第124話 皇帝ドルナード
ロナン帝国。
イガリア国の北にあるウースのほとんどは、この名をもって支配されている。
元来は小国がいくつもあった土地なのだが、それらを全て平らげ、現在はロナン帝国という名で統一されていた。
ウースに住まう亜人やエルフたちは、これを託宣によるものだと思い込んでいた。
亜人やエルフ達が思うことは、そのまま魔王の耳へと届いてしまう。
それが何を意味し、何を招くか……
ロナン帝国の首都の名前は『ガイザリア』という。
広大な土地に作られた街。
石と木材を組み合わせ作られた建築物たち。
街の中央にある噴水や、交通の便を図り作られた石道。
街中に建てられた煙突つきの工場では、鍛冶職人たちが毎日のように様々なものを作り続け、街上空に煙のあとが漂っていた。
街の広さと行きかう人々の多さでいえば、エーラムを上回るものがある。
ガイザリアは山脈を背にした街であり、山を背景にした灰色の巨城がある。
ロナン帝国初代皇帝ドルナード=ファン=エンペスが住まう城だ。
数日前、ラーグスが魔技動力と共に運び込まれたのは、この場所となる。
城奥にある執務室にて皇帝ドルナードが足をくみ、机の上においていた。
艶のある短い茶髪は整えられ、黒眼鏡の奥にみえる暗くよどんだ茶色の目。けだるそうな顔立ちをしているが、均整のとれた体躯と日に焼けた肌をしているため彼の本質が掴みづらいように見える。皇帝と名乗って通じるかどうか怪しいといえるだろう。
また着ている服もラフなのもで、外仕事でもするかのような、茶のベストと白シャツ姿。着古したようなズボンとブーツなどをみると、狩人のようにすら見えてしまう。
その皇帝が眼鏡を無遠慮に外し、己が見ていた報告書の束を机へとパサリと置いた。
「これで、全てか?」
聞く相手は、リュッケ=ワルダ
ラーグスを見つけ連れ帰った、黒髪黒瞳の男。小柄な体躯をし、生真面目で面白味のなさそうな顔立ち。
その努力によって小隊を任せられている男であるが、本来直接皇帝と対面できるような立場ではない。ただ、皇帝自らの呼び出しともなれば、従わざるを得ないのだが。
「城の魔法使いによると、強力な精神魔法をかけられた形跡があるらしく、元に戻すのは不可能だと……」
「ちゃんと聞いたか? 俺は”これで全て”かと聞いた。聞き取ることができない耳ならいらないな?」
「失礼しました! 現時点で取得できた情報はそれが全てであります!」
ピシっと直立不動をし、皇帝とは目を合わせ無い様に天井をみて答える。
その態度が気に入らないのか、ドルナードの顔が曇った。
「……神託によるものだとかあるが、なんだこれは?」
「託宣の上位的なものだと叫んでおりますが、何が何やら…」
「上位? 託宣でそんなことを聞いたやつがいるか?」
「いえ、まったくそのような話は聞いた覚えがありません」
天井を見上げていたリュッケの黒目が、徐々に考え込む皇帝へと向けられていく。
ドルナードは淀んだ目を机においた報告書へと向けた。
事の始まりは、こういった託宣からのよるものだった。
『アルツの文官長が帝国に魔道具を持ち込む。男を殺し、魔道具の始末もすべし』
助けるのではなく、殺す。
託宣とはまったく違うことをやったのは、目の前にいるリュッケであるが、その指示は元をたどればドルナードであった。
この託宣を聞いたとき、イガリアで何かがあったと考えた。
それがなんであれ、託宣が下りるということは人間勢力の変化に繋がるからだ。
だが、その勢力が変わるのは、果たして帝国にとって良いのかどうか判断が難しい。
託宣は必ずしも自分達だけの味方ではないのだから。
「神託というのが気になる。もっと魔法使いを動かし、全て吐かせろ。それと魔道具の解析も急げ」
「ハッ!」
「半月やる。結果をもってこい。でなければ、術者を変えろ。ラーグスいう男が死んだら殺した術者も処刑だと伝えておけ。以上だ。いけ」
「ハッ!」
命令がくだされ、リュッケが執務室の扉から出ていく。
すると、両手剣を肩に担いだ大男が廊下にいて、リュッケに一言。
「よ、大変だな」
「ブロード将軍! また、そのような抜き身の武器をもって!」
「かてぇこというなよ。いいじゃねぇか」
「陛下の部屋ですぞ!」
「相変わらず、おめぇは固いな。そんなんじゃ、託宣にふりまわされちまうぞ」
「あなたは、武器に振り回されてるじゃありませんか!」
「あぁ? なめんじゃねぇぞ? てめぇちょっと出世したからっていい気になりやがって、将軍の権力で僻地飛ばすぞこらぁ」
暴言が廊下から聞こえてくる。大声で叫ぶ男に心当たりがあるドルナードが
「ブロード、さっさとこい。部下の教育熱心なのはいいが、世話をやきすぎるな」
さして大声ではないが、不思議と通る声質のようだ。口喧嘩に発展しかけた2人の声がピタリと止まる。
リュッケは室内にいるドルナードに一礼し、その場を足早にさった。
そして入れ違いにブロードという男が入ってくる。
「邪魔するぜ」
ツンツン頭の金髪の大男。頬に十字の傷があり、青い瞳はまるで野良犬のように鋭い。
岩のようにごつい顔立ちと体躯。鍛えられた筋肉がそのまま歩いているかのような大男。
肩にかつぐ大剣はギラリと光り獲物をもとめているかのようだ。
汗なのか染色されているのかわからないクタクタな布シャツ姿。ズボンもまた同様に古臭い。
とても執務室に出入りするような姿ではなかった。
ブロードがはいってくると、ドルナードが手にしていたままの黒眼鏡をかけなおした。
「今日はどうした?」
「……まあ、この間のエルフとの戦いのことでよ」
頬をポリポリと太い人差し指でかきながら、そっぽを向きブロードが言う。
「なんだ不服か?」
「あたりめぇだ。なんで撤退命令をだした。アルフヘイム落とせただろ?」
「……おそらくはな」
椅子に背をあずけ、ギシリと音を鳴らす。
目の前にいる大男の目を睨み返すかのような態勢をつくると、けだるそうに口を開いた。
「だが、こちらの被害も尋常では済まない。報告では、純魔族の姿もあったというのだから」
「そりゃ、知ってるさ。俺のほうにだって報告がきている。だが、純魔族の連中とはいずれぶつかるぜ? それで撤退していたら、この先どうすんだよ」
「もちろん考えている。兵の練度も進み、例のモノも近々試作品が完成する。それに、あのラーグスという男が持ち込んだ魔道具も役立つかもしれん」
「ハン!」
ドルナードが淡々といった言葉に、ブロードは鼻息をたて手を大きくふった。
「ありゃ―駄目だろ。あんな狂人、何にも役立たねぇよ。それこそ百害あって一利なしだ。託宣の通り、始末したほうがいいと思うぜ」
「なんだもう見たのか? あそこまで狂ったやつは珍しいだろ」
一瞬驚いたように表情を変化させたが、すぐに口元を緩ませ薄ら気味悪い笑みを見せた。
「ケッ! あんなの見たくもねぇ。こっちまでドス黒い何かがうつっちまいそうだ。そういうのは、てめぇだけで十分なんだよ」
獣じみた目をむけ暴言を口にするが、ドルナードは意に介さず笑って流した。
「俺がか? 失礼なやつだ。俺ならもっとうまく隠すさ」
「隠せてねぇよ! 体から出まくりだ! ヘドロのような臭いまでしそうだぜ! つーか、そんな話じゃねぇだろ!」
机を左手で叩き、ガタンと音をだす。その衝撃で机の上においてあった報告書が床へと落ちた。
「あ、わりぃ」
といい、床におちた報告書類を左手だけで器用に拾って…‥その動きが止まった。
「……しかし、あれでアルツの文官長だったのか。アルツ大丈夫か?」
首を一度傾げたあと、他の書類を拾いドルナードへと手渡しする。
「大丈夫もなにも。アルツは数日前に落ちたぞ」
「なにぃ!? しらねぇぞそんな話!」
「当然だ。まだ極秘だからな」
前日にもたらされた情報だ。まだドルナードがその情報を極秘扱いとしているため、国内において出回っている情報ではなかった。
「おいおい、アルツが落ちたって、どういうことだよ? 託宣はどうした? まさか託宣封印が完了していたのか? たしか、ダークエルフの大森林を焼き払ったんじゃなかったのかよ?」
「大声を出すな。少なくともあと数日は極秘にしておきたい」
「なんでだよ! 大事だろうが。おれ将軍だぞ? 軍の編成だってあるんだぞ!」
「各部隊長に丸投げしておいて何をいう」
「ウッ!」
それを言われると弱いとブロードの目元が緩む。
ドルナードはというと、クククと声をだし笑ったあと机横の引きだしから、一枚の書類を出しブロードへと手渡した。
「あぁ? なんだよこれは? 妙な形をした筒だな」
「アルツで使われた魔道砲という設計図だ。それでアグロが落ちかけたらしい」
「はぁ? こんなんでか? 竜王はどうした?」
「死にはしないが、重症をおったようだ。まあ、こっちは別の理由もあったらしいが、これまでにない武器であることは確かだ」
言いながらもクククと笑い声をあげる。なにが愉快なのかしらないが、声が漏れるたびに室内の空気が汚れそうな錯覚すら覚える。
うすら寒いものを感じながらも、ブロードは設計図に目をおとすが、どうみても武器には見えず、ドルナードへと返した。
「アグロが落ちかけて、なんでアルツがやられた? 話おかしいよな?」
「なんだ、お前にしては珍しく頭がまわったな」
「ほっとけ! つーか、教えろよ。そこまで口にしておいて、内緒はねぇだろ!」
一々声をあげるブロード。その反応をみて愉快そうな声をあげるドルナード。とても皇帝と将軍が話をしているようには見えなかった。
ドルナードは仕方がないと口にしながらイガリアで起きたことを話しだす。
言葉とは裏腹に喜々とした笑みが絶えず浮かんでいた。
おおよその話がブロードへと伝わる。
「獣人が寝返った? よく魔族どもと協力できたな。裏事情はわかってんだろ?」
「いや。こればっかりは駄目だった。アグロ内部で何かあったのかは知っているが、そこから先がつかめていない。もしかすれば、エーラムのほうで何かあったのかもしれんな」
「じゃあ魔王が動いたのか?」
「わからん。だが、これだけは言える」
「………」
ドルナードがすっと席を立ちあがり、手を後ろで組む。
ニヤリと唇を歪ませ、けだるそうにしている目元をわずかに吊り上げた。
いつもと違う様子にブロードの背筋が震えた。
「大きな波がきている。波に乗れるか、飲み込まれるか――選択を間違えれば、我らもアルツと同じ目にあうだろう」
笑みを絶やさず言うドルナード。
それを聞くブロードはゴクリと喉をならしたあと、口元を緩ませ眼光に野生的な光をともした。
「いいねぇ~ 国をかけての博打なんざ、めったにできることじゃねぇー おめぇの選択に、俺は有り金を全部掛けるぜ、皇帝さまよ」
そこは、皇帝の執務室。
本来静かに書類に目をとおし、国の行く末を案じながら政務に身心共に擦り減らす部屋である。
だが、この場にいる2人にそうした気配は一切ない。
むしろ見ているほうが、精神をけずりそうな勢いで笑い声をあげていた。




