第166話 嘆き
魔王がコタロウの話を聞いていたころ、フェルマン一行が駐屯地についていた。
「これは、何が起きたんだ……おい、ここで間違いがないのだろうな!」
「は、はい。そのはず……」
自分の背後にいる気弱そうな帝国魔法兵の男。エータスという名前の男は、その光景を目にし、戸惑っていた。
いや、彼とフェルマンだけではない。
共にいた全員が、唖然とした顔を見せている。
そこにあったのは、数多くの人間の死体。
テントは破壊され、地面には焼けた形跡がある。多数の血のあとがベットリと周囲に付着し、とてつもない異臭が漂っていた。
血の匂いや死体の具合から判断し、まだ一日もたっていないだろうと判断を下す。
自分分同様に立ち尽くしていた部下をみてから、捜索を命じた。
日が高く昇っていたのが幸いしたのか、息のある人間達をみつけ、問いただすと、
「仲間が襲ってきた。それにドワーフも……そのあと、リューガス公国のやつらが……」
それだけを言い残し、息をするのをやめた。
聞いたフェルマン達は、知ることによって、さらに混乱を増すこととなる。
だが、ドワーフ達がいたことだけは明らかだ。
「とにかくドワーフ達を探せ! 何があっても、助け出すんだ!」
フェルマンが必死な形相をみせ、再度の号令をだす。
その後、ドワーフらしき人物が見つかりはしたが……
「またか。また、俺は守れなかったのか……くそぉおおおおおおおおお!」
フェルマンの魂からでる声は、聴くものの胸を締め付け、同種の悲しみを与えたという。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「落ち着いたか?」
破壊されたテントの支柱に背をかけ、座り込んでいたフェルマンに、イルマが声をかけてきた。
「ああ……すまん、部下のことを任せてしまって」
「きにするな。誰でも、こういう時はある」
「……そうだな。だが、俺の立場で、あんな姿は見せるべきではなかった」
力のない声に、イルマは自分の爪先で、頬を器用にかいた。
「死体は?」
「焼いた。あの死に方じゃ、アンデットになりかねねぇからな」
「……すまん。俺がするべきことを」
再度の謝罪に、どうしたらいいものかと、今度は頭をボリボリとかきだす。
(どうも、こういうのは――ヒサオなら、どうする?)
ふと頭に思い浮かべるは、ヒサオの表情。
誰かれ構わずに、普通に接し、それが当然のことだとでも言うかのような態度。
傍若無人? 肝が据わっている? いや、そうではない。
あれは、マイペースなだけだ。
(……だめだ、あいつじゃ、何も参考にならねぇ)
そもそも、ヒサオなら放置したかもしれない状況である。
無駄と悟ったイルマは、とりあえず、ガシっとフェルマンの両肩へと手をおいた。
「イルマ?」
「しっかりしやがれ、フェルマン=ウル=カスラ! てめぇが、その様じゃ、なんのためにヒサオやジグの旦那を置いてきたかわからねぇぞ!」
突然、フルネームで呼ばれ、さらにジグルドのことまで持ち出され、フェルマンが呆然とした。
「魔王が言っていただろうが! これ以上、あいつら異世界人達を戦場にだしてぇのか? 俺達が、しっかりしなきゃ、また、あいつらが出てくるぞ!」
「だめだ! それは、それだけは!」
ジグルドを戦場には出さない。
その考えは、魔王に言われる以前から思っていた事。
それを持ち出され、フェルマンの顔に生気が戻ってきた。
「なら、しっかりしやがれ! ここは、俺達の世界だろうが!」
「あ、ああ、そうだな! 俺達の世界だ! 言われるまでもない!」
イルマなりの励ましに応えるかのように、フェルマンがスクっと立ち上がる。
みれば、自分たちを不安気にみていた部下たちがいて、それにすら気付かずにいた自分を恥じた。
「……まったく。お前たち! 何をみている! さっさと状況を報告しろ!」
いきなりの怒声に驚き、急に騒ぎ始めた。
「あ、はい」
「ちょ、ちょっとまってくださいよ!」
「おい、飛行船の方はどうだっけ?」
「そもそもどういうものなのだ? 誰か知るやついないのかよ?」
「こっちは、帝国兵の生存者を、また見つけたけど……」
「なんで、あいつ等だけが生き残っているのよ! もうやだ」
「疲れた……もう、いっそ全部放置して帰りたい」
「異世界亭の、定食が恋しい」
「おれ、無事かえったら、味噌ラーメンとか言うのを食べるんだ……」
なにやら、任務に関係ないことまで聞こえてきて、2人が軽く目眩を覚えた。
「今度は、俺が座り込んでいいか?」
「頼むからやめてくれ」
湧き出たばかりの気力が、一気に消えかけたが、
「見つけた! 見つけました! フェルマン様! いましたよ!」
騒めきの中から、唐突に出てきた声に、2人の指揮官が顔を見あせた。
「ドワーフの生き残りか!?」
「かもな! いってみようぜ!」
即座に走り出す2人。そのあとを、周囲で騒ぎだしていた部下たちもついていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
確かに見つかっていた。
だが、声を出した獣人の男が見つけたというのは、ドワーフの生存者ではなかった。
「こいつが、リュッケか……」
「おそらく。俺も一度しかみたことがないので……」
答えたのは、唯一顔をしっていたエータスである。
他の兵よりもひどく、胸に剣で切られた形跡が見られた。
治療を受けた形跡もあるにはあるが、巻かれた包帯が外れ落ちている。
その場にいた光の精霊使いが、リュッケの胸に手をおいていた。
体を光らせている精霊が、使いての傍にいるが、その姿が今にも消えそうだ。
「どうだ?」
自分と同種である、ダークエルフの女に尋ねると、黙って首を横にふられた。
流れた血の量がおおかったのだろう。リュッケが横たわる地面は、鮮血色に染まっていたのだから。
「聞き出す。治療は続けてくれ」
「はい」
言うなり、リュッケの顔へと近づくと頬を軽くたたいた。
「起きろ」
声をかけるが、目をあけない。
もはや死んでいるのでは? と思ったが、あきらめるだけなら、いつでもできると、今度は強く横殴りするかのように平手うちをした。
パシーンという大きな音のあと、
「起きろ! 目を覚ませ!」
叫ぶ声に、リュッケの目がうっすらと開いた。
「……うっ」
目を覚ましかけたリュッケであったが、意識の覚醒とともに感じる痛みで、呻き声をだす。
「起きろ! 寝るんじゃない! 聞きたいことがある!」
「誰……目が……陛下」
視界が開けないのと、意識の朦朧さ。それらが重なり、状況がまったくつかめていない。
かすれ消えるような声に、フェルマンは時間がないことを悟った。
「生き残ったドワーフはいないのか! それと飛行船はどうした!」
「ドワーフ……手をだすな……飛行……守れ……あれは、陛下の……」
「手をだすな? 守ろうとしたのか?」
疑問を口にしたフェルマンだったが、その間にもリュッケの唇が動く。聞き取れない声が漏れていることを知り、自分の長耳を近づけると、
「託宣……変わった……陛下が……正しい……」
「なに? 託宣が? ――お、おい! 何のことだ!」
ついに唇がかすかに動くだけとなり、そのまま息を吐くこともやめる
期待され、オズルでの指揮を任せられていた、リュッケ=ワルダの死であった。
「おい! 目を覚ませ!」
と叫ぶフェルマンの傍で、ドサリと倒れこむような音がし顔を見上げると、治療をつづけていた女が倒れていた。
「無理をさせたか。誰か頼む」
限界まで魔力を使ったのだろうと、どこかで休ませるように指示をだす。
目をリュッケに戻すと、息さえしていれば眠っているかのようだった。
敵であるはずの帝国兵。
それも要注意人物の1人だと言われていた男が、出会ったときには死にかけていた。
ここまでの経緯でもすでに異常だというのに、リュッケが言い残した言葉の羅列は、さらにフェルマンの頭を混乱させる。
ドワーフ救出もならず、飛行船の存在も不明。
何をしにきたのか、分からないような状態ともいえる。
しかし、得られたものもある。
リュッケが残した言葉。
これだけは伝えなければならないと、一晩の休憩を挟んだ翌日に帰路についた。




