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◆ 国王陛下エドワードと王妃シンシア


 戴冠式を終え、エドワードとシンシアは国王の間に居を移した。


 大きなベランダからエドワードが下を眺めている。


「シンシア…… 」


 エドワードに静かに呼ばれて、シンシアもベランダ下を覗き込んだ。


「あ…… 」


 それはクラルスとなったアンドリューが、城から旅立とうとしていた所だった。


 国王陛下の戴冠式によって得られた恩赦で軽い咎人は牢獄から出る事が許された。


 アンドリューは偶々そんなタイミングと重なっただけなのだが。 最後の手続きをしている所を、エドワードは淡々と見つめていた。


「…… シンシアは、アンドリューの事を、最後は聞かなかったよね 」


 シンシアもその様子を見ながら、エドワードへ言葉を返した。

「そうですね…… 私は、怖くて聞けなかったのかも知れません。 王妃としても、ポートリア公爵家の人間としても情けないですね 」


 エドワードは、軽く否定のつもりで首を振った後も、アンドリューから目を離さない。


「シア、それは違うだろ? シアの策戦があったから、事は無事に終わったんだ。 まあ、親友2人の 活躍もあったか…… ところで、あいつは ……《クラルス》と言う名になった …… 父上が名付けたそうだよ。 これからの、あいつに相応しい名であって欲しいと思うよ 」


(清浄な明るい未来 ……… 良い名だわ )

「やっぱりエドは優しいね 」


「あれ? 王妃口調はもうやめたの?」


「だって、エドがさっきから砕けた口調だから…… 」


「今だけだよ。 私も、父上の良い所は受け継がねばなるまい。 シンシアも父上から、私を嗜める様に、言われているのだろう?」


「ふふ、そうですね。 いずれ私たちの子の前でも恥ずかしくないように…… 堂々と胸を張っていたいですもの。 言葉遣いには、気をつけなくてはなりませんね 」


 エドワードは深い溜息を吐いた。

「だが、本当は…… 俺は、堅苦しいのが苦手だ。 ポートリア公爵領では、市井に出て、民衆達の中で気兼ねなく過ごせていた事が何よりだった。 懐かしいよ 」


 シンシアも同意する様に笑う。

「エドは市井によく馴染んでいたものね…… だからきっと、歴代国王陛下の誰よりも、一番民衆の声をそばで聞く事が出来る、そんな国王になれるわ 」


 エドワードが突然、小さく吹き出した。


「クク。 そういえば昔…… 母上から聞いた話だが。 父上と二人で、市井に出掛けた事があったそうだよ。 だがすぐに王族とバレて、取り囲まれ大変な事になったと…… 」


 懐かしそうに話すエドワードの顔が優しくて、シンシアは嬉しくなった。


「ふふ、お二人には溢れるほどの品位がありますもの…… 」


「俺はそんな、模範的な品位より…… シアが言った様な、民衆の声を一番そばで聞く事が出来る、国王陛下になりたい。 だからシアも協力してくれな 」


 シンシアは、エドワードの言葉を噛み締める様に頷いた。


「勿論だわ。 二人でなら、重たい荷物も…… 

「「 半分軽くなる 」」

「くくく」「ふふ」


 エドワードとシンシアの周りを、穏やかな空気が包んだ。 囁く様に話す距離の近さからか、エドワードはシンシアの腰に手を掛け自分のすぐそばに引き寄せた。


「シア、でもたまの息抜きは許してくれな 」


「ふふ、勿論だわ。 エドは、いつどんな時でもエドだもの。 私にだけ、気を許してくれるなら大歓迎だわ 」



 その時だった。 まさかのクラルスが、最後の名残を惜しむように、突然振り返った。


「………」

「………」

「………」


 この三人とも、お互いが最後の顔を合わせるなんて、思っても見なかった……


 エドワードとシンシアとクラルスの視線が絡まった。


 だが、暫く動かなかった時間が…… 静かに動いた。


 クラルスが深くお辞儀をしたから……


 そして顔を上げると、今度はエドワードが手を振った。


 が・ん・ば・れ


 口パク付きで。


 シンシアも優しく微笑んで小さく手を振る。


 クラルスは一度、涙を拭いてから、もう一度ペコっと軽く頭を下げた。


 頭を上げ後ろを向くと、城の出口へと歩き出して行った。


 もう二度と振り返る事は無かったーー




「行ったか…… 」


「クラルスは、吹っ切れた良い顔をしていましたね…… どうやら色変えの毒が抜けるまで一年近くもかかったようだけど…… こんなお別れが出来た事が嬉しいわ 」


「ああ、そうだな…… 色変えの毒は、父上があいつを生かすために…… 相当苦しんだ筈だ…… 」


 なんだかエドワードは、少し寂しそうな顔をしていた。


 

 シンシアはエドワードの手を、励ます様にぎゅっと握った。 


「うん、大丈夫だよ。 シア」

 

 エドワードの顔が晴れたことに安心したシンシアは、財政担当の官僚が持ってきた資料をエドに渡した。


「そういえば、エド…… 今日ね、大公陛下と大公妃殿下が家財道具を買われた領収書が上がってきたの。 ほら、これを見て。 こんなに慎ましくされなくても…… 今までの、ご功労からすれば、もっと遣ってくだされは良いのに…… 」


 エドワードはその資料を見ると、小さく笑った。

「シア、これで良いのだよ。 商会が一つでは無く、幾つもまたいで買い物をしているだろう? 母上と父上が、一つ一つ吟味して買い物をされたんだ。 今度二人で見に行こう 」


 それを聞いて安心したシンシアは

「それなら良かったわ。 本当にお好きな物に囲まれて、穏やかに過ごしてくださる事が何よりだもの 」



 エドワードは突然、シンシアを抱きしめた。

「えっ?な、なに急に」


「シアは焦ると、王妃然が崩れるね。 これは俺が、教育してあげなくてはね」

「な、何でそうなるの…… 」

「だって、いつ何時、焦ったり困ったりする事があるか分からないだろう? だから俺が、シアに慣れてくれるように教育するのさ 」


 言い切ったそばから、今度はシアにキスを落とそうとするが、シンシアも小さな抵抗を試みる。


「エド! そこまでよ。 ほら、机に積まれた執務が見えるでしょ!?」


 真っ赤になったシンシアの抵抗に、エドは余裕で返す。

 チラリと執務机を見て、仕事量を考えるとニヤリと笑った。


「シアの負け。 あれくらいで止められる程、シアへの愛は、生易しいものではないよ」


「エド!」


「俺は今、空腹なんだ…… その食欲を満たせるのは、シアだけだよ…… 」


 シンシアは仕方なく観念して、抱かれた腕の中で、エドワードの頬に手を触れた。 エドワードもシンシアの逃げ道を塞ぐように、頭の後ろに手を回した。


「シア…… 」

 そっと優しいキスから、激しいものに変わる。

 激しくエドワードがシンシアに襲い掛かろうとした時だった。


「エド…… 」

「なんだい…シア… 」


「もう…… これ以上はダメ…… 」

「え…… 今更なんで? 」


 シンシアは、鮮やかなピンク色の頬と潤んだ瞳でエドを見つめ、耳元でそっと囁いた。


「御子が…… 出来たのです…… 」

「な!なんだって!」


 エドワードは今にもシンシアを食い散らかす勢いだったのに、途端に絶食モードに入った。


「シ、シ、シア! そ、そ、そうだな、ま、まずは身体を! 」

 エドワードは近くにあったブランケットを掴むと、シンシアをぐるぐる巻きにして急いで寝室へとお姫様抱っこで連れていった。


「い、いいか、シア! 温めて、まずはしっかり休むのだぞ! 」

 

 シンシアはつい、苦笑いをした。

(エドったら…… )


 シンシアも満更でもなく、当初は喜んでいたのだが………

 それから笑顔満面のエドワードが暴走した。 

 シンシアに厳重態勢で、あらゆる整備を整えようとしたから大変だ。


「エド!やり過ぎよ! 」

「だけどシア…… 」

 激しくシンシアに咎められ、落ち込んだとかいないとか。



 それから何年か後にーー


 フロース城にある大きな壁画には、大公陛下ご夫妻と現国王陛下夫妻に赤黄金色の髪色が美しい二人の王子が描かれた肖像画が飾られていたとか。

 その隣には、若き頃の大公妃殿下ローザと幼いエドワードの肖像画も寄り添う様にそっと飾られていたのだった。






挿絵(By みてみん)











こちらで本編が終了しました。読者様には少しでも楽しんでいただけたのなら、本望です。

最終話のエピローグが投稿されます。 救いのお話になると思います。


よろしくお願いします。

楽しく読んでいただけるように頑張りました。自己評価ですみません。


よろしければブックマークの登録と高評価をお願いしますm(__)m。


そしてこれからの励みになりますので

面白ければ★★★★★をつまらなければ★☆☆☆☆を押して

いただければ幸いです。

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