第165話 託宣の変化
帝都カイザリアにおいて、異変が発生していた。
数日前に、ラーグスと接触したドルナードが倒れ、そのまま意識を戻せずにいる。
さらにいえば、一度は収まったはずの反乱。
その火の手が帝都どころか、彼が眠っている城の中にまで及び始めていた。
「くそったれ! どいつもこいつも、託宣に、振り回されやがって!」
王城のドルナードが住まう部屋の前で、ブロードが叫び声をあげた。その彼の前には一人の兵が血を流し倒れこんでいる。
いつものラフな姿ではなく、くすんだ銀色の重装備姿。
愛用としている大剣を肩にかつぎあげ、忌まわしそうなものでも見るかのように、死体となった兵を睨みつけていた。
「将軍、もう少し声を静かに。陛下が……」
「起きたら好都合じゃねぇか。つか、むしろ、さっさと起きやがれ」
「それはそうなのですが……」
ブロードの隣にいるのは、トーマ=ウィスである。
普段なら整えている茶髪が乱れ、顔には疲労の色が見え隠れしていた。
右手にもっている片手剣からは、血がしたたりおち、つい先ほどまで戦っていた様子がうかがえる。
ブロードとは異なり、軽そうな軽鎧姿。体躯もまた、並び立つブロードとは異なり身軽そうだ。
細く青い目を、自分の主であるドルナードが眠り部屋の扉へとむけながら、
「いつまで陛下は、眠っているつもりでしょうか?」
「知らねぇよ。それより、この死体を片づけないとな――おい、お前ら」
「は、はい?」
「俺も? なんでしょう?」
「ちょっと、この馬鹿野郎の死体を片づけろ。そのあとは、2人とも少し休んでこい」
言いつけられた兵の2人が互いに顔を見合わせたあと、ブロードに向かって頭をさげた。
死体を2人でもち歩き、男たちは去っていく。
皆がトーマ同様に疲労感を出していて、交代で眠らせているが、それも限界に近づいている。
「将軍、これいつまで続くんですかね?」
「さぁな。この託宣が続く限りじゃねぇか? うるさくて仕方がねぇ」
「本当ですね。最近では、眠っていても聞こえてきますしね」
ブロードが言う託宣とは、こうしたものである。
【ドルナード=ファン=エンペスの抹殺。並びに、魔技動力の解体】
といったものであった。
元々あった託宣内容に、ドルナードの抹殺も加わっている。
その発生時期は、ドルナードとラーグスが接触すると同時。
通常であれば、こうした託宣にふりまわされないよう教育されてきた帝都住民であるが、この時ばかりは違っていた。
普段とは違う声の大きさや、その頻度。
眠っていても聞こえてくるという最悪感。
本当に夢の中にまで侵入してくるような感じとなっていた。
こうした状況の中で、正気を保っているブロード達のほうが異常とも言えた。
そんな時でも、主であるドルナードを守ろうとしている兵もいて、ブロードの元にあつまっている。
だが、彼らがいても守りきるのが厳しくなってきていた。
なぜなら、運ばれていった死体は、ここを守っていた男の1人なのだから。
(味方すら信用できねぇ状況で、どうやってドルを守る? 考えろ。でないと、あいつが死んじまうぞ)
部屋の扉に背をつけ、担いでいた大剣の剣先をキンと音をならし石床へと置いた。
「将軍もおつかれですね」
「あぁ。俺だって人間だ。いつかは倒れるだろうさ」
「……ですよね。では、そろそろ、考えないといけません」
「なにをだ?」
「わかっているでしょ。脱出ですよ」
「……」
返事をしない。それだけで、ブロードの心が揺れ動いていることをトーマは察した。
脱出は最後の手段だ。
だが、それすらできない状況になってからでは遅い。
いまなら、まだ可能ではあるが……
(俺達がやってきた事は全部無駄だってのか? 結局は託宣どおりになるってか? くそが!)
いったい幾度目の苛立ちだろうか。
戦争時ですか感じことのない、爆発的に吹き上がる感情。それを必死に抑え込むかのように、手を握りしめ、唇を固く閉ざした。
「将軍。陛下を部屋の中で一人にして大丈夫でしょうか? 将軍だけでも、傍にいたほうがいいのでは?」
すぐそばにいた兵の1人がいってくるが、それに首を横にふった。
「外からは侵入できねぇように、鉄格子を……あぁ? なんで、おめぇ知らねぇんだ?」
ふと気になり、自分へと言ってきた兵をみれば、見慣れない顔の男だった。
誰だこいつ? 部下にいたっけ? みたいな顔をしていると、周囲にいた仲間たちも「ん?」といった顔を始めた。
「誰だてめぇ? だいぶ前から、中のことは言っているはずだぞ」
「あ、はい。つい先ほど、こちらに合流したばかりでして……そうでしたか、中はそうなっていましたか。ならば、大丈夫ですね。失礼しまいた」
そう早口で言いながら、ブロードから離れようとする。
「おい。どこの所属だ?」
「え、えっと、はい。リュッケ隊長のところの……」
「……だとよ、トーマ」
言われたトーマの口から息がもれ、その手が鞘にしまったばかりの剣へと延びた。
「あのさ――隊長の名前を勝手にださないでくれる? 俺、あの人の直属の部下なもんで、仲間の顔は全員覚えているわけよ」
スラっと抜いた剣先を床へとむけ、微笑みながら一歩一歩と歩き出した。
「そ、それは、俺がきっと新人だから!」
「はい、アホ決定。その新人の教育を、俺がしているの。だから全員の顔を覚えているわけ。わかる? ……これ以上、喋るな」
へらへらとした顔が、最後の言葉の瞬間引きしまる。
右手で握りしめていた剣を一閃。
その瞬間、正体不明の男は、物言わぬ肉の塊となった。
「……将軍、本気で考えたほうがいいと思います」
自分で作り出した死体を前に、口調をかえブロードへと進言すると、
「とっくに本気で考えている……だがな……」
目を覚まさないドルナードをつれ、果たして無事に脱出できるだろうか?
それに脱出したとしても、託宣がない場所までつれていくということは、それはつまり、イガリアへの亡命。あるいは、魔族領土への逃亡となる。
果たしてそれを、ドルナードが許すだろうか?
「いや、死んじまったら許すもなにもねぇな」
「将軍?」
「なんでもねぇ。トーマ。おめぇ……」
言う通りだと続けようとした、その時、
ゴト……ガタン!
背にした部屋の中から物音がし、ブロードたちの動きが止まった。
「……将軍」
自分を見上げいうトーマの声に軽くうなずき、ドアノブをひねった。
静かに扉をあけるとほぼ同時に、ふわっという軽い風のようなものを感じた。
……まさか! と、扉を勢いよくあけ、
「ドル!」
大声で叫ぶ。
薄暗い部屋の中をさっと見渡すと、鉄格子の中に手をいれ、窓を開けているドルナードの姿があった。
「誰だ、こんなものを勝手につけたのは。気分が悪くなるだろう」
いつもなら不快感を覚える声。それがこの時ばかりは、安心感を与えたようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドルナードが目を覚ます前から、オズルにおいて異変が発生していた。
【飛行船を壊し、関わる存在すべてを排除】
そうした託宣が、数日前から響きわたり、オズル全土にいる全ての人間が狂いそうになっていた。
それは、飛行船建築に関わっていたリュッケ達も含めてのことである。
「クッ! またか。一体なんだというのだ!」
簡易テントの中で、机の上におかれたオズルの地図を目にしていたリュッケが、頭を押さえていた。
(飛行船が人間にとって不利益になるとでもいうのか? そんな馬鹿なことがあるか! これによって魔族達をウースから追放できたというのに!)
何度考えても納得がいかない内容に腹立たしさを覚えながら、目の前にある木机をドンと拳で殴りつけた。
(ラーグスという男が帝国内にきてから、託宣がおかしい)
従来からある託宣。そして今聞こえてくる託宣。
その違いが顕著に出始めている。
以前であれば、こういった共通目的な内容であれば日に数度あるだけ。だが、今では、頻繁に聞こえてくる。
「今日だけで何度目だ。日を追うことに、頻度が増しているような気がする」
額に指先をおき、テントの中にあった椅子へと腰を落とした。
ただでさえ、飛行船建築。そして魔族領土への侵攻という大きな任務を背負っているというのに、疲労で倒れそうな状態になりつつあった。
「少し腹に何かいれるか。そのあと、少し休めば……「隊長! 大変です!」……今度は何だというのだ…」
声と同時に、部下の1人がテント内にはいってくる。
「失礼します!」
「なんだ?」
「ハッ! それが、見張りからの報告で、リューガス公国の連中が、魔道砲をもって、こちらに向かっているとのこと!」
「なっ!? いや、あのような託宣があったのだ。やってきて当然か……むしろ、予想してなければならなかった」
飛行船もドワーフも、今ではリュッケの管轄化。
それを狙って、リューガス公国が動くのは当然であった。
それを予測していなかった時点で、リュッケの疲労度合いがわかるというもの。
(公国の連中に聞こえた託宣には、ここの場所も含まれていたのか。そう考えて当然だというのに、俺は何をしていたというのだ。どうかしているぞ!)
頭をふりはらい外へとでる。すでに陽がおち闇夜が広がっていた。
松明の光が周囲を照らす中、知らせにきた兵を隣にひきつれ、足早に駐屯地を歩き出した。
「飛行船の稼働はまだだな?」
「ハっ! まだ、準備が済んでおりません」
「わかった。増援できた魔法兵たちをすぐに起こせ。きたばかりの連中もだ。あと、建築中のドワーフ達は、全員一か所にまとめ誰かに監視させろ。それと主だった連中を中央テントにあつめろ」
矢継ぎ早に指示をだしながら、作戦会議用の一際大きなテントへと向かうが、
「隊長。ドワーフの件ですが……」
「なんだ? それなら、さっきも言ったはずだ。一か所にあつめて監視させろと」
「いえ、それが、託宣に聞き従った者たちが出始めています」
話を聞いた瞬間、リュッケの足がピタリととまった。
「まさかとは思うが……」
「飛行船のほうは、まだ無事ですが……2人ほどやられました」
声をきくとほぼ同時に、腹の底から、怒りがわいてくる。
「どこのどいつだ! こんな時にドワーフ達にまで手をだしたら、どうなるかわかっているのか!」
リュッケの叫びは、闇夜に吸い込まれ空しく消えていった。




