第129話 会食
「ヒサオ、まってたよ」
俺と料理を運んできたアグニスさんがはいってくるなり、魔王さんから期待に満ちた目と声が向けられる。その気持ちは痛いほどわかるので、頬笑みかえした。
俺も普段とは違い、白いコック姿。とはいえ料理をするわけではない。するのは勿論ユリナさんだ。
「君は……」
「お久しぶりです」
ジェイドの姿をみて、一礼。仮にも王らしいので、これぐらいはしないとな。
「本日出される料理は、俺がいた世界のものとなっています。質問などありましたら、聞いてください」
魔王さんはいいが、ジェイドのほうは初めて味わうものだろう。食べた方等で分からないことがあるだろうし、こうした配慮が必要と思った。
「さっそく始めたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「もちろん」
「あ、ああ」
魔王さんとジェイドの反応が違いすぎて、心の中でのみ苦笑した。
2人の了解を聞き、俺とアグニスさんで、2人の前に料理を並べた。
まずは――――黒曜米のご飯と野菜天ぷら。そして味噌汁に………
「白菜の漬物! これもあったのかい?」
「はい。アグロで作られていたようで、見つける事が出来ました。塩で浅漬けしています」
小鉢にいれた白菜の塩漬け。
本当はキュウリに似たのを探していたんだけど見つからず、逆に白菜が見つかった。まさか、アグロにあったとは思わなかった。検索鑑定が便利すぎてやばい。
今回使用する食器はすべて陶器製品。
まだブランギッシュでは高いが、ここエーラムでは少しばかり値が安い。どうやら魔族領土内で作られているらしいんだけど、俺の知らない街から流れてきているようだ。
茶碗に軽く黒曜米をよそう。おそらく物足りない量だけど、これで腹一杯になられては困るのだよ。
魔王さんには箸をわたすと、懐かしそうに握り動かすと、いつもと違った子供じみた笑顔をみせてくれた。
「これは――どれも知らぬものばかりだが……なんだこの良い匂いは? 見た目はドロドロしいが……」
「毒ではありませんのでご安心を。所でジェイド王。魔王様と同じく箸をつかってみませんか?」
「はし? とは、それのことか?」
場合によっては試してもらってもいいかな? と考え、用意しておいた黒塗りの箸をみせる。すぐには使い慣れないだろうから、拒否られることも考えたんだが、
「この食事は本来、それで?」
「はい。俺がいたところでは、この箸をつかい食べています」
「……少し試してみたい。どうやるのだろうか?」
「では、まずこのように、指でもってみてください」
箸の使い方を実際に持って見せるが、なかなかつかめない。そりゃそうだ。すぐにできる人なんてそうそういない。
「難しいものだな……あっ!」
ポロリと箸をテーブルに落としたので、別の箸と交換。
こうなることは予想ずみ。アグニスさんに教えたときも同じことしていたから。
「すまない」
「いえいえ。初めてなのだから、こういうこともあります。適度な力加減を覚えるまで、少し時間がかかるでしょうが、どうしますか? フォークやスプーンなども用意してありますが?」
「いや、これで試してみたい。無作法になるかもしれないが……」
わりとチャレンジャーだな。まあ、魔王さんも気にするどころか、面白いものを見るかのような視線をむけているし良いだろう。
「どれもこれも分からないものばかりだが、どういう食べ方をしたらいいのだ?」
「そうですね……全て箸でつかみながら食べることができますが、特に食べる順番などは決まっていません」
「では、これら全て箸だけで事足りるのか?」
カチカチとつかんだ箸を動かし音を鳴らした。その時点で無作法なのだが、堅苦しいことはいいっこなしだ。
「慣れると便利だよ。僕も使うのは久しぶりだけど、忘れないものだね」
「そんなものでしょう。さぁ、料理が冷めないうちにどうぞ。お勧めとしては、まず汁ものを口につけ箸の先端を濡らし、黒曜米を一口どうぞ。そのあとは、オカズに手をつけてみてください」
「そうだね。いただきます!」
パンパンと手をうつ魔王さん。それをみたジェイドは困惑した顔をみせるが、彼も同様のことをした。
魔王さんは、まず味噌汁にいって、
「うーん。いいね~ どれ……」
ひと口すすると、幸せそうな笑みを浮かべている。わかるよ、その気持ち。
郷愁をそそる味噌の匂いと味。こればかりは、ジェイドには分からないだろう。
「ハァ……」
浸っていたそうな声をだし、もう一口いく。
俺とは違い、かなり長いあいだこの世界にいるんだ。その分、懐かしさの深みが違うのだろう。故郷を思う気持ちが更なる調味料になっているに違いない。
「……素晴らしい。スープの一種なのだろうが、味の深さが段違いだ」
おっとジェイドも気に入ったか? ズズっともう一口いたぞ。
こっちのスープは、俺達がいる世界とは違って味が薄いのが多い。そんな理由もあるんだろうけど、とにかく気に入ってもらえてよかった。
「……黒曜米か。ヒサオ、白米はなかったんだよね?」
「残念ながら見つかりません。ですが――いえ、食べてみてください。それで分かります」
「期待させるじゃないか。どれ……」
手慣れた手つきで米を箸でとり口に運ぶ。その様子を見てジェイドもまねた。
「……これは……粘りと甘みが……うん。ちょうどいい感じだ」
「これまた変わったもので……ふーむ……」
魔王さんとジェイドの感想はやっぱり違ったか。というか、魔王さんこの度合でわかるのか。舌がすごいな。
今出している黒曜米は10分程、搗いたものだ。
15分ほど搗いたアグニスさんのものでも、旨味が口に残ったので時間を縮めてみた。
「じゃあ、次はと……」
魔王さんが箸を伸ばしたのは天ぷらだった。すでに塩はふってある。
具材は緑化豆と大葉、そして玉ねぎだ。
玉ねぎはアグロでハンバーガーを食べたとき、刻まれ入っていたのを思い出し、すぐさま取り寄せた。3種の野菜の天ぷらというわけである。
「うーん。この食感と味、ほんと懐かしい」
天ぷらを食べ、そして米を食べる。そのあと味噌汁へと再度手を伸ばす。魔王さんの食べ方をみてジェイドも真似ると、
「これは……面白い! それに、なんという美味さ。1品ずつの美味さもあるが、食べ重ねることで高まっている!」
おやおや、ジェイドさんが評論家じみたことを言い出したぞ。感動しているのだろうけど、美味いの一言でいいのさ。
「さて、漬物はと……うん、これこれ。シャキシャキだね」
白菜を噛む音をだし、楽し気な声をだす。
みているジェイドが喉をごくりと鳴らし、箸の先を漬物へと伸ばした。
おいおい、箸の使い方がうまくなってないか? ちょっと慣れるのが早いぞ。
ジェイドが口に運んだ漬物を噛みだすと、細い茶の眼を大きく見開いた。
「歯ごたえが面白い! 天ぷらにもおどろいたが、これはこれで、また違う食感だ!」
どうやら、気に入ったようだ。
そこから先は、2人ともが無我夢中で箸を伸ばしながら、口の中へといれていく。
喜んでいてくれるようだけど、この料理、俺的には不満があるんだよな。
天ぷらも漬物も塩味だ。
ご飯があるからこそ、楽しむことができるけど、やっぱり天ツユが欲しい。まだ醤油もできていないから、難しいのはわかっているんだけどさ。
「美味しい、美味しいけど……」
魔王さんが残り少ないご飯とオカズをみながら、不満げな言葉を漏らした。言いたいことはわかるぞ。
「魔王様、俺はこれで終わりといった覚えはありませんよ。まだもう1つ食べていただきたかったものが有ります。そういったわけで少な目にさせていただきました」
「……憎いことしてくれるね。そういう理由なら仕方がない」
「まだ何かあるというのか……」
箸をとめ、俺と魔王さんの会話に耳をむけるジェイド。食欲不振とはフェルマンさんから聞いていたが、すっかり消えているようだ。残されるのも覚悟していたが、この様子なら大丈夫だな。
2人ともが天ぷら定食セットを食べ終えた。
しっかりと味噌汁も飲み干す様をみて、かなり気に入ったなと満足する。
しかしジェイドまでもが全て食べつくすとはおもわなかったな。見様見真似で箸も使いこなしはじめているし器用なやつだ。
「では一度片付けたあと、こちらで調理させていただきます」
「え?」
「ここで、調理だと?」
魔王さんとジェイドが軽く驚くが、こればっかりは譲れない。
アグニスさんが片付けていく側で、軽く説明するために背筋を伸ばした。
「次にお出しする料理は炭火をつかいます。その調理過程も楽しんでいただきたいのです」
「……炭火だって。だとしたら、焼き魚? いや鶏肉? うーん」
「なんでもいい。早く頼む」
おやおや、魔王さんよりもジェイドのほうが待ちきれない感じか。ここまで行くとは思わなかったけど、これはこれでいいとするか。
「では、用意してきます。少しお待ちを」
2人を残し、俺とアグニスさんが、給仕用の台車をもって部屋をあとにする。
廊下にでるなら手をあわせ鳴らし、互いにしてやったりと笑顔を見せあった。
「最後のアレで止めいきますよ」
「へい! じゃない、はい!」
城にある台所に戻り、ユリナさんをつれ戻る。
給仕台車と、炭火をつめた七輪。
さて、これであの2人はノックダウン間違いないだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
えー 必用なのは、黒曜米と肉味噌。味噌のはいったボールと塩水。あとは適当な飲み物と七輪。
「あ――! それずるい! 卑怯だよ!」
見た瞬間なにができるのか察した魔王さんが声をあげた。
「じゃあ、やめます?」
ユリナさんが素手でオニギリを一つ作ったあとに聞いてみた。
「そこでやめたら殺すよ?」
「あ、はい」
わかっていたが聞いてみた。この反応が何気に楽しい。
「……ゴブリンが素手で」
そこに拘るかジェイドさん。あんたまだまだ甘いな。
オニギリをラップで包んで作るのもいいが、俺としては塩水で手をひたし作ってほしい。塩気と味噌の味が混在することで、たまらない味になると俺は思うのだ。
「ヒサオさん、焼きに入ります」
「はい。お願いします」
ユリナさんが味噌でつつまれたオニギリを金網の上におき、焼きに入る。
アグニスさんといえば、うちわをもって、火力調整役として七輪についている。万が一の場合は、水をぶっかけてでも火をとめなきゃいけないし、誰かがついている必要性がある。
もう誰でもわかるだろ。
焼き味噌オニギリだ。
しかも中身は肉味噌。これはもはや凶器といってもいいのではないだろうか?
火のはいった七輪で味噌おにぎりを焼く。
すぐに漂ってくる香ばしい匂い。
ジュー という音とともに味噌と米がやかれ、少し焼跡がつく。菜箸を使いひっくりかえし、もう片方を焼きにはいる。ああ、涎がでそうだ。
「な、なんだこれは……たまらなく、食欲をそそるぞ」
ジェイドが鼻をクンクンと動かす。本能に抗えなくなっている。
魔王さんはといえば、口を半開きのままジーと焼かれていくオニギリを見ている。
もういいんじゃないか? そこでこっちに渡してくれてもいいんだよ? という心の声すら聞こえてきそうだ。
「焼きあがりました」
「はい!」
サッと陶器皿を前にし、できあがったばかりの焼き味噌オニギリを乗せてもらう。
さてこれを……
「魔王様。どうぞ」
さすがにこっちを優先します。目で射殺されそうな感じだったし。
「カプティーのお代わりも注いでおきますね」
「う、うん」
聞いてないな。もう目が釘漬けだ。ジェイドあんたもかい。
「ハァ……これが、また食べられる日が来るなんて……匂いがたまらないよ」
「さぁ、熱いうちに……いえ、冷ましたほうがいいかもしれませんが、そこは好き好きで」
「こんな匂いをさせて待てるわけがないだろ……」
オニギリを手でもち、 フーフーとやってから、一口。
「あっつ!」
あ、やっぱりまだ熱いか。でも、それでも食べるのをやめない。ほくほくした顔をしながら、2口目、3口目といくと、中にはいった肉味噌が見えてきた。
「フーフー」
一言もない。
ただ食べるのに夢中だ。注いだばかりのカプティーも目に入っていない。
「……私のはまだかい?」
「もうじきできますよ。まってください」
食べている光景をみてジェイドがいってきた。気持ちはわかるが焦るなよ。
魔王さんが食べていると、またジューという音と、香ばしい匂いがしてくる。
同じように、両面を焼きおわったあと、皿において渡す。
みたジェイドがゴクリと喉をならし、両指でオニギリをつかんだ。
「あつ!」
「気を付けてくださいよ」
「あ、ああ。思ったより熱いものだ。どれ……」
魔王さんのやり方をみて、真似るようだ。そっとつかみ持ち上げてから、フーフーと冷ましにかかる。
魔王さんといえば、そろそろ食べ終わりごろだな。ハフハフといいながら残った部分を食べている。
「もう一つ食べますか?」
と尋ねると、首を横にふられた。
あれ? もう1個ぐらい、いけそうな感じがするが、定食セットの量がおおすぎたか?
ジェイドのほうも食べ始め、すっかり無言だ。
王さんが食べ終わり、ふーと息をはき、席に背をついた。
「……ヒサオ」
「はい?」
ジェイドのほうはもう一個いくかもな~ とみていると食べ終わったばかりの魔王さんに呼ばれた。
「……ありがとう」
「―――え?」
何かいま、聞きなれない言葉が…
「なんでもない。それより、何かデザートはないかい?」
「え? あ、はい。それはありますよ。果実セットとなります」
「最後はこの世界のものか。アイスやケーキは?」
「まだ無理ですよ」
「まだ――ね」
「ええ、まだです」
「フフフ」
「フフフ」
2人で妙な世界をつくっていると、ジェイドが1個目のオニギリを食べ終えた。
「ハァ――これはずるいだろう」
その反応をみて、俺とアグニス夫婦は確信した。
この料理も大ヒットすると!
よしよし、これもいけそうだな。また『異世界亭』でだすメニューが増えたぜ! ヤッハー!




