第139話 ブランギッシュの現状
「ただいま」
テラーがミリアの声を聞いたのは、晩御飯の片付けをしていたときだった。
「おかえりなさい。晩御飯は片付けましたよ」
「食べてきたからいいいわ」
「そうでしたか。またヒサオのおごりですか?」
「ええ。やっぱりユリナさんの作る料理はおいしいわね」
ご機嫌なミリアの声が居間のほうから聞こえ、トントンと階段を昇っていく音がする。
(機嫌がいいのは、美味しいものを食べたからでしょうか?)
そうとは思えないテラーは、自然にため息をついてしまう。
夕焼け色のシャツを腕まくりし、空色で染めたボトムズをはいている。
そんなラフな私服姿で食器の洗いものをしていると、上にのぼったはずのミリアが下りてくる音がきこえた。
テラーがいる場所に、ひょいっと顔をだしてきて、
「手伝うわよ」
機嫌のいい笑みを見せながらいった。
こちらは、若草色に染まったシャツに、桃色のミニスカといった感じだ。布地そのものは薄く軽そうである。
「研究でおつかれでしょ? やすんでいても構いませんよ」
隣に並び、食器を洗いだすミリアにいうと、
「そういうテラーだって、イルマの世話で大変なんじゃない?」
「イルマの世話というより、エイブンとイルマの世話ですけどね」
自分がいくとエイブンがくる。そしてイルマとエイブンが会うと、きまって喧嘩を始める。それを止めるのは毎度テラーの役目になっている。いいかげん慣れたとはいえ、疲れないわけでもない。
「そろそろ城のほうできあがるの?」
「まだまだ、かかるようです。獣人が初めてがもてる城ですから、色々決めかねていまして」
「それもそうか――できあがったら、イルマが正式な王か……」
あまり想像できないとはいわない。テラーはイルマ王推進派の一派なのだから。
「はい。このブランギッシュを王都として近くに別の村をつくる予定だとか」
「人ふえてきたもんね」
「最近では、南のオズルからも流れてきているようです」
テラーが何気にいった言葉に、ミリアの手が止まる。
「え? どういうこと?」
「なにがです?」
「オズルから人が流れてきているって、それいいの?」
「イルマと魔王の許可はとれていますよ。フェルマンもしぶしぶですが、承認はしました」
「へぇー」
どうしてそうなったのだろうと思いつつ、皿洗いの続きを始めた。
(じゃあ、もしかして異世界亭でみかけた人間って)
その流れてきた人なのだろうか?
「どうして流れて来ているのか分かる?」
「はい。どうやら、オズル住民。いえ、オズル国内で、託宣に対する不信感が高まっているようです」
「え? 急にどうして?」
「きっかけは、半年以上前のエルフ攻めのようです」
「それ、今日ヒサオに聞いたわ。北と南で同時におきたんでしょ。そんなに前だったんだ」
異世界亭で聞いたばかりの話だというと、テラーが頷いて返す。
「ミリアなら、師であるオルトナスから聞いているかと思ったのですが、ヒサオからでしたか」
「師匠は、そういう事は教えてくれないのよ」
「色々知っている方のようですからね。大事なことをペラペラ喋るようでは、マズイのでしょう」
うんうんと頷きながら、手近につるしてあった乾いた布巾をとり、食器についた水分を拭きとり始めた。
「それで、エルフ攻めがきっかけでどうなったの?」
話がそれたと元に戻す。
異世界といえ同じ種族が攻撃されたのだ。結果はわかっているが、少しは気になるというもの。
「はい。北と南で同時に行われたエルフ達への攻撃でしたが、ウースは途中で自ら撤退。オズルのほうでも全滅寸前での逃亡。両方とも、エルフ攻めの託宣が出ていたのにも限らず、両国とも落ちなかった」
「うん。それで?」
既に知っていることだと、先を促すと、
「『両国とも託宣があったにも限らず、エルフの国は落ちなかった』これが人間達にとって良いことだと思いますか?」
「それはわからないわ。この世界の人間達の価値観って、私には理解できないこと多いし」
「……私もガーク村での一件に関しては、納得していませんからね? ああいったことが行われているのは知っていましたが、飲み込めるような話ではありません」
誤解しないでほしいと、昔の話をもちだした。
「盗賊たちによる村人の人口調整ね」
「ええ。知るのと納得できるのとでは違いますから……あ、また話がそれましたね」
1年ぐらい前のことを思い出し、2人とも手をとめてしまっていた。
話を再度もどそうと、テラーが続きを口にする。
「人間同士の戦争の場合でいえば、どちらが勝っても、人間の繁栄につながってきました。ですが、今回のように他種族への攻撃的な託宣があった場合、必ず勝利してきたのです」
拭き終わった食器を積み重ねながら話を続ける。
「ですが、今回の場合は負けた。託宣封印があったとしても、攻めろという託宣が出た以上、何かしらの要因で勝てるはず。そう信じての行動だったようですね」
「は? 馬鹿じゃない?」
「ええ、まあ。私達からすれば、そうなのでしょうが、彼等にとってみればそれが通る理屈なのですよ」
今更ながら再確認する託宣信者達の考え。
「まさか、それで不信感が増した?」
「だけではないようです。託宣が聞こえなくなったイガリアが急成長をしている。このことはすでにウースとオズルにも伝わっていますから、それがさらに不信を煽ったのでしょう」
「ああ――凄い分かる。ジェイド王なんて、会うたびに元気そうな声だして一般兵たちと訓練しているし」
洗うものがなくなり、ミリアが手を休めると、最後の一皿を磨いていたテラーが、
「そういったしだいで、いまだ託宣にすがるオズルから人が出てくるそうです」
「あれ? それじゃあ、ブランギッシュ大変じゃない。ここってオズルに近いんだし」
「ええ。ですから、色々な方々がこの街に集まってきているんですよ。正直困っています」
ミリアが、事情を知れば納得だと頷き理解をしめす。
最後の一枚をふき終わったテラーは、一息入れたあと、話をつづけた。
「できる限り早急に城を完成させ、イルマを王として立てなければなりません。今のままでは街でおわってしまう」
「そうね。オズルとイガリアの文化が交わる街なんて、そっち方面が好きな人達にとってみれば、絶好の稼ぎ場だし。あやふやなままだと、あっというまに裏社会を牛耳られそうだわ」
「……ミリア。そっちの方面に詳しいとか言いませんよね?」
「私が? あるわけないじゃない。どうして?」
「いえ、もしかして、他の世界でも同様の事があったのでは? と思いまして」
「そういうこと。あるにはあったけど、私の知らないところで片付いたみたいよ。裏の顔役みたいな人がいたんじゃない?」
「顔役――この街でいえば、ヒサオなのでしょうか?」
「ヒサオが?」
ふと、悪だくみして、イヒヒヒとか笑っているヒサオを想像してみる。
「「……」」
どうやらテラーも考えたようだ。
似合うような、似合わないような……始めたはいいが、すぐに表にでてきそうだ。
「むりね」
「ですね」
意見がそろったようで、クスクスと2人が笑い出した。
イルマ:ところで、お前の家にあった書類の山がなくなっているが、アレどうしたんだ?
ヒサオ:何言ってるんだ。俺もう、外交大使じゃないぞ?
イルマ:それは知っているが、誰が仕事を引き継いだんだよ?
ヒサオ:そのことか…
フェルマン:……なぜ、俺のところにばかり、こうも仕事が……
ダークエルフA:長! また苦情が!
フェルマン:ええい! イルマを早く王にしてしまえ! この書類の山をすべて突きつけてやる!




