対楽しんでいるだろ。
一度、ドルナードと会わせて、やり合わせたいな……




