◆ リリアンとブラウン
「なんだと?ふざけているのか!?」
ヨーク公爵は、自身の執務室で現在、右腕とも呼べるブラウンの胸倉を掴んでいた。
「どう言う事だ?今回、砂糖の買い占めが出来なかっただと?お前はいつからそんな無能になった!?」
言うだけ言うと、激しく壁に打ち付けた。
だが、鍛えられたブラウンの身体は然程ダメージも無く、直ぐに起き上がり頭を下げる。
「 申し上げます。今回の砂糖買い占め事業は、隣国セダムの商団が捕まり、手を引かざるを得なかったのです。あのまま続けて欲を出していたら、我がヨーク公爵家に被害が出る事は避けられなかったでしょう 」
「 ほう、だがその無能な商団を見つけたのは…… 」
「 マーチン様です……」
「 マーチン?……奴が? 」
「 はい、私の前に主人に仕えていたマーチン様が見つけた商団でした。私は仕事途中から、引き継いだだけです 」
ブラウンは、ヨーク公爵に仕えて、まだ半年程と言うのにみるみる内に頭角を現していた。
「マーチン様が、当てにしていた商団や他国貴族達との関係を、再度新たに調べ直しましたが、数々の抜けが見つかりました」
「それでは、その書類を……」
言ったそばから書類の束が、ヨーク公爵の目の前に提出される。
この仕事の素早さが、ブラウンをのし上がらせた要因だろう。
ブラウンは氷の如く無表情で説明を続ける。
「 残念ながら今、マーチン様はデルドラド王国で囚われております。ポートリア公爵が追い詰めたそうです。そして現状を穴埋めるには、どう見繕っても、ふた月は掛かります 」
ヨーク公爵は、ブラウンの出来の良さに、内心の笑いが止まらない。
(思いがけず、良い拾い物をしたものだ…)
最近、耄碌したマーチンを切るべきか考えていた矢先に、港町で船の荷物を一人で悠々と捌き切っていた男を見つけた。
それがブラウンだった。
「そうか、だがお前はそんなに時間をかける事は好まないだろ?」
ヨーク公爵の好戦的な発言にも、顔色一つ変えずに再び頭を下げる。
「勿論でございます」
マーチンを調べた書類とは別に、新たな書類がヨーク公爵に手渡された。
「これは砂糖の取り締まりのどさくさに紛れて、新たに買い占めた小麦の裏取引の書類でございます。この量でも充分に、カエレム国王陛下の財布を痛めつける事が出来ると思いますが?」
ヨーク公爵は素早く目を通して、口元の笑みを隠さなかった。
「ふん、面白い。他に手を広げられる所があるなら、お前に任せよう」
ブラウンは表情を変えず、今一度礼をした。
ブラウンがヨーク公爵から解放され、王城を抜けようと歩いていた時だった。
偶然にもリリアンが城の廊下を拭いていた。
ブラウンの眼光の奥に小さな焔がゆらゆらと揺れた。その灯は、誰の目にも気付かれないだろう……。
「リリアン……?」
リリアンは呼ばれた方に頭を向けるが、思わずサッと顔色を青ざめさせた。
「な、何で、あんたがここに居るの!?」
リリアンの身体は素直に硬直して背中には冷や汗が流れている。 思わず、手に持つ箒にも力が入る。
冷淡なブラウンの顔に喜悦が浮かぶ。
「お前こそ。一年前、私の前から突然消えたかと思ったら、城に隠れていたのか?」
リリアンは背筋に、ゾワッとしたものが込み上げてくる。
(こいつは…ヤバイから逃げたのに!)
尚もブラウンは容赦なく、リリアンを追い詰めてゆく。
「リリアン、お前が私の元から居なくなる事は許されないだろう? 私はお前の為に、何度も大金を注ぎ込んだよな? その仕打ちが逃げる事とはね……俺たちの世界では、裏切りは許されないと、思うが? 」
リリアンは歪んだ笑みを零す。
「 ち、違うの。 ブラウンが好きな事に変わりはないわ!…… ハハ… ポ、ポートリア修道院に入れられたのよ、 あたし。しくじっちゃって…… 商家に盗みに入ったら、ポートリア次期公爵のアウデオに捕まって……」
ブラウンは、ポートリア公爵家の名とアウデオの名前を聞いて、少し考え込む様に答える。
「ふーん、そう……。 確かにポートリアの次期公爵アウデオは厄介だな…… それで今は、城で下働きをしているのか。いつまでいるんだ? 」
リリアンはブラウンが納得してくれた事に安堵していた。
「うーん? 一応、半年後にポートリア修道院に戻らされると思うけど…… 」
ブラウンは顎に手を当て、リリアンに視線を這わせ考え込んでいる。
「 駄目だな…… 」
「 えっ? 」
「 駄目だと言ったんだよ、リリアン。何を勘違いしているんだ? お前は俺だけのものだろ? リリアンの爪先から髪の先……その吐く息までも全部…俺のものなんだよ? 」
「………!」(ヒィ!)
「今度裏切ったら、 次はないよな? 今までだって、散々許してやったんだ。 俺のものにならないリリアンに、未来なんて…ある訳がない。そうだろ、リリアン? 」
リリアンは思わず後ずさりながら、オドオドして声を震わせた。
(こいつ、やっぱり狂ってる!)
「 な、なにを…… ! 今は、修道女なのよ!
ブラウンとは、一緒にいられないの!じゃあね!」
リリアンは急いで、その場から一目散に逃げ出した。
その後ろ姿を、気怠げに眺めるブラウン。
(相変わらず…俺から逃げようとするのか。
リリアンは馬鹿だな……
俺からは逃げられないのに……
そう何度も逃がしてあげないよ…
だが、ポートリアのアウデオか……
少し……考える必要があるか………)
ブラウンは、震えるリリアンの顔を思い出し、くっくっと不敵な笑みを飲み込んだ。そして今来た道を戻るように、歩きだしたのだった。
ブラウン
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