第128話 休戦における条件
城を離れてからのジェイドの食欲はみるみる回復していった。
よほど城にいるのが嫌だったのかもしれない。
あるいは、出される食事が舌に合った可能性もある。
どちらにせよ、ジェイドは無事にアグロにつき、目隠しをされた後、エーラムへと転移する。
できるかぎりは隠しておきたかったのだろうが、一瞬で移動できる手段があるということだけは知られてしまう。
魔法陣の場所から離れた後、ジェイド達の目隠しが外されると、彼等はエーラムの街並みを見て、驚きの表情を見せた。
建築様式の違い。
多くの種族が声をあげ歩く街並み。
奥に見える王城の異様さと巨大さ。
街を取り囲む城壁の大きさ。
排水を考え作られた水路の多さ。
それら全てが、アルツの上をいっていた。
「これが魔都? 俺達と変わらない、いや……」
感嘆の声をあげながらも、かろうじて『それ以上』という言葉を飲み込んだ。
「あたりまえだ。俺たちをなんだと思っている」
「……」
前を歩いていたゼグトが、不満な声をだした。
一兵卒でしかない彼に対し、ジェイドは返す言葉を出せない。
「話もすれば血だって赤い。そんな俺たちをモンスターか何かと思い、原始的な集落をつくって都と称していたとでも考えていたか?」
「いや、そんなことはない」
ゼグトという男は小柄である。今この場にいる他のダークエルフたちとくらべ頭一つ背丈が低い。知らない者がみれば、まるで下級兵士が王に噛みついているように見える。
そんな状況であるにもかかわらず、護衛としてついてきたアルツ兵の誰もが止めようとしなかった。
止めたのは、逆にフェルマンの方。
「ゼグトやめろ」
「長! しかしこいつらのせいで!」
ジェイドを指さし、フェルマンに縋るような目をむけるが、
「失った命はかえってこない」
「……」
一言いっただけで、ゼグトの気迫が薄れていった。
「部下がすまない」
「長!」
自分の言動に対する詫びをいれる行為にゼグトが驚く声をだす。
フェルマンの謝罪を聞いたジェイドは、
「……こうした話は魔王殿としたい」
王とはおもえない覇気のない声をだした。
「分かっている。ゼグトいいな?」
「……長、すいません」
「いい――分かっている」
包むような声をだし、ゼグトの肩に軽く手をおく。
ドワーフが死んだ。
仲間たちが死んだ。
大森林が焼き払われた。
人間たちにとってみれば、彼等魔族は侵略者でしかない。
その理由で襲われたというのであれば、まだわかるが……
(託宣があったからというのではな……)
自分以外の意思で、人間達は戦っている。
それが苛立つ最大の原因だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
城につくと、さっそく休戦交渉の場へと案内された。
ついたその日のうちに行われるとはおもわなかったらしく、意表をつかれた形となったが、ジェイドのほうに断る権利がない。
驚きを内面にかくし、テーブル席へとつく。
十数人がはいっても寝られるような大きさの部屋。
洒落た飾り物や置物などもあり、石床には赤い絨毯が敷かれている。
中央にある木製テーブルには白いテーブルクロスが敷かれ、上に銀の燭台が一つ立っている。
席は2つ。
魔王とジェイドの席だ。
先にきたのはジェイド。待たせるのは勝利したほうの特権だろう。
席にすわると、白いコック姿をしたゴブリンが部屋へとはいってくる。
手にもつ銀の盆には、白磁でつくられたティーセットがのっていた。
「カプティーです。どうぞ」
テーブルの上に、小さな茶碗をおき、中にカプティーを注いだ。
「……ゴブリン?」
「なにか?」
「いや何でもない。いただこう」
持ってきたのはアグニスだった。
普段とは違い、しっかりとした言葉づかいを用い、接客をおこなうようだ。
ジェイドは、まさかゴブリンがコック姿でくるとは思わなかったようで、またも驚いてしまう。
心を鎮めようと出された茶に手を出すと、その温かくも優しい味が体の中へとしみこんでいった。
(ふう――ゴブリンがコック姿ということは……)
自分に一礼し、部屋をでていくアグニスを見てさらに考える。
(食事に対しては期待しないほうがよさそうだな。魔王との話に集中しよう)
その魔王が扉をあけはいってくると、彼は更なる驚きを覚えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(これは何かの余興か?)
入ってきた男。いや、子供をみて茫然とする。
魔王ムラタ=カズヤのいつものやりくちである。
おかっぱ頭の茶髪。丸く可愛らしブラウンの瞳。無邪気な子供が、場を間違えて入ってきたかのよう。青白い肌を隠すかのような、深緑と白で染めた立派な服装。だが、着ているというより着られているというサイズにすら見える。
「やぁ。僕が魔王をやっているサルガタナスだよ。君がジェイド王でいいんだね?」
「………本気か?」
なんだこれはと部屋の中をキョロキョロするが、2人以外だれもいない。
もしかしてこれは、魔王の余興ではないのか? どこかに隠れていて、笑いものにしようとしているのでは? と思っていると、魔王が椅子を自分でひいて「んしょ」と席に座った。
「驚いているところ悪いんだけど、早速話をしようか。いやな話は、さっさと済ませて、美味しい食事を楽しみたい。今日は特に楽しみにしていてね。悪いけど、すぐ終わらせるよ」
「何を言って……」
「まず、君。無条件降伏扱いでいんだよね? ここはっきりしてね。いや覚悟をしてね。というべきかな? 違うというのであれば、僕はすぐこの場を去り、君を城に帰すことになる」
「ま、まて! なんだこれは? 茶番ではないのか?」
一方的に流れていく話についていけず、どういうことだと状況確認をもとめたが、魔王は人差し指をたて、チチチと左右にふった。
「この国で魔王を名乗っておいて、茶番だとか許されない。それほど魔王の称号は重い。君がどう思おうが、目の前にいる僕が魔王だ。それで返事は?」
「うぐ……」
言葉につまる。
茶番だと思ってほしくないのであれば、大人を魔王として立てろとすら思う。
どうみても10歳前後の子供だ。
それを魔王? 託宣が働かないこの状況で、それを信じろというのは難しい注文だ。
「返事をきいているのだけど、それもできない立場なのかい? もしかして魔王を舐めている? わかった。フェルマン!」
名をよぶと、魔王がはいってきた扉がバタンと開いた。
「何事でしょうか?」
本人がはいってきて、その場で魔王へと尋ねる。
「このジェイドというのは、返事もできない木偶人形のようだ。こんなのを連れてきた責任をとって、返却してこい。ついでに今度こそアルツを滅ぼせ」
「申し訳ありませんでした! ただちに!」
「ま、まて!」
即行動をおこそうとしたフェルマンに両手をむけ、そして魔王を一度みる。
どう見ても子供なのだが、自国を落とした指揮者が魔王として扱っている。
茶番だとしても、これはマズイ。
「わかった。無条件降伏だ。最初からそのつもりでいる。だが、自国の民は生かしてほしい。それがかなわぬというのであれば、いっそこの場で殺せ」
考えてきたことを吐露すると、魔王が右手を軽くあげ、フェルマンを制す。
「言ったね? もちろん人間をむやみやたら殺すきはない。そんなことをしたら、君達の先祖と一緒だからね」
「先祖?」
「なんでもない。言いすぎた。さて、話をつめようか。こちらの要求はいくつかあってね、まずは異世界人たちに関する研究のすべてと、つかえそうな研究員を渡してもらおう」
「異世界人の研究? それは良いが理由は?」
尋ねると、魔王の丸い瞳孔が据わった。
「なにを言ってるんだい? 無条件降伏だと言っておいて理由を尋ねるのか? まだ、自分の立場がわからないようだね」
「……理由をきけば、それに応じた研究と研究員を選別するのに役立つ。これではだめか?」
「全部だ」
「え?」
「全部だよ。それに関係した人間。資料。道具。なんでもだ。全部よこせ」
「……わかった」
ここまで貪欲に求めてくるということは、最重要の案件なのだろう。ならば国に帰ったあと、研究員達に聞き、改めて調べておいたほうがいいだろうと考える。
「次は、住人に関してだけど……」
きた!
ジェイドが王として最も注意しなければならない点だ。
なんとしても住民の安全を確保しなければならない。奴隷化だけは避けねば…
「こちらで管理する気もないし、託宣を復活させる気もない。アルツの近くに魔族の集落をつくり託宣封印をさせる」
「……ん?」
「どうした? 聞き取れなかったかい?」
「い、いや。近くに村を作って魔族を住まわせる。これはわかった」
「わかっているならいいよ。手出ししたらどうなるかわかるよね?」
「それは勿論……」
続く言葉を喉から出すことができない。
それだけでいいのか? と言えばどうなるのだろ?
「あとは交易関係だけど、こちらは魔族有利で行う。ただ、人間たちを生殺し状態にするきもないので、ある程度でいい」
「……助かる」
気付けば、子供にしか見えない魔王によって、この場を支配され話が進んでいる。
それもそのはず。
ジェイドが考えていた以上の好条件が出されているのだ。反論する意味がない。
奴隷として扱われるのであれば、できるだけ抵抗しようとしていたが、その気はまったくないらしい。
(拍子抜けだ……いや、まだ隠し玉があるのか?)
緩めた気を引き締める。まだ何か言おうとしているのは様子からわかるし、次で最悪の言葉がでてくる可能性だってあった。
「あとは~ そうだね。ああ、忘れていた。あの大砲――じゃなかった魔道砲だっけ? それと魔導銃。あれはいまどうなっている?」
「魔導砲は城に数台あるが、魔導銃のほうは砦に持ち込もうとしたが全てやられ、今はない」
「無い? 生産は?」
意外だと魔王が尋ねるが、その質問にジェイドが驚く。
「砦がおち、その3日後にはアルツがおちた。もっといえばその前日には、製造命令をだす余裕すらなかった。降伏したあとは、疑われないようにするために、武器製造の類は全て中止させた」
「ふーん…………じゃあ、生産してもいいよ。ただ、こちらで決めた数を限度とする。これならどう?」
「なに!?」
「何を驚くんだ?」
「当たりまえだ! どうして武器の携帯を許すようなまねを!」
「簡単だ」
言葉どおり軽そうな声音で言うが、次の瞬間、魔王の気配がかわった。
無機物を見るかのような視線をジェイドに向け、
「新たな戦争が起きたとき、君達を盾にするからさ」
まるでそうなるのが自然だとでもいうかのように言い切った。
「……な…に?」
「君達との戦いで、ドワーフの多くをうしなった。彼らは僕達にとって大事な仲間で、貴重な戦力だった。その代わりにもならない君達を使うと言っている」
「むやみやたら殺す気はないと言っておいてそれか」
「戦争にならなければ生きていられる。戦争になっても君達次第で生き残れる。むやみやたらではないだろ?」
「……」
つまり、戦争で役立つような軍をつくっておけという事だろう。
「北と南。おこる前兆があるのか?」
「いつだってあるし、ないともいえる。それこそ託宣次第だってことは、君達のほうがわかるだろ?」
「……この半年ほど託宣を聞いていない」
「よかったね親離れできるチャンスだよ」
何をいっても、聞く耳はもたないようだ。そもそも無条件降伏なのだし、選択の自由なんてない。黙って従うのみだ。
やれることといえば、人を鍛えできるだけ強い軍を再編することだけだろう。
幸い魔道砲と魔道銃の生産は許可されたのだ。なんとか使いこなす方向で軍の強化を考えることにした。
「さて、大きくて、めんどうで、嫌な話はここまでだ。戦争賠償金などに関して僕は口をだすつもりはない。こちらの担当者と話をしてくれ。僕は早く食事を………ああ、そうだった。この身長じゃあ多くたべられそうにないな。少し席をはずさせてもらうよ。その間、好きにしているといい」
椅子からパッと飛び跳ね降りる。はいってきた扉からでていくと、ジェイドは大きな息をはいた。
(何なのだこれは? わけがわからん。まだこのあと、とんでもない条件を突き付けられるのではないだろうな?)
不安を抱えつつ、魔王をしばらく待つと扉が開き、
「おまたせ。服も着替えてきたから少し時間がかかったよ。さぁ、お楽しみの食事だ」
「…………」
などと嬉々とした声をはりあげる青年が一人。歳はおそらく25前後の風体。
背中に先端がかる茶の髪。
衣装の柄は同じだが、サイズが大きい。
丸く大きかったブラウンの瞳は、少し据わった感じに細くなっている。
幼さは消え、危険な香りすら漂わす顔立ち。
「あなたは…………魔王?」
「そうさ。魔王サルガタナス。君たちが以前、メグミをつかって倒そうとした魔王だよ」
唖然とているジェイドの前で、魔王は待ちかねたとばかりに口を開いた。
「さぁ、食事の時間だ」




