第167話 守護者
ドワーフ達の死亡。
それによって、一人の子供が苦しみだしていた。
聖山内部につくられた、祖霊の迷宮にいたヒガンである。
「うぅぅ……」
小屋の中にある布団の上で、今にも消え去りそうな苦しむ声をだしている。
「ヒガンちゃん! かかさまはここですよ! ととさまもいるのです!」
「かぁかぁさ……」
コリンの声に反応し、小さな手を伸ばす。
視界が悪いのか、ヒガンの小さな手は宙を泳いでいた。
その手を柔らかく包み込むようにコリンが握る。傍にたつジグルドは、これでもかといわんばかりに目を大きく見開きながら、ヒガンの様子を凝視していた。
「……ヒガン。何故急に?」
いつものように晩御飯を食べたあと、ジグルドは鍛冶に。コリンとヒガンは寝床の準備にとりかかる。
この時、急にヒガンが苦しみだし倒れた。
病気の一種? とも思ったが、例えそうであったとしても、対処できる術が2人にはない。
もっとも、この場合、病気ですらないのだが。
『……ありえん』
「ユニキス殿?」
フッと隣にあらわれ、コリンの様子を見ている幽霊。ユニキスがいた。
「何か心当たりが?」
『あるが……いや、その前に爺。ドワーフは、お前たちを残していないのだろうな?』
「はぁ?」
『お前たち以外、生きてはいない。そうだったな?』
「そういう意味ですか。ええ。ワシはそう聞いております」
それがどうしたのだろう? それより、心当たりがあるのなら、教えてほしいのだが。とおもいつつ返事をまつ。
『では、これは何だ?』
「なんだと申されましても……」
それを聞きたいのは自分なのだが? という言葉を出さず、ヒガンへと目を戻した。
緋色の目がうっすらと開いており、小さな唇は閉ざすという行為を忘れたかのよう。呼吸は乱れ、コリンが握る手からは力が抜け落ちているかのようだった。
「ワシには、何がなんだか。病気ではないのですか?」
『違う。これは、そういった類のものではない』
「わかるのですか?」
『だから聞いている。お前たち以外、ドワーフはいないのだな? と』
話の流れが理解できなく、ジグルドが苛立ちを覚えてきた。
「いないと言いました。それが、ヒガンの苦しみとどう関係があるというのですか」
『……そうか。爺は知らんのだな』
「何をですか!」
悠長に、先を言おうとしないユニキスに大きな声をあげると、コリンが顔を横へとむけ、睨みつけるほどに真剣な目つきを見せた。
「……ジグ様、静かにお願いするのです」
「す、すまん……ユニキス殿、少し外にでましょう」
『いや。これは、お前たち2人が、今、知っておかなければならないことだ』
そういうユニキスの声からは、焦りすら感じられた。
苦しむ声をだす、ヒガンの前で、ユニキスが語りだす。
ユニキス達は最古のドワーフと呼ばれている。
だが、本当に古く原初のドワーフは、オリジンという名を冠した者たちだった。
この事はジグルドも知っているし、彼がいた元の世界でも、口伝として残っている。
絶滅寸前だったドワーフ達を救い、救世主のような扱いをうけた存在。
それが、ジグルドの知るドワーフ・オリジン。
『俺達はオリジンから生まれた。だが、同時に、そのオリジンを生み出す技術もあった。おかしいとは思わなかったか?』
「……そこに触れますか」
かねてから抱いていた疑問の1つが出てきて、ジグルドの表情が険しいものになる。
例え、どのような話であろうと、ヒガンはヒガン。命は命。その考えを変える気はないと、身構えすらした。
『単純な話だ。オリジン達が絶滅したあと、その悲しみから、あの装置を作り出したに過ぎん。だが、生まれてきたオリジン達には、一つの欠点があった。感受性が高すぎて、同族であるドワーフが死ぬと、その魂の受け皿になってしまう』
「!? では、先ほどの質問の意味は……」
『そういうことだ。恐らく、お前達が知らないドワーフが死んだのだろう。しかもヒガンの様子をみるに、多数の死者が一斉に出たようだな……』
「そんな馬鹿な……」
オズルで死んだばかりのドワーフ達。その魂が、今まさにヒガンの身へと入り込んでいる。
どういう経緯で、死者がでているのか分からないが、それだけは察したユニキス。さらに、
『オリジンを生み出す条件の一つに、一族の窮地のみに許可を与えているのもソレだ。大勢の死者が一気に出てしまった場合、こうなるからな』
「感受性が高いというのは、そういう意味もあったのですか?」
『それだけではない。前にも言った通り、生まれたばかりの頃は、他人の感情から影響をうけやすい。それもまた危険の1つではある。だからこそ、安定するまで、ここで暮らしたのだろう?』
これはジグルドも知っていた事であるし、だからこそ、街につれていくまで時間をおいたのだ。
2人が話こむ間も、ヒガンの苦しむ声は途絶えない。その苦しみを見ているだけで、コリンの胸もまた同様の痛みを覚えていた。
「そんな話より、ヒガンちゃんを治してほしいのです」
『治すというのではないが、救う方法ならある』
「あるのですか! どうすればいいのです!」
ヒガンの手を離さず顔だけを向けて聞くと、ユニキスは意を決した顔をし、外へとでていく。
なにが? と思ったジグルドは、コリンと一度目を合わせたあと、外へと向かった。
すると、宙に浮いているユニキスが、両手を天井へと向ける姿があった。
『集え! 我が部下よ! 集え! 我が意に従う者たちよ! 集え! 意思を託せし同胞よ!』
覚悟を決めた男の叫び声がする。
小屋の中にいるコリンにまで響き、外で何がおこっているのだろうと、不安を感じさせた。
『時はきた! この日、この時。我らが交わした約定を果たす! 集え! 守護者たちよ!』
洞窟内部で響いたその声に導かれるように、うっすらとした光が集まりだした。
「こ、これは!?」
『集え、集え、集え! 我は、ユニキス! 意思を託されしもの! オリジンを救う時がきたのだ!』
光が形を成し始める。どれもが、ドワーフとしての姿。そして、
『うぉおお――――――――――――――――』
歓喜を感じさせる声が響き、ジグルドの心を驚嘆させた。
「何が起きているというのだ!? ユニキス殿!」
『我が、同胞たちよ。俺に強き意思を託し、力を残してくれていた者たち。前に、土の神はなんだ? と聞いたな。それは、アンデットだと答えた。その正体は彼等だ』
「こ、これが!? しかし、これではまるで……」
『そう、俺と同じく幽霊だ。意識を俺に託し、絶対服従の状態になっている者たち。この地と、オリジンを守るために守護者として残ってくれている』
「そのようなことが……なんという…」
ジグルドが唖然としてしまうのは仕方がなかった。
淡いエメラルドグリーンの光に照らされた洞窟内において、光るドワーフ達の姿が、眼前いっぱいに広がっているのだから。
『爺。俺達はこれから、ヒガンの中へと入る』
「なっ!? どういうことですか! これ以上負担を強いると!」
『逆だ。中に入り込み、安らぎを得ようと、もがき苦しむ仲間達を抑え込む。俺達は、この時の為にこそ、存在していたのだから』
「……」
言葉が出ない。
ジグルドは自分の愚かさを感じながら、これから起こることを考えた。
その思考する時間すら惜しむかのように、ユニキスが言う。
『あとは、お前達がやるのだ。わかるな?』
「……はい。必ず守って見せます」
『それを聞けて安心した。それと、もう一つ伝えねばならぬことがある』
「まだあると?」
ジグルドと目線を合わせると、ユニキスの口がゆっくりと開いた。
『オリジンとしての力が目覚める』
「…………」
『聞かぬところをみると、どういった類のものなのか分かっていたか? それは良かった。いいか。絶対に他種族に知られるなよ。争いの火種になる』
「……お任せください」
『うむ! では、我らは行くぞ!』
言い終わると同時に、右手をあげ、
『達者でな! 娘っ子たちを大事にしろよ!』
躊躇いなく手を下すと、宙に散らばるドワーフ達が、一斉に小屋の中へと向かった。
「なんですのぉお――――――!!!」
コリンの悲鳴に反応し、ジグルドが目を向ける。同時に、ユニキスもまた小屋の中へとはいっていった。そこでヒガンを守ろうと、コリンが上にかぶさっているのをみて、ふっと軽い微笑をみせる。
その笑みは、どういう意味をもっていたのだろうか?
ヒガンの姿をみて、どう思ったのだろうか?
自分の実の子を守るかのように身を挺して庇っている姿をみて、どう感じたのだろうか?
ユニキスの笑みは、彼しかしらない。
ただ、彼が何一つ後悔の念を持たず消えた事だけは記そう。
「ユニキス殿……」
守護者たちが全てきえた廃墟を、淡い光が照らす
残された3人のドワーフ。
彼らの行く道に幸あらんことを願うかのように。
補足説明
守護者として残ったドワーフ達は、その目的遂行のため、土を使い疑似的な体を作り出すことができます。
ゴースト状態もまた、場合によってはアンデットに含まれるかもしれませんが、ユニキスが言ったのは、こういう意味もあっての事と、お考えください。
このような説明を、本編途中で挟むと、おかしな具合になると思い、後書きによる補足説明とさせて頂きました。




