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第155話 アポイタカラ

 祖霊の迷宮へと戻ってきたジグルド、コリン、ヒガンを出迎えたのは、言うまでもなくユニキスであった。

 以前いた廃城前にたどりつくと、3人の前にあらわれて、


『もどってきたのか。今度はどうした?』


 軽口を言うでもなく、要件を聞いてきた。


「実は……」


 ジグルドが説明を始めると、コリンとヒガンが少し離れた場所で、キャッキャと騒ぎだす。

 ヒガンにとってみれば、生まれたばかりの頃に住んでいた場所だ。

 今の家とほとんど変わらない日数をここで過ごしている。

 なつかしき我が家のような感じがあるのだろう。


 幼子のような丸い顔立ちをしているが、緋色の髪はわずかな伸びを見せ始めている。最近では、近所の奥様方から子供服をもらい、コリンの着せ替え人形とかしていた。


 ただ今日来た場所では、違う服装だ。

 いつものカラフルな色合いを見せる子供服ではなく、汚れてもあまり惜しくはなさそうな、フードのついた紺色のパーカー服。

 ただし下は白いシャツ姿であるため、ここで脱ぐのは禁止されていたりする。むろん汚れるからである。


「ととさまは、何をお話しているの?」


「ととさまは、大事な話をしているのですよ。邪魔してはだめなのです」


 話合う2人の姿は、すっかり母と娘となっていた。

 薄紅色の髪と目をしたコリン。

 最近では、以前のような怯えの色をみせることもなく育児に専念している。


 普段であれば、緩やかな服装を中心としているが、今回はモンスター対策もかねての蛮族姿。

 ワイルドウルフの毛皮でつくったジャケットを薄めの作業服の上にはおり、下のボトムズも同様の素材で作られていた。


 コリンにとって、ヒガンはまさに娘なのだろう。それもジグルドとの間にできた実の子のような気持ちを抱いている。すでに少女ではいられなくなっている様子だ。


「わかった! じゃあ、かかさま遊ぼ!」


「いいのですよ。では、料理をして遊ぶのです!」


「はい、かかさま!」


 遊びと称し、ヒガンに料理の手伝いをさせるコリン。手慣れたものである。すでに家庭教育が始まっているようだ。まだ生まれて1年だというのに。

 さて、そんな2人から距離をとり、やってきた理由を聞きおえたユニキス。


「ユニキス殿は何か知りませんかな?」


『ふうむ……知っての通り、ワシは鍛冶師ではなく戦士であったからな。そこまで詳しくはない。ただ、少なくとも、鍛冶設備が中途半端なここで鍛えるよりも、外界でやった方がよいのではないか?』


 ジグルドが背負う荷物の量。それはしばらく住み込みを決め込んだようなものだった。


「最もですが、街に戻ると何かと専念できないこともあるのです」


『……色々と枷ができたか。生きていればこその問題だな』


 幽霊である、ユニキスが言うと実感がありすぎた。


『しかし、爺。やれるのか? 前にここで色々試したはずだが?』


「ジ……」


 久方ぶりにきいた爺という言葉に、思うところがあるようだ。幽霊であるが、ユニキスのほうが年上なのだから。


「ワシとて勝算なくして戻ってきたわけでありません」


 ヒサオとミリアから得た情報を思い出す。そして、荷物や手にしていた武具を置き、中から真新しいハンマーを取り出した。


『ほう。ミスリルでハンマーを作ったか』


「わかりますか?」


『わからいでか。その魔力を帯びた銀光。力だけではなく魔力も伝える気か?』


「はい」


 2人の情報を併せ考えると、力や技量以外のものが必要となりそうだと考えた。

 むろん、培ってきた技術もあっての話だろうが、無ければならないのは、おそらく魔力や精神力のほうだろう。

 早速取り掛かろうと、背負ってきた荷物から鍛冶道具を取り出すが、


『ところで、ヒガンの様子はどうだ?』


 ユニキスに不安気な声をかけられた。


「今のところは、これといった問題もないようですな」


『そうか。順調に育ってきているか……』


 コリンと一緒に簡易かまどを作りだし、さらには鍋料理の支度にとりかかっている。手慣れたものである。ここにきてわずかな時間で、料理支度に入れているのは、以前住んでいたからもあるだろう。


「住んでいる場所もよいですからな。獣人や亜人達の子供とも、仲良く遊べております」


『ふむ……』


 安心させるべく言ったはずだが、ユニキスが不安気な声を出した。


「どうかされましたか?」


『……いや、偏見もなく育っていのは良いのだが、警戒心が薄いというのは、それはそれで問題だと思わないか?』


「なるほど」


 言われてみればと、クルっと後ろを振り向いた。

 無邪気に笑いながら、コリンと一緒に鍋をかきまぜている。

 両親がいて、自分がいる。そのことを何の迷いもなく信じ、日々を楽しく過ごす姿。

 素直な子として育っているのは、うれしい限りであるが、無警戒すぎるというのは不安要素ともなりえる。

 かといって、他人を警戒するあまり、常に周囲を気にし過ぎられても困る。


「子育てというのは、難しいですな」


『特にあの子はな。ドワーフというのは、指先が器用すぎる。生来の物づくり好きが重なってのことだが、あの子は顕著にでるだろう。そうなると、やっかむものや、利用しようとするものが必ずでてくる。もう少し成長したら、身を守る術を教えたほうがいい』


 空にぷかぷか浮きながら、唯一みえる左目を細くし、ヒガンを見つめている。


「……まだ早いと思いますが」


『そうか? すでに料理も覚えさせている様子だぞ』


 そういわれると何もいいかえせない。

 最初はオママごとのような感じだったのに、気付けば、コリンが料理を教え始めていた。

 単純にヒガンの成長が早いため、教える側のコリンが楽しんでいるせいもあるだろう。


「まあ、それはいずれ考えるということで……それより今はアポイタカラです」


 拠点としてつかっていた家へと足を向ける。インゴットは中に隠してあるのだから、まずはそれが必要だ。

 この拠点では、しっかりとした炉がないため、温度調整はすべて自力となるが……手にする青白いインゴット。これは、温度調整がいるのだろうか?

 以前いたときも何度か挑戦したが、温度差による変化がほとんどわからなかった。元々聞いていた情報と照らしあわせ、そうした鉱石なのだから仕方がないと考えていたが、


(もしや、違うのではないか?)


 熱ではなく、魔力や精神力で鍛えあげるものではないのか?

 と考え始めている。

 《炎熱操作》は魔力で発動するスキルだ。そう考えれば魔力を使って鍛えているというふうに考えられなくもない。


 だが、駄目だった。と、なれば、純粋に魔力を流しこめば、あるいは?

 そう考え、魔力伝導率の高いミスリルで作ったハンマーをふるいあげ、


 カーン!


 インゴットを金挟みでつかみ、ハンマーを2度、3度と打ち付ける。


 普通、こんなやり方はしないし、ジグルドとてブランギッシュの鍛冶場ではやらない。若い者たちが真似をしてはいけないからだ。

 《炎熱操作》を扱いながら、鍛えあげる癖がついたときから、こうしたやり方でも大丈夫なコツを身につけただけに過ぎない。


「ととさま~」


「ん?」


 ヒガンが自分を呼ぶ声に、ふりあげたハンマーの手を止める。

 ふりむくと、ヒガンがいて、暖かそうなスープを盆の上にのせ、ジグルドへとむけていた。


「おお。ヒガンや、すまんな。どれ、頂くとするかな」


 鍛えあげようとしたアポイタカラとハンマーを地面へとおろし、ヒガンからスープと一緒にあったスプーンを受け取る。

 その地面においたインゴットを見てみると、ほんのわずかであるが、表面にハンマーの跡が残っている。

 ほんの2,3発程度の打ち付けで、変化が見られたということは……心なしか、コリンとヒガンが作った芋のスープが普段より旨く感じるジグルドであった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「よし!」


 もっと時間がかかるかと思っていたが、やってきたその日のうちに、短剣が出来上がった。あとは持ち手の部分を細工すればいいだけだが……


『爺……いきなりか?』


 洞窟内を照らすエメラルドグリーンの光。壁にびっしりとついた光苔によるものだ。その光を反射する刃をみて、ユニキスが呆れた声をだした。


「手ごたえは感じておりましたからな。ですが、問題はこの後です」


『まだ何かあるのか?』


「ええ。この鉱石とミスリルを合わせ、交感力を上げる武器づくりが主目的ですから」


『……そういえば、精霊樹との交感が目的といっていたな』


 そう考えると、今行っているジグルドの作業は前段階となる。

 合金づくりとなると、温度調整がどのくらい必要なのか? 流し込む魔力はどのくらいいるのか? 打ち付けるハンマーの力加減は? どれくらいの比率で混ぜ合わせればよいのか? といった様々な問題がでてくるわけで、それらを一つずつ確かめながら行う必要がある。


『しかし、持って行ったオリハルコンをすべて使い切ったとは、呆れたぞ』


「面目もない」


 それを言われると弱い。カテナを救う為とはいえ大放出しすぎた感が否めない。かといって、あの時は、そんな事を気にしていられる場合でもなかったのだし。


「……もしやですが、オリハルコンは残っていませんか?」


 それがあれば、こんな苦労はいらない。とはいえ、合金づくりはしてみたいが、それはそれ。これはこれと、聞いてみるが、ユニキスの頭が横へと振られる。


『持って行ったやつで最後だ。新たに掘るという手段もなくはないが、果たしてまだ残っているかどうか……』


「やはりですか」


 ヒサオの鑑定ですでにわかっていたことだし、恐らく埋まってもいないだろう。

 ほんの少しだけあった希望が打ち砕かれたが、これでヒサオのスキルが確かだと証明された。


 無いものは仕方がない。

 アポイタカラの合金も試してみたいし、と、ハンマーを振り上げ、下す。


 カッーン……


「む?」


『どうした?」


「手ごたえが……これは、いかん」


 叩いたばかりのインゴットをみれば、何一つ変化がなかった。


「これは、魔力不足?」


 ただ叩く音がしたのみ。魔力を同時に流し込んだ時とは響く音が違ったようだ。

 再度ためそうと、ハンマーを振り上げ下すが、同様の音がするばかりで、


「ワシの魔力では、短剣一本で終わりか……」


 ふぅと、嘆息をつくと左手でもっていたインゴットをジロジロと眺めた。


『半日近く、魔力を流し込みながら打ち込んでいたのだ。無理もないと思うぞ?』


「そうなのでしょうが……」


 ユニキスの言葉に同意を示すが、本人は不満気の様子であった。


「ととさま~ お仕事おわった~?」


ヒガンが少し離れた場所で、指を口にあてながら聞いてくる。その子供らしい仕草がなんとも愛らしい。


「そうじゃな。今日はこれで終わりじゃ」


インゴットとハンマーを木箱の上におくと、ヒガンがジグルドの胸元に飛び込んできた。


「こらこら。危ないじゃろ」


「ととさま~♪」


 言う事を聞かず、クンクンと鼻をすりよせるヒガン。

 うらやまし気にみていたコリンであったが、背中があいていることに気付き、後ろから抱き着いた。


「コリン、お前まで、なんじゃまったく」


「たまには、いいのです。ジグ様の匂い……」


「やれやれ、変わったかと思えば、さして変わっとらんな」


 家族3人による一家団欒風景を見せつけれたユニキスが、


『娘っ子2人に挟まれおって爺め!』

 

 と空中うでぶつくさ言っていたという。

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