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第135話 理屈と感情

 ブランギッシュに戻る前にやることがあった。


 交渉をしたのは魔王さんだけど、一応おわったよという報告はしないといけないだろう。

 セグルに転移するまえに、2人を待たせて通話をしてみると、


「おはようございます。終わったので報告です」


『了解。でも、もう少しそっちにいてね』


「え? なぜです?」


『長いこと中立だったエルフ達と一日で同盟むすんだら、どういう噂が流れるか予想できない? きっと凄いことになると思うけど、それでもいいなら帰ってきていいよ』


「しばらくこっちにいます!」


『素直で結構』


 これ以上もちあげられたくないです。

 危なかった。魔王さんナイスです。

 うーん、だとしたら暇になるな。

 どうしよ?


「魔王さん。こっちで俺達は何したらいいんでしょ?」


『休暇と思って、一週間ぐらい好きにしたら?』


「うーん……」


『こっちはこっちで、休戦協定にあった村を作る為に忙しいんだよ。その村で、合同研究を開始する予定でいるから、君達も、ブランギッシュから離れてもらうかもしれない』


「え? そうだったんですか!」


『そりゃそうさ。君達がやってきたガーク村の海岸。合同研究には欠かせない場所だとおもうし、できるかぎり近い場所のほうがいいだろ。だとするなら、今回できる村が最適だと思う』


 そういや、アルツの勇者召喚も研究材料になるんだったな……まあ、そっちは研究場所にもちこんでもいいだろうけど、海岸そのものを持ち込むわけにはいかないか。


 でも、ブランギッシュを離れるのは、ちょっと嫌だな。


『そういえば、オルトナスはどうだった?』


「え? どうだったといわれても。精霊樹の前で何かしていたとしか…」


『そういえば、君、精霊樹を見たのか』


「はい。まあ……」


『その反応だと、メグミがしたことの意味がよくわかっていないようだね』


「えーと……母さんが、精霊樹の力をつかって帰還しようとした。とは聞きました」


『あれ? それしか聞いていないの?』


「え? あ、そうだ。途中で、俺がぼんやりしちゃって……」


 話が中断されたことを話すと、


『なるほど。アスドールなりに気を使ったのか。でも今のタイミングのほうが心の整理をするのによさそうだね。どうする? 続きをきくかい?』


「はい」


『そう。じゃあ、まず、精霊樹の力を使ったという話からだけど、これは、精霊樹が保有していた魔力を、メグミがほとんど奪ってしまった事を言っている」


「……母さん、そこまでしたんだ」


『うん。でも、失敗した。じゃあ、奪った魔力はどうなったと思う?」


「……えっと? 使われたのなら消えたんじゃ?」


『ハズレ。術そのものが発動せず、奪った魔力はそのままメグミの中に残った』


「ハァ!? なんですそれ!」


『供給魔力が激減したことで精霊達は狂い、ユミルの中で暴走した』


「!?」


 精霊達が狂った? なんだそれ聞いてないぞ! あ、その話をするまえに、王様が話を中断したのか!


「魔王様。精霊達にも影響がでるんですか?」


『なんだ、それも知らなかったのか。亜人よりも精霊達のほうが影響がでやすいのさ。どうやら、詳しく話さないとだめそうだね。ちょっと長くなるよ』


「すいませんが、お願いします」


 こうして、俺は起きた出来事のすべてと、その結末を知ることになった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺達はセグルには戻らず、2日の間オルトナスさんの家に厄介になっていた。

 家の主であるオルトナスさんは戻ってきていない。

 話をきけば、元々あまり家に居付く人ではなかったらしい。

 今は弟子のエルマが一緒にいるため、この家に戻る理由も薄いのだろう。

 鍵もかけずに不用心だとはおもうが、そもそも家の中に転移魔法陣を設置するような人だしな~


 で、俺はと言えば……


「フン! フン!」


 オッサンにつくってもらったミスリルソードを使い、庭先で素振りをしていた。


「ヒサオがそういうことするのって初めてみるわ」


「早朝訓練の一つだよ。自己流だけどね」


「ふーん……」


「なに?」


 何かを言いたそうなミリアが気になって素振りに集中できない。

 一度やめて、顔を向けて聞くと、


「自分の手」


「ん?」


 言われて見ると――あれ?


「痛くないの?」


「ジンジンしてきた」


 掌にできていた豆が知らないうちに破け、血がでていた。


「みせて」


 近くにきたので、両手を広げてみせると魔法で治療してくれた。


「ありがと」


「どういたしまして」


「……」


「……」


 話が続かない。また素振りをしようと剣を振り上げる。


「何があったの?」


「……何もないよ」


 いいきり、フンと息をはいて剣を振り下ろした。


「……」


「……なんだよ」


 無言の圧力のなか、また剣を振り上げる。

 目をとじ呼吸を整え、


「フン!」


 剣を振り下ろした。

 声はかけられない。だけど視線だけは感じる。

 横目で見てみると、やっぱりミリアが見ている。


「……聞いても面白くない話だぞ?」


「いいわよ、それで」


 諦めて剣を空間へとしまい、同時にタオルを取り出した。

 汗をふいていると、ミリアが機嫌のよさそうな顔をしながら、腰の後ろで手をくんだ。

 本当に、面白くない話なんだが……なぜ嬉しそうなんだよ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 魔王さんの話の続きはこうだった。


『最初に影響がでたのは精霊達だった。精霊樹が弱り、その日のうちに暴走をはじめ、手近にある魔力を奪い始めた。犠牲になったのは、多くのエルフ達だったよ。どのくらい死んでしまったのか、いまだにわかっていない』


 思っていた以上にひどい惨状だったようだ。

 魔力が枯渇するまえに、多くのエルフが死んでしまったらしい。

 

『魔力を奪ったメグミは、帰還の失敗に自我をうしない欠けていた……これが僕の所にきた最初の情報さ』


「……」


『聞いてる?』


「はい。ちょっとショックが……」


 イメージしてみたら、この国全体に影響を及ぼした感じだった。

 あの精霊樹ってそこまで大事な物だったんだな。


『メグミの中にあった魔力は無尽蔵にちかかった。精霊達の中には、メグミから魔力を吸収したものもいたけど、暴走している精霊達全てがメグミに群がったわけじゃない。対処の方法はただ一つ。弱った精霊樹を復活させること』


「できたんですか?」


『できなかったら、今のユミルはないよ』


 即座いいかえされた。ちょっと不機嫌そうな声だ。


『精霊樹の魔力はメグミのなか。精霊樹が弱ったのは魔力を奪われたから。だったら精霊樹を元に戻すにはどうしたらいいと思う?』


「……魔力を返す?」


『そうだね。でも、どうやって?』


「え? いや、だって母さんが魔力を奪ったのなら、逆をやれば」


『メグミは奪う方法は考えだしたけど、逆の方法はなかったんだよ。帰還の成功のみ考えていて、その後の事は考え無し』


「……ひでぇ」


『それだけ帰りたかったのさ。僕達だけでも、気持ちぐらいはわかってやろう』


「はい…」


 俺達だって、その為に色々考えて動いているしな。

 帰りたいという望みは一緒だし、そこは理解できるんだけど、いくらなんでも焦りすぎ……いや、確か……


「もしかして、母さんに魔族化の兆候みたいのはあったんですか?」


『気付いた? 肌に影響が出始めていたらしいよ』


 やっぱり! 魔族化現象の初期にあるという精神的な不調。それが焦りの、原因だったんじゃないのか?


「……母さんが、魔族に」


『たぶん、もう手遅れだったんだろうね。それでも子供である君を一目見たかったんだろう。そういうのって理屈じゃないのさ』


「……」


 何もいえなくなった。


 見たことも、声を聞いた記憶もない母という存在が、俺の心を激しく揺さぶった。

 手記を初めて見たときと同じだ。湧き上がる何かが、俺の鼓動を早めた。

 胸に手をおき息を整える。

 そんな呼吸音が聞こえていたのか、落ち着いたあとに、話の続きをしてくれた。


『暴走した精霊たちを押さえつけながら、精霊樹にメグミの魔力を返す研究が行われた』


 すごい。そんなことができたのか。


『もちろん容易なことじゃなかった。純魔族と他国のエルフ達の協力もあって、なんとかギリギリ目途がついた。でも、その目途というのは、メグミの魔力を全て精霊樹に戻すことだった』


「全て? 少しぐらい残してもよかったんじゃ?」


『なぜ、メグミが精霊樹を極端に弱らせるほどの魔力を奪ったと思う? 制御できなかったんだよ。そしてエルフ達が考えた魔力を戻すやり方も、結局は君が考えたように逆のやり方だったのさ』


 ふうと息を吐く音が聞こえる。一呼吸おいているのがわかったので、続きをまった。


『被害が続く中、精霊樹を助ける道がわかった。罪人であるメグミに遠慮する理由は一つもなかった。この決定に、反論する必要性も理由も……そして時間もなかった。刑は速やかに行われたよ』


 刑。処刑。魔力を戻すのが処刑……あれ? おかしい。


「魔王様。母さんは人間だったはず。魔力が奪われても処刑という事には……」


『君自身が気が付いたはずだ。彼女は魔族になりかけていた。そうなると、亜人と一緒なんだよ。魔力が全てきえると死んでしまう』


「……そうでした」


 そういうことか。じゃあ、魔王さんたちも魔力がなくなると死んでしまうってことに……


『これで話はおしまい。理解も納得もしなくていいけど、息子である君は、知っておくべきだと思う』


「……はい」


 あまり記憶がないが、たぶん返事はしたと思う。


『今話した事を、休暇中に整理すること。いいね?』


 そんな自信はないが、


「分かりました」

 

 ほとんど条件反射的に返事をし、俺達の話は終わった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 気付けば近くにあった木に背を預けていた。、

 首に巻いていたタオルの端を握り、苦笑をうかべている。


「つまらないだろ?」


「そう?」


 最初にあった笑みがミリアから消え、何かを訴えかけているような目をむけてくる。


「聞いてて呆れただろ?」


「そうでもないわ」


 シャリ。

 ミリアの足音が近づいてくる。


「とんでもない罪をしたから殺された。それだけの話だぞ?」


「そう思うの?」


 シャリ。

 またミリアが近づいてくる。

 彼女の目は相変わらずだ。俺の心を感じ取っているように見える。


「そりゃあ、魔族化が始まっていて、焦るのはわかるけどよ……」


「本当はわかるんでしょ?」


 シャリ、シャリ。

 近づく足音が止まらない。

 自分自身を俺の心に近づけるかのように、彼女の歩みは止まらなかった。


「何がだよ? 俺は母さんの顔も覚えてないんだぜ?」


「でも、気持ちはわかるんでしょ?」


 ピタリ。

 気付けば俺の眼前に立っている。

 視線を少しさげれば、ミリアの青い真っすぐな目がそこにある。


 俺はその視線と目を合わせられなかった。

 自分の心を見抜かれそうで……見抜かれる?

 いや……もうすでに……


「俺は……俺は……」


 膝から力が抜ける。

 体の芯が崩れる。

 寒気を感じる体を自分の両手で覆う。

 崩れおち、寒さにふるえた俺の顔に、熱いものが流れていた…


「我慢しないでいいよ。笑わないから」


 地面に両膝をついた俺を、ミリアの両手が包んだ。


 額に温かいものが落ちてくる。


 何かと見上げる。


 そこには、青い目を濡らす女の顔があった……


「誰か一人ぐらい泣いてあげてもいいと思う」





 ……ミリア……ありがとう。

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