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第141話 急報

 ズルズル~


「ひ、ヒサオさん、どうでしょうか?」


 ユリナさんの声に、俺は黙って首を縦にふった。


「!」


「ユリナやったな!」


「あんた!」


 厨房にいる2人のゴブリンがヒシっと抱きしめ合った。こんなシーンを何度見せられればいいのだろうか。

 そんな2人の様子を見て見ぬふりをして、中華丼に残った味噌スープをズズっと喉に流し込む。

 フー……

 満足気な息をだしながら丼をドンとカウンター席におく。


「ミソラーメン。ついに覚えましたね」


「はい!」


「これもヒサオさんのおかげッス!」


 夫婦そろって感謝されるが、俺は味見しかしていない。

 なにしろこの料理は母さんがレシピを残していったものだし、材料の手配にかんしても、アグロのポンズさんから教えてもらっている。本当に俺は味見のみだ。


「これに関しては、本当に俺は契約外でお願いしますね」


 始める前から何度もいっているが、その度に苦い顔をされる。


 少し前に、丼ものを教えて、その時点でしばらく様子をみようとおもっていたのに、後を追うかのように味噌ラーメンを覚えてしまった。

 これは、店にきた客たちが、ラーメンという単語を口にだすことが頻繁になったせいらしい。そんなことを聞かされたら、この2人が黙っているわけがないのだ。


「ヒサオさん。このラーメンというのにも多数種類があるようなのですが、わかりますか?」


 言いながら『異世界料理百科』を俺にみせてくる。


「残念ながら、俺はとんこつラーメンというのは食べたことがないし、醤油ラーメンというのは調味料が、まだできていないんですよね」


「そうでしたか」


 期待させてしまったようだけど、俺はラーメンを頼むときは、ほとんどミソラーメン1択だったからな~ とんこつラーメンとか近くの店でみたことないし期待されても困る。

 それに、ちょっと思うことがある。


「ユリナさん、俺がいた世界の料理にこだわる必要がありますか?」


「え? 突然どうしたんスか?」


「ヒサオさん?」


 2人ともが戸惑っている。気持ちは分かるんだが……どうもな。


「最近思うんですが、俺がいた世界の料理が、枷のような感じになってきている気がするんです」


「枷? どういう意味ですか? 味付けがたりなかったのでしょうか?」


「違いますよ。これは十分、俺がいた世界の味噌ラーメンだ。だけど、そこまでなんです」


 言っている意味がわかってくれるだろうか?

 非常に単純なことなのだが、今のユリナさんに足りないもの。

 それは、


「オリジナリティが欲しい」


 何を偉そうに言うと思うが、どうも物足りなさを感じていたのだ。


「……ヒサオさん、それは難しいッスよ。味噌ラーメンだって、ようやく覚えたばっかりッスよ?」


「それは分かっています。だけど、その先へいくだけの技量と熱意を、ユリナさんは持っていると思います」


 偶然とはいえ、米の粘りをだしてくれたり、肉味噌をつくったり、彼女の料理に対する情熱が無ければできなかったことだ。

 その情熱を、ただ模倣するだけに止めてしまっているのは、俺がいた世界の料理のせいではないだろうか?


 この世界の料理と比べれば、確かにうまい。

 人気だって高いし、いまの状態でも十分いけるだろう。


 だけど、いつまでも真似だけで、いいのだろうか?

 まだ、始まって1年もたっていない店だけど、このままではユリナさんの情熱がもったいない。

 なにより、


「俺は、ユリナさんの味つけで食べてみたい。ユリナさんが、自信をもって、自分の料理だといえる一品を食べてみたいんです」


「ヒサオさん……」


 ユリナさんが、なにやら潤んだ目で俺をみてくる。俺の気持ちがわかってくれたかな?


「私……やってみます! きっと、ヒサオさんの期待に応えれるような料理をつくってみせます!」


「ユリナ、お前……ヒサオさんは、やっぱりアニキっス。アッシも忘れていやした。最初にユリナの料理に惚れたのは、アッシだったというのに……悔しっスよ」


 おお! アグニスさんも分かってくれたか。口元を抑え、うつむくユリナさんを、アグニスさんが抱きしめている。

 この2人なら、きっと、俺が知らない新しい料理をつくってくれるに違いない。


 と、そんな、ちょっとした感動を味わっているとき、誰かが走ってくる音がする。こんな早朝から騒がしいな?

 やってきたのは、獣人が1人。

 テラーだった。


「ヒサオ大変です!」


「なに? どうしたんだよ?」


 突然やってきて、挨拶もなしに近づいてくる。


「アルフヘイムが落ちました。大至急アグロに集まってください」


「なっ!?」


 味わったばかりの感動が、ぶち壊された気分だ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺、カリスさん、フェルマンさん、ゼグトさん、イルマ、テラー、エイブン、護衛の竜人2人、ミリア、オッサン、オルトナスさん、アスドール王、デュランさん。

 と、まあ、結構な人数がアグロの集会場にあつまった。


 まず口火をきったのは、カリスさんだった。


「集まってもらってすまぬ。早速で悪いが、まずは何が起きたのか、詳しい話を頼みたい」


「では、俺から」


 立ち上がったのは、無骨な顔をし、エルフらしからぬ黒髪の男、デュラン=バーストさんだった。


「すでに話は聞いていると思うが、一昨日アルフヘイムが落ちた」


 重苦しい声と同時に、場がざわめきだす。本当だったのかという声までした。


「以前襲われたこともあり、ユミルの精鋭部隊を派遣し、警戒態勢をとっていたが守り切れず、たったの2日で精霊樹の側まで攻め込まれ撤退。準備していたのにも関わらずの敗退だ。完全に敵の戦力認識が甘かったというしかない」


 沈痛な表情で簡単な報告をすると、今度は、フェルマンさんが座ったまま、


「精霊使いの数をそろえても、敗退したと?」


 その質問に、デュランさんはコクリと縦にふった。


「話に聞いていた事で、精霊や魔法による攻撃にでることはできた。魔道砲を破壊することも成功した。だが、まったくひるむことがなく騎馬戦車(チャリオット)部隊がなだれ込んできた」


「あらかじめ魔道砲がやられることは託宣にあった?」


 フェルマンさんの呟き洩らす言葉に場が静まり返る。

 そうだとしたら、託宣が封印できていないことになるんだろう。

 だけど、


「これは確実ではないが……」


 デュランさんが深い息を吸った後、


「帝国は、託宣に頼らない戦い方を行っているように見えた」


 自分の見解をはっきりと口にした。


 ……


 皆が口を閉ざした。

 俺は騒ぎ出すのかと思ったが、そうではない。

 表情を見る限り、もしかしたらという考えが、誰の頭にもあったんだと思う。


 前回の戦い。そして今回の戦い。

 北と南で結果に食い違いが生じている。

 その理由の一つとして、託宣頼みの戦いから別種の戦いかたへと変わりつつあるという考えが、頭のどこかにあったのだろう。


「ムリエルは攻められていないのだな?」


「我も気になり確認済みだ。むろん事の次第も伝え警戒はさせている。カリス老が気になるのは分かるが、ムリエルのほうでは異変がないようだ」


 カリスさんの質問に答えたのはアスドール王だった。

 今までのこともあり、同じことを考えたのだろう。


「となれば、デュラン将軍の考えは真実味を増すの……」


「同意見だ。そして、もし本当にそうなのであれば、今までの戦い方ではマズイことになる」


 2人の王の考えに全員が同意の態度を示す。

 託宣が人間達の強みだったけど、逆にいえば、その託宣が聞こえない場所には、人間達はよほどのことがなければ攻めてこない。やってくるのは先兵として使われている獣人達がほとんどだ。


 仮に人間達がやってきたとしても、前回のムリエル戦のように、あっさりと追い返せてしまう。それができないということは、託宣封印が、帝国軍相手では無意味になるということだ。


「現状の戦力では、ウースにいる魔族達も危険だ。敵戦力の情報も含め伝えているのか?」


「むろんだ。託宣についても不確実だか可能性が高いと伝えてある」


 フェルマンさんの尋ねにデュランさんが答えた。

 北のウースにもアグロのような魔族達の街があって、そこが中心となって託宣封印が進んでいる。

 今までは封印されているから大丈夫だという考えがあったが、今後は通用しないわけだから、伝えておくだけでも大分違うのかもしれない。


「おい、アルフヘイムの精霊樹は無事なのか?」


 デュランさんと向むかって正面に座っていたイルマが、腕を組みながら相変わらずの態度と言葉で聞くと、


「まさか獣人が精霊樹のことを心配するとは思わなかったぞ」


 俺も思わなかった。

 この点についてはデュランさんと同意見だ。


「心外だな。俺も含め他の連中だって精霊憑依という形で力を借りている。いわば精霊は仲間だ。精霊樹が仲間にとって大事なものである以上、気にするのは当然だろうが」


「……そうか。そうだったな。お前達も精霊達の力を借りているんだったな」


「ああ。精霊達のためなら、いくらでも協力する。もし、アルフヘイムを奪還するつもりなら力を貸すことを約束するぜ」


 イルマの野獣じみた目が、いつも以上に真剣未を増している。

 会話の意味が分からなければ、狙われているのか? とすら疑いかねない目つきだが、デュランさんは、どこか楽し気だった。


「頼らせてもらうぞ」


「まかせろ」


 2人の男が互いに認め合うような意思をかわすのをみて、場に失笑じみた声がわずかにでた。

 イルマのおかげで、場の空気が、わずかに和らいだ。なんというか、気力がわきあがってくる。

 そうだよな。負けたままでいられるかよ!

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