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第140話 動き出すもの

 アルツ住民たちが、この半年で変わったという知らせは、イガリアを挟む北と南の国々に様々な手段によって流された。

 その話の中には、魔王が託宣と同じような事を行いはじめたのではないのか? というものまである。

 この話の出どころは、ヒサオが行った託宣ゴッコが原因であり、たった数回の託宣ゴッコが誤解を招くことになった。

 問題なのは、行ったのがヒサオではなく魔王に変わってしまっている点だ。


 この噂の信憑性を気にした皇帝ドルナードが、ラーグスのことを思い出したのだが……


「死んだだと!?」


 牢の看守から届いた報告によれば、以前から壁に頭をうちつける行為が続いていたらしい。何度か止めたことがあったが、昨晩は自決の域まで達するかのような出血を出し死亡。連日続く拷問も関係があっただろうが、狂気的な精神状態も影響してのことだろう、というのが医師の判断。


「ここまでやっても、得られた情報はほぼなかったのか」


 鉄格子の壁にべっとりとついた血の跡を見ながらドルナードが、失望感を顔にだしていた。


(魔王が本格的に動きだした可能性が高い。今まで、魔族領土に籠っていた奴が動いたとなれば、何かしらの勝算を手にしたからだろう。少しでも情報が欲しかったのだが……)


 自分が有するカードと、魔王が手にしたカード。

 少しでもわかることができれば、戦いを有利に進める事ができるのだが、情報を握っていると思われる男が死んでしまった。


(結果的に託宣通りになってしまったか……忌々しい)


 眉をつりあげ、眼鏡の真ん中をクイっと指で押し上げる。苦々しいものを口にしたような顔つきだ。

 その場から離れようと鉄格子から離れると、自分とは違う足音がきこえ、同時に騒々しい声でドルナードの名が呼ばれた。


「ブロード。うるさいぞ」


 場所の反響音もあり、やってきたブロードの声がいつも以上にうるさかった。


「皇帝様がこんな場所にいるのが悪い。なんでここにきた?」


「例の噂に関することで何か情報が得られるかと思ってな」


「魔王が託宣じみたことを始めたってやつか? あの噂は本当なのか?」


「噂の真偽についていえば調べはついている。託宣と似た何かが聞こえてきたという話は本当のようだ。ただ、いつもと違っていたようだがな」


 やってきたブロードと並びながら歩く。今日は両手剣を肩にはかついでいないようだ。

 尖った金髪をし、頬に十字の傷があるごつそうな顔。青い瞳は野生動物を彷彿させるものがある。鍛え抜かれた体を、使い古したシャツとズボンが隠していた。


「違うってどういうことだよ?」


「いきなり名を呼ばれたらしい」


「名?」


 普通であれば、そういったことはない。単純に内容だけが伝えられてくる。ヒサオがいったように『告げる』なんていう言葉も、もちろん使わない。


「託宣のように、直接頭に話かけてくることなんて、できるのか?」


「さぁな。だが、純魔族の輩は何をしでかすか分からん。あいつらは亜人達と違って、表に出てくることがほとんどない」


 だからこそ怖い。

 何ができるのか? どういう状況であればでてくるのか? 

 そういった情報のほとんどが分からないままでいる。

 純魔族を相手にするということは、深い霧の中を歩くようなもの。

 一歩間違えれば、そこは崖だったという現実すらあえりる。


 地下牢をでて、執務室へとつながる廊下を歩く。

 すれ違う城の兵達が2人に対し頭を垂れるも、意に介さず話を続けていた。


「魔族領土に放った間者(かんじゃ)達からの報告はないのか? 獣人達なら中にはいることもできるんだろ?」


「駄目だな。イガリアの獣人達と同盟を組んだことで警戒は薄まっているようだが、城の中にはいった獣人達が戻ってこない。やられたか、取り込まれたか……」


 ドルナードはその先を言うのをやめた。

 もし、取り込まれたのであれば、こちら側の情報が筒抜けになってしまう。それを口にするのが、嫌なのだろう。


 執務室につくと自分の仕事机につき、ブロードがその前にたった。


「計画はどうする? 例の物は使えるようだぞ」


「知っている。動かし魔族達を一気に殲滅したいところではあるが……もう一枚切り札がほしい」


「アレだけじゃ不安だという事か?」


「ああ。それに敵は魔族だけではない。イガリアの発展ぶりも恐ろしい。まるで先が読めなくなっている」


 椅子の背に深くすわりこみ、ギシリと音をならした。

 アルツが負け、魔族との休戦条約を結んだ。

 一方的な搾取が行われ、アルツは終わるだろうというのがドルナードの予想だったが、まるで逆となる。

 魔族達の間で大きな変化があったと考えられるが、その変化がまるで分からない。知らない、分からない。これがドルナードの決断を鈍らせていた。


「ラーグスが持ち運んできたものはどうなったんだ? 託宣が処分しろというのだから、よほどの物なんだろ?」


「だと思い解析させてみたが、まったく用途がつかめないらしい」


「チッ! 学者どもは、何をやってやがる。こういう時の為に金はらってんだろ」


 ブロードがふてくされたように腕をくみ、目をとがらせた。

 そんな様子をみて、昔の事を思い出し、ドルナードの口から「ククク」と声が漏れる。


「……おまえのその笑い方、薄ら寒いんだよ」


「癖だ。気にするな。それより、後手にまわっているこの状況をどうするか考えろ、将軍様」


「はぁ? 考えるのは昔からおめぇの役目だろ皇帝様」


「たまには、お前が考えてもいいのだぞ?」


「俺ならまず手を出す。いけそうなら、あとはガツンだ」


 握り拳をつくり力説するブロード。

 ドルナードは額に手をあて顔を左右にふった。


「予想通り過ぎて……」


 軽い頭痛すら感じる言葉だったが、


「予想? ――ふむ」


 自分の言葉に思うところがあったのか、顔つきがかわった。


 予想通りの展開なら、何もイガリアをこれほど恐れなかった。

 魔族のことも、情報がないから恐れている。

 なら……


「どうした?」


「思いついたことがある」


「勝算は?」


「むろんある。分が悪い賭けになるかもしれないが、上手くいけば今の盤面がひっくりかえるだろう」


 笑いを堪えきれないのか口元が歪む。それほど自分が思いついたことに確信があるのだろう。


「託宣のいう事に従う形になるのが忌々しいが、まずはこの国に巣くう亜人共をつぶすぞ」

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