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第105話 魔王の目的

 ヒサオたちが行軍を開始していたころ、エーラムにいる魔王城においても、人知れず小さな騒ぎがあった。


「――ふぅ。もう大丈夫だよニア」


 小さく掠れた声をだしたのは、玉座にすわる魔王カズヤのすがた。

 ヒサオが魔法のレッスンを受けた時と同じく、24、5の外見だった。

 いつもの正装姿で座るカズヤの体に汗が噴出している。


「無理をしすぎです。閣下」


 魔王の前に立ち、汗をぬぐっていたのはニア一人のようだ。


「まだまだ大丈夫さ」


「しかし」


「大丈夫といったよ」


「……はい」


 汗を拭いていた白い布をしまい、一歩下がる。そのまま影にかくれようとするが、魔王が手で制した。


「ニア。いつもありがとう」


「……とんでもありません」


 交わした会話は少ないが、ニアの顔がわずかに変化した。

 魔王とすれ違うように影へともぐると、部屋の中が静まった。


「ふぅ――さて次の謁見を……」


 呼ぶかと扉前にいる兵に声をかけようとしたが、


「……まいったな」


 小さな声で呟き、スっと右手をあげた。その行動をみているのは2人の兵のみ。


「わるいがしばらく誰もいれないでくれ」


「「ハッ!」」


 何の疑問ももたずに、2人の兵がでていく。

 扉がしまるのを確認すると。


「これでいいかい?」


 魔王が言うと、部屋の片隅に人影が2人浮かんだ。

 一人は背にまでかかる銀の長髪。金の切れ長の瞳は他者の心を射すくめそうだ。

 甘い笑顔でもみせれば、大抵の女性は落ちそうである。もっとも彼の妻がそれを許すかどうかは別問題だが。


「久しぶりだな魔王」


「そうだね、アスドール」


 魔王と呼んだのは、アスドール=リダ=オルトイア。ユミルの王だった。

 その王と一緒にいたのは、オルトナス。いつもの外套姿である。

 金と銀の瞳をもつ美男子が並びたつ光景を魔王はみつめ、皮肉じみた笑みを見せた。


「オルトナスの力かい? みせつけてくれるね」


「ワシの力というよりも、メグミの研究成果ですな」


 王の後ろからスっと現れ言うオルトナスだが、その顔にはいつもの余裕がなかった。


「ずいぶん疲れていそうだね。まだ完成じゃないのかい?」


「せいぜい実験段階というべきでしょうな」


 オルトナスの発言に、魔王の口が半ば開いた。


「相変わらずだね。実験で僕のところに魔法陣をつくったのかい?」


「王の用件もありましたゆえ」


「この先、必用になりそうだったのでな。後で修正もできるらしいし、構わないだろ」


「ここ、僕の仕事部屋なんだけど……まあ、いいよ。あとでニアに頼んで見えなくしてもらうから」


「あ――魔王殿。この魔法陣に対してそういったことはやめてほしいのじゃ。つながる魔法陣のほうにまで影響がでかねないし……できれば何か板などで隠しておいてほしい」


 自分の後ろにある出現したばかりの魔法陣をみせ言う。

 淡く緑に光る魔法陣。紫炎水をつかったモノとは明らかにちがっていた。


 転移魔法陣は、つながる2カ所の場所に設置して、初めて利用ができる。

 だが、オルトナスが今回つかったコレはユミルのほうで作り出し、こちらに転移してくる瞬間発生したものだ。以前からある転移魔法陣とは大きく異なっていた。


「板って、この部屋にかい? ちょっと外見のことも考えてくれよ。まったく面倒なことを」


「それは失礼しましたな」


「といいつつ、君笑ってるよね? おかしいよね? 喧嘩うってるのかな?」


「……これは地顔ですじゃ。わかっておりましょう」


 微妙な笑顔を見せあう2人。そんな2人の間にはいるアスドール。


「魔王、久しぶりのところ悪いが、早急に報告をしたい」


「重要そうだね。いいよ、教えてくれ」


 椅子に深く座りなおし聞く姿勢をみせると、アスドールの口がひらいた、


「まず1つ目。ウースの『アルフヘイム』とオズルの『ムリエル』に対し、人間達が威嚇をはじめた」


「……はぁ。ドワーフだけじゃ飽き足らず、エルフにも手をだすつもりか」


 魔王が、重苦しい息を体から出すかのようにため息をついた。


「これも託宣にあったのだろう。私のほうで助力はまわすが、万が一の場合に備え、純魔族の幾人かをこちらにまわせぬか?」


「それは構わない。でも危ないなら避難してくれよ?」


「……どうあってでも精霊樹を守ろうとするだろうな」


 また沈みがちになったが、玉座に手をつけ立ち上がった。


「その時は、強引にでも連れ出してくれ。今在る命のほうを優先だ。最悪の場合は、ユミル経由でイガリアのほうに移住させてくれ。僕の名前を出して魔族達の協力を求めても構わない」


「……いいのか? 各族長に我らの間柄を知られる可能性が高いぞ?」


「まあ、その時は愛想つかされるかもしれないけど、身から出た錆さ。それに……」


「それに?」


「面白い連中がいる。いまのイガリアは、彼らによって託宣がつぶされたような状態だ。今までにないほどのチャンスが転がってきている。一気に魔族領土をふやせるかもしれない」


 魔王の顔に笑みが戻る。高揚感すら感じさせる嬉し気な笑みだ。


「それは、先日おきたアグロの件と関係が?」


「へー オルトナスはしっていたのかい?」


「……ええ、まあ。それに、面白い連中とやらにも心辺りが」


「流石だね。君の耳はどこまで伸びてるんだ」


「……」


 その連中の一人はたぶん自分の弟子ですといいづらいようだ。

 アスドールもまた、同様の様子だった。


「この話はこれでいいかな?」


「ああ、それともう一つ……少し前に、アルツでまた勇者召喚がされた。知っているか?」


「……なに?」


 瞬時に魔王の様子がかわる。

 今まであった余裕じみた口調ではなく、殺意すら感じさせる。

 アスドールとオルトナスは予想していたようで、顔を見合わせあった。


「やはり知らなかったか」


「知っておれば、魔王殿は即座に動きますからな」


「当然だ。ふざけた真似しやがって! どれだけ犠牲をだせば気が済むんだ! ニア!」


 名を呼ぶと、影から黒装束姿の少女がでてくる。


「すぐに配下のものたちをつれ、ブランギッシュにいるペリスと合流しろ! 召喚された勇者の保護が最優先だ!」


「ハッ!」


 目の前で命令がなされるのをみていたアスドールが止めにはいる。


「まてまて。その件で話にきたのだ。まずは聞いてくれ」


「うるさい! こうしている間にも勇者の時間は過ぎていくんだ!」


「おちついてくだされ魔王殿。その件でしたらすでに動いているものたちがおります」


「なに? 誰だ! もしかして君たちが?」


「ワシらというより、むしろ魔王殿の命令と思われるのだが…」


「……え? どういうこと?」


 多少おちついたようだ。意味不明のことをいわれ一時的に混乱しているだけともいうが。


「召喚されたものの1人が、どういう理由なのかワシの家にきました。共に召喚された仲間たちによって脱出させてもらったと言うております」


「……まって、仲間……だって?」


「ええ。今回召喚されたのは3人。複数です」


「……はぁ……そうか3人か……そうか」


「だから落ち着け……なるほどカリスが連絡をいれぬわけだ」


 ピクリと魔王の眉間が動いた。オルトナスはその瞬間をみて、頭を抱える。


「つまりカリス爺も知っていたということだね?」


「……」


「王…」


 失言だったと、そっぽを向くものと、頭を抱えたままつぶやくもの。その2人を恨めがましい目でみる魔王と、ただひたすら命令が下されるのを待つ美女が一人。


「話をつづけますが、どうやらその脱出できた勇者が、アグロにいる異世界人と顔見知りだった様子でして、現在アルツの攻略と勇者たちの救出を考え行軍しているようなのです」


「……異世界人ってヒサオ達のことだろ? 確かに、アルツ攻めは命じたけど勇者の報告はきいてない。ニアどうなってるの?」


「魔王様……以前報酬を渡されたとき以来、ヒサオ様の側から姉さまは離れました」


「――そうだった。万が一を考え、ペリスにはブランギッシュのほうに回ってもらったんだった……またか…どうもまいったね」


「魔王殿…」


「頻度がましているのか?」


 魔王が自分に対する視線に対し手をむけた。


「今更さ。それより、さっきの話だけど本当に? どうしてヒサオと顔見知りなんだ? わけがわからないよ」


「問題はそれだ。召喚された他の2名の勇者というのはエルフとドワ―フ。その2人は、ヒサオという少年と一緒にいる2名と知り合いでもある。つまり…」


「……そういうことか。人間達は、最大の敵を(まおう)ではなく、ヒサオ達と判断したってわけか」


 憤りをみせる魔王に2人がコクリと頷き返した。


「ずいぶん安くみられたものだね」


「長いこと、カリスに任せていたからもあるだろう」


「それを言われると返す言葉もないよ」


「とまあ、現状そうなっておりますが、魔王殿はどうします?」


 オルトナスが最後に決断をもとめると、魔王は少し考えはじめた。

 彼が口を開きはじめたのは、玉座にもどり座ってからのことであった。


「勇者達とアルツのことはフェルマンたちに任せる」


「ほう?」


「これは意外ですな」


 報告にきた2人が物珍し気なものをみたかのような視線をおくる。


「アスドール。やっぱり君の方に魔族を回す」


「わかった」


「では、その手筈で」


 2人が了承したことで空気が軽くなった。


「ごめん。僕も動きたいけどここを離れられない」


「分かっている」


「魔王()の心を知ったときから、ワシ等は協力してきたではないか」


 アスドールとオルトナスが笑顔を魔王へと向けた。

 側にいたニアも強い意思をこめ魔王へと向ける。

 3人をみた魔王は、自ら頭を下げた。


「お願い……します……僕の同級生達を、元の世界に帰すために」


 上げた魔王の瞳に流れるものを笑う者はいなかった。

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