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第150話 2人の王

 託宣不信が募りだし、ブランギッシュに人が流れ始めていた国オズル。

 その地はリューガス公国という名で守られた街がいくつかあるものの、その本当の支配者は王ではなく、託宣であった。


 その支配者たる託宣に信用を無くした時点で、民が離れていくのは自然の流れだろが、いまだ国から離れず託宣に頼っている者はいる。

 そのオズルが南にあるムリエルに対し、魔道砲を使ったという知らせが魔王の元に届いた。


――魔王城


「今度はオズルだって? いったいどうなっているんだ。それでムリエルは無事なのか?」


「私が出てきた時は、まだ城に建てこもり守れていました。しかしそれとて、いつまでもつか。ですので、至急の増援をお願いしたい!」


 魔王に知らせと増援要請をしにきたのは、空のような薄青を基調とした衣服姿のエルフの男であった。弓を傍らにおき、膝をつき頭をあげ声高に必死に頼み込んでいる様子は、歳相応の若さを感じさせる。


「むろんだ。ペリス!」


「ハッ!」


 魔王が座る玉座の隣に、黒装束姿のペリスが現れる。


「すぐに南の魔族達と合流し向かってくれ。純魔族もつれてだ。ムリエルまで落とさせるわけにはいかない」


「かしこまりました」


 頭を一度さげると、そのまま自身の影へと沈んで消えていく。


「ありがたい!」


「感謝はまだ早いよ。間に合うといいんだけど」


 使者はまだ知らない。

 ほんの2日前に、アルフヘイムの奪還作戦が失敗したことを。


 飛行船なんて代物をだしてきたロナン帝国。

 魔道砲をつかってきたリューガス公国。


 イガリアを挟み両端にいる2つの国が、ほぼ同時に異世界文明の武器を使ってきた。

 なんだこれは?  託宣がまた? とも思うが、それとは違う何かを感じとれる。

 だったら何が? と思うが、それ以上の考えが浮かばなかった。


 ラーグスが北にいった時から胸騒ぎはあったが、それがきっかけ?

 だとしたら、北の魔族達に気を遣わずに、ヒサオ達を追手に回せば良かった?

 今更すぎる考えだと頭をふるう。


「どうなされました?」


「ん? あ、いや」


 使者としてやってきたエルフに不安をあたえてしまったようだ。

 膝をついたまま、どうしようかと判断に困った顔を魔王へと向けている。


「増援はすぐに向かうだろうから、君も戻ったほうがいい。一人でも多くの兵がいるだろうし」


「はい! 至急戻ることにします。魔王殿、ありがとうございました!」


 立ち上がり踵をかえし、部屋から出ていった。

 残った魔王は、


「……君達、悪いが、しばらく誰も通さないでくれ。少し一人で考えたい」


 扉の両脇にいる2人の兵に声をかけると、外へとでていった。


「ふぅ――何が一体どうなっているんだ」


 ラーグスが逃げていった国で、魔道砲が使われだしたのは理解できる。

 しかし、まさか南のオズルでも使いはじめるとは思わなかった。

 ここ半月あまりで、情勢がいっきにかわってしまい、魔王の苦悩は深まるばかり。


「先日の精霊樹の件だって片付いていない」


 活性化したと聞いたときは喜びもしたが、その後の報告によると、前より悪化したと聞かされ肩を落とした。


 北は魔力枯渇地域となり、魔族とエルフ達が撤退し、人間だけの国になる。


 イガリアは魔族との休戦条約を守っているようで変化はないが、精霊樹の件がある。


 南のオズルは、託宣不信とかいう話であったが、どういうわけか、魔道砲を持ち出してきて、エルフが住まうムリエルを攻めている。もし、南でも飛行船が使われたら……


 あり得ないと、断定できない。


 すでに人間達は飛行船を使いだしている。

 これを帝国だけのものだと思ってはいけない。

 自分達の世界でだって使われていたものだ。いつかは人間達が発明した可能性はある。

 早いか遅いかそれだけの違いかもしれない。


 問題なのは、飛行船や魔道砲の知識を、託宣が流したとは思えないという点。

 長い時間をかけて争ってきたが、いままで託宣が、そうした事をしたことはなかった。

 必要としなかった。という事かもしれないが、


「今更? やるならもっと早くに出来たはず……」


 だとしたら、何か別の要因が関係している?

 

 魔王は、託宣以外の何かが背後で動いている気配を感じずにいられなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ロナン帝国首都カイザリア。

 山を背にした居城において、ドルナードの演説が行われた。


 ウースより魔族達を追い出すことができた事。

 その理由が飛行船にあったこと。


 この2点についてのみが、国民へと知らされることとなる。

 魔力が失われ、魔法が扱えなくなったことは、2,3日のうちに知られることになるだろうが、この事だけは予想外の出来事だったようで知らせることを避けた。



――執務室


「リュッケ。オズルの件はごくろうだった」


「ハッ!」


 白をベースにした緩やかそうな衣服。その中央を鮮血色の線が走る。

 皇帝の衣装として城勤めのものが用意したものらしいが、緩やかすぎて落ち着かないようだ。

 ドルナードは上着のボタンをはずし、リュッケの前で手をくみ自分の顎をのせていた。


「うまく時期を合わせてくれたようだな。魔道砲の設計図が役に立ったか?」


「それもありますが、魔道銃のほうは、事がおわってから渡すといってあります」


 黒瞳、黒髪の小柄な兵であるリュッケが真顔で言い切ると、ドルナードの口元が僅かに緩んだ。


「魔道砲を渡したあとに、魔道銃の設計図を鼻先にぶらさげたか」


 それなら、こちらの思う通りに踊るだろう。と心の中で続け、リュッケに対する評価を少しだけ上げる。


「わかった。それでアルツは?」


「アルツに関して言えば、無駄に終わる可能性も高く、また、情報漏洩のことも危惧し、私の判断で話を持ち込むことをやめました」


「ほう?」


 ドルナードの暗く淀んだ眼が、リュッケに冷たく向けられた。


 彼がリュッケに与えた命令。


 まず一つは、公国を味方につけ、帝国と歩調を合わせ魔族に対する攻撃を仕掛けること。


 元々、エルフ討伐の託宣はでていたのだし、これ幸いと乗ってくるのはわかっていた。

 達成難易度は低かっただろうが、時期を上手く合わせるために、魔道銃の設計図を利用したのはリュッケの好判断といえる。


 次に、アルツに対し同盟をもちかけ、場合によっては飛行船を与えることも視野にいれていた。

 だが、そのアルツに関することを自己判断でやめてしまったようだが……


「リュッケ。それは明らかな命令違反だな。なぜ、そうした?」


「今のアルツの様子を見たところ、味方に引き込めない。そう、確信したからです」


「それほどか?」


「はい。街の発展具合。民たちの笑顔。城へと行きかう人々の表情。飛行船の情報を与えたとしても、危険度が増すばかりのように見えました」


「……なるほど」


 すでに聞き知っていたことだが、命令を与えた部下が無駄を悟るほどの状況なのかと、アルツに関する情報を修正する。


「わかった。その命令はなかったものとする」


「ありがとうございます!」


 そもそも、飛行船の製造技術の元をたどれば、アルツが関係している。

 ガーク海岸に流れ着いた異世界人が、命ほしさに自分の知恵を絵として残したのが切っ掛けなのだ。

 ドルナードにしてみれば、皮肉も混ぜた意味での交渉であったが、リュッケが止めて良かったのかもしれないと判断した。


「魔法の使用が出来なくなった理由の方だが、調査はどうなっている?」


「そちらについては、魔法使い達の考えですが、エルフ達が関係しているという見方のようです」


「やはり、そうなるか。タイミングを考えれば当然だな」


 リュッケの声を耳にしながら、自分の記憶を鮮明に思い出していく。

 それは、アルフヘイムの城を目標とした、飛行船による攻撃演習のはずだった。

 ところが、その準備中に城においていた見張りから連絡がくる。

 これ幸いとばかりに、演習ではなく本番へと変えた。


 乗船していた魔法使いによる攻撃は成功し、アルフヘイムの城は崩壊。

 いっさいの反撃もなく、一方的な攻撃手段となり得ることを改めて確信できた。

 しかし、思った以上に魔法使いたちが疲弊し、他の村々への攻撃は日を改めることにしたが、今度は魔力が回復しなくなるという原因不明の事態となってしまう。


 これは同時に、飛行船も使用不能という意味を指している。


 飛行船が飛んでいるのは、ヘリウムでも水素でもない。

 異世界人が残した本に描かれていた絵は、熱気球と飛行船であった。

 熱気球が浮遊する理由を絵から察し、それを飛行船作りに応用した。


 温めた空気を利用し空に浮くことができるのであれば、その状態を維持できればいい。

 そこで使われたのが、熱操作系の魔法。

 ジグルドの扱う《炎熱操作》の魔法バージョンのようなものである。

 数十回の実験のあと、宙に浮く状態を維持させることができた。


 推進力についていえば、排熱弁を風船部分にとりつけ、これを開閉することで操作可能とした。また、乗船している魔法使いたちによる風系の魔法で更なる緊急加速もできる。


 大本の原理は熱気球からであるが、それを飛行船に利用する過程において魔法が利用されたという事だ。そういった意味でいえば、ラーグスが作りだした魔道砲と考え方が変わらないといえるだろう。


 だが、今度は、魔法が使えないという現実が壁となった。これでは飛行船を浮かすことすらできない。


(現在使える戦力で果たしてどこまでいけるか……)


 主戦力として使えるのは騎馬戦車(チャリオット)隊であるが、これは従来からあるもの。

 昔ならともかく、今となっては、他国に対する脅威性という意味では飛行船に劣ってしまう。

 幸いなことに、ウースに住む魔族達は理由不明の撤退をしている為、戦力として飛行船を使う必要もないが……


「リュッケ。お前はまず、公国との新たな連絡手段を確立させろ。飛行船が使えない以上、イガリアを飛び越えての連絡は無理だ」


「ハッ!」


「それと、オズルの魔力が健在であるならば、飛行船をむこうで起動することも視野におく。大量の物資運搬は無理だな……例の調査の件はどうなっている?」


「連絡が難しいため、現在どうなっているかは不明です。ですが、私が最後に聞いた情報によりますと、陛下の推察通りかもしれません」


「ほう? それは詳しく聞きたい。いや、報告書をあげてくれ。オズルとの連絡手段の確立はそのあと取り掛かって構わない」


「承知しました! では、さっそく部屋にもどりまして書いて参ります。では!」


 ドルナードの前で踵をそろえ敬礼を一つし、リュッケが執務室をでていく。


(できれば、飛行船の力をもって人間領土を統一し、そのまま魔族領土に攻め込みたかったが)


 予想外の出来事を魔族たちに知らしめたのはいいが、自分たちもまた苦しむことになるとは想定外だ。


 しかし、そんな苦しみの最中にあるはずのドルナードの口から、聞くものに不快を与えるような笑い声が漏れだした。


(クク。公国の連中が、もし俺の予想どおりの事をしていたのであれば、面白いことになるぞ)

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