第146話 テラーの父
――アグロ
アルフヘイム奪還作戦の準備が進められていく。
アルツ攻めの時より早々とした準備が進められ、兵の動員数についても既にきまっていた。精霊樹の状態が気になって仕方がないようである。
城の中にある精霊樹に、帝国が妙なことをしでかさないかと心配でならないのだろう。
「アルフヘイムが落ちてもう1週間か。2日後には作戦開始の予定だが――イルマ、獣人達はどうだ?」
街中を歩き並ぶ虎人のイルマにフェルマンが尋ねると、
「砦に待機させているぜ。あそこで転移予定なんだろ?」
「ああ。万が一を考えれば、アグロにしろ、ブランギッシュにしろ街中から直接乗り込むのは危険だからな」
何しろ相手は、防衛準備をしていたアルフヘイムを正面から落とした連中だ。今回だって、どこでどう転ぶのか分からない。
それを考えれば、急ぐ作戦遂行は不安要素の塊なのだが、情報を集める時間すら惜しい。
「そういや、オルトナスっていうエルフは、まだコルクスにいるようだがいいのか? 転移魔法陣を作るのは、あいつなんだろ?」
「あの方はいいのだ。明日には転移でこちらに来る予定になっている」
「そういうことか。まったく獣人の中には使えないやつだっているのに、うらやましいかぎりだぜ」
肩をすくめみせ、自分より頭ひとつ背の小さいフェルマンに言った。
そこで足をとめ、イルマを見上げてから、
「獣人の魔力というのはどうなのだ? お前をみていれば、それほど我々と差異がないように思えるのだが」
「……まあ、色々だな。俺やテラーなんかは高いほうだが、どっちかというと魔力で戦う種族じゃねぇ。精霊憑依にしたって、使える奴なんて数えるほどだしよ」
「エイブンとかいう、あのケンタウロスも強化魔法を扱えたはずだが?」
「あいつは、あれでもエリート種族だぞ。本当はテラーだって獣人の中じゃ、超のつくエリートなんだぜ?」
「獣人の中で、そんな違いがあるのか!?」
初めて知ったと、驚き銀の瞳を大きく見開いた。
「まあ、今じゃそういう話はきかねぇよな。獣人の中にだって、知っている者はごく少数だしよ」
「……俺達も知っているようで、互いのことを知らないことが多いのだな」
「ちげぇねぇ」
互いに知り合ってから、すでに半年以上。
獣人とダークエルフという壁は既になく、雑談にふけることも多々あったが、それでも知らないことが多いのかと、何とも言えない気持ちを味わっているようだ。
「それで思い出したが、テラーというのは、少しかわった一族の出自らしいな?」
「あ? ああ。それがどうした?」
「先日、カリス老に少し教えられた。確か、彼女の父親……名前は……」
「ロイドさんだ。ロイド=ウィスパー」
言われ思い出し首を一度コクリと縦にふってから、
「そう、そのロイドという方なのだが」
少し言ってもいいものか? と悩んだ様子をみせたが、別段問題はないだろうと結論を出して口を開いた。
「昔、獣人との戦いにおいて、一騎打ちをしたことがあるらしい」
「!? ロイドさんとカリスの爺さんがか!」
驚き目を見開いたイルマに、コクリと頷きかえす。
「あの爺さん相手に一騎打ちかよ……ロイドさん、マジ凄かったんだな」
「しかも、カリス老は顕現状態だったらしいぞ。それでも勝つことはできなかったといっていた」
「はぁ!? ロイドさんも精霊憑依はできたが、あの爺さんの前じゃ意味ねぇだろ!」
咆哮一発で、自分の精霊憑依を消された経験者にとってみれば驚くのも無理がないだろう。
「そこなのだが……どうやら、テラーが持っていた例の石が関係していたらしい」
「あ? 石って、吸精石がか? でも、あれって、爺さんの力を吸収しきれず砕けたぞ。それでどうやって戦うんだよ?」
「そこまでは知らないが、使い方を間違えているとも言っておられた」
「使い方? なんだそれ? あの石に他の使い方なんてあるのかよ?」
「だから、俺には分からん」
そこまでは聞いていないといい、手を振るフェルマン。
知ったとしても、今はその石がないのだしと、この話を続けることをやめた。
(顕現状態の爺さんと一騎打ちして負けなかったのか――ロイドさんどれだけ強かったんだよ)
幼き頃にみたロイド=ウィスパーについて思い出そうとするが、記憶がうすれているため顔を思い出すことができなくなっている。
思い出せるのは、とてつもなく強かったこと、基本教養について教えてくれたこと。
ロイドは、人間達からも一目置かれる存在であったため、イルマやエイブンのようにテラーの周囲にいた子供達は、他の獣人達にくらべ幸せな子供時代をおくることができた。
それもこれも、すべてロイドのおかげであったのだろうと、後になり知ることができ、それもあったのか、テラーに対して恋心を持つ時代もあった。
だが、そのテラーの考え方が、歳をとるにつれ甘い考えだと知ると、徐々に距離を置き、影から守ることを始めた。
ロイドが死んだ後は、恩返しとも考えテラーを守ることにさらに力を注いだが、現実の悲痛さを知りはじめた。どれだけ、ロイドによって自分たちが守られていたのかと、知ることもできた。
幸いなことに、この時のイルマは、現在の妻によって精神的な助けを得られ、添い遂げることができた。それは自分にとって何よりの成果だったと自覚もしている。
そんな思い出に意識をむけていると、フェルマンが自分をジーとみているのを知り、ハっとした顔をする。
「わりぃ。何かいったか?」
「いや、何もいっていない。お前でもそうした顔をするのだなと、思っていただけだ」
「あ?」
といい、毛並みの良い自分の顔を爪に気を付け撫でてみる。
(どんな顔していたんだ?)
自分がしていた表情というものが分からない様子に、フェルマンが「クク」っと少しだけ笑い声をあげてしまう。
笑われていることを知ると「ケッ!」と言い捨てて、それよりも作戦の段取りだと、本来の話へと戻っていった。
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竜人というのは、鎧替わりともいえる強固な鱗と、空から攻撃できるという利点。さらに強靭な爪とそれを振るう剛腕。そして口から吐き出す、各種の息攻撃によって最強種ともいわれる存在であった。
だが、ここのところその最強種という称号は返上間際となっている。
その際たる理由は、ダークエルフ達が扱う精霊術だ。
「かつての時代では扱われていたらしいが、この時代になって甦るとはな」
カリスが、護衛である若い竜人が聞いていることを知りながら口にした。
集会場において作戦の最終確認を行う予定であったが早く着すぎたようで、フェルマンとイルマがまだ到着していない。
「カリス様。此度の戦い、我々も……」
「そうです。我々はもう戦えます!」
以前アグロを守るために外へとでて、魔道砲を打ちのめさんとした若い竜人たち。
最初に狙った魔道砲は破壊できたが、別に設置されてあった魔道砲の標的にされてしまった。
そこを顕現したカリスによって助けられたが、そのカリスもまた大きなダメージをおった。
大きな怪我を負った事と、カリスの瀕死状態のこともあり、彼等はアルツ攻めに参加できなかった。それが悔しいのだろう。
「では、誰がアグロを守る? ワシ一人にまかせて、お前たちはアルフヘイムの戦いに参加するきか?」
「「……」」
「今回の戦いは、不明な点がある。いつどうなるのかわからん。最悪、砦に設置予定である魔法陣から敵がやってくる可能性だとて皆無ではない」
「しかし……」
「ダークエルフ達は参戦するのですぞ? なぜ我らだけが…」
カリスの説得も若い竜人2人には通じなかったようで、それでもと食い下がってきた。
「……わからんでもないがな」
長いあいだ、最強種という立場にあったためか、プライドがあるのだろう。
自分達が残される理由は、その点を信頼されている為だということが理解できていない。
最も、その理屈でいえば、現在最高戦力とされているダークエルフ達がなぜ残らないのか? という話になるが、そもそもアルフヘイムの奪還が最大目的なのだ。
ダークエルフ達もまた、精霊達を友としているため、獣人達と同様、仲間の救出的な想いがある。
簡単にいえば、戦う理由がダークエルフ達にはあるが、若い竜人達の本来の役目は別にあったにすぎない。
と、理屈でいえば簡単なのだが、それで感情を納得させることは難しいようだ。
若い竜人2人へと視線はむけず、育てる難しさというものを考えながら、長いため息をはくと、イルマとフェルマンがやってきた。
「きたか」
「お待たせして申し訳ありません」
「すまねぇ爺さん」
「構わん。それと今回、アスドールとデュランは、やはり出席できないようだ」
着席しようとしている2人にカリスがいうと、フェルマンが軽くうなずいた。
「エルフ達の気持ちを抑えるのに大変だと聞いております」
「俺達以上に、エルフの連中は精霊樹に対する想いがあるからな。しゃあねぇよ」
「うむ。致し方あるまい。それに大方の話は決まっておるし、あとはワシ等だけで最終確認すればよかろう。では、始めるぞ」
カリスの後ろに立つ護衛の2人が機嫌の悪そうな表情をみせる中、3人による最終確認が始まった。




