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◆ カエレムの我儘


 王太子エドワードとシンシアの婚儀式は、パルムドール王国内が盛大な祭りと化したように華やかに賑わっていた。


 エドワードとシンシアの意向で、厳かにするところはして、婚儀式の後は集まる民達に王城のバルコニーから手を振り挨拶の言葉をかけると、パンやワインにソーセージなどを国民に振る舞い民衆達と共に祝い合う事にしたのだった。

 エドワードとシンシアは民衆達の明るい笑顔を見ながら自分達の責任の重さを噛み締めていた。


 

 ひと月も経つと、シンシアはローザ王妃の執務を受け継ぎ、完璧にこなしていた。


「シンシアは昔から肝が据わっていたけれど、王太子妃の立場さえも直ぐに自分の場所にしてしまったわね 」


 シンシアは尊敬するローザの言葉に頬を赤らめた。

「それも全て王妃様のお陰です。 こんなに丁寧に実の智を学べるのは、大変ありがたい事です 」


 ローザはシンシアに、深い愛情と微笑みをかける。


 幼い時から、エドワードを側で支え続けてくれて、今があるのだから。


 エドワードも難なくと、国王カエレムの仕事を受け継いでいた。

 だがカエレムは《街道整備事業》の仕事だけは、エドワードに譲らなかった。 今ではローザと共に巡り、着々と道路整備が進んでいる。

 隣国同士の同盟の絆も強くなり、パルムドール王国の道路整備のおかげか経済も活発に動いていた。


 剥奪された貴族達の領地や、未だ領主のいない所に優秀な貴族の兄弟達が引き継いでいる。 また優秀だと思うと、例え平民であろうと適宜領主を任せる事にもしたのが功を奏しているのだ。


 順風満帆にパルムドール王国は、回復の兆しを確実なものとしていった。



 半年も過ぎる頃ーー 国王陛下カエレムの口から、信じられない言葉が発せられる事になった。


 それは王家の、家族団欒で夕食を囲む席での事だった。


 四人は穏やかに過ごしていたが、カエレムが張り詰めた口調で、突然に話し始めた。


「妃よ。そしてエドワードとシンシア…… 共に聞いて欲しい…… 」


 三人はカトラリーを皿に置いて、国王カエレムの言葉に耳を傾けるのだった。


「 先ずエドワード、お前はもう、国王に就いても良いだろう。 シンシアも立派に王妃として務まると確信している…… 私と妃は、一線を退き…… この王城の隣にある、〈フロースの城〉に移ろうと考えている。 これからは後ろ盾として、お前達を妃と共に支えていきたいと、思うのだ 」


「そんな…… 」

 シンシアが口籠った。


 だが、エドワードは落ち着いてカエレムに聞き返した。

「父上…… 本気ですか? 」


「陛下…… 」

 王妃ローザさえも、知らされてはいなかった。


 カエレムの視線は凪いだ湖面のように穏やかだった。

「ああ、本気だ。 これからは、私と妃の時間が欲しいのだ。 私の我儘だよ。 初めての我儘だ。 妃と私を、この責務から解放してくれるか?」


 エドワードはシンシアを見て頷く。

 シンシアも、長い間離れて暮らしていた陛下と王妃に、ゆっくりとして欲しかった。 だからエドワードに、優しく頷き返した。


「父上…… 陛下は17歳から、国王になられました。 私はもう、20歳を過ぎております。 既に甘える歳ではありません。 それに私の隣には、シンシアがいてくれます。 陛下…… いや、父上。 父上と母上の時間、好きに使ってください!」


エドワードとシンシアは立ち上がり、カエレムとローザに深く礼をした。



 それから半年と掛かったが、無事に世代交代の戴冠式が執り行われたのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 美しい白亜の城、花咲き乱れるフロースの城で

「ローザ、このチェストはないだろう?」


「いいえ、私はこれだけは譲れません」


「しかし、そうすると全体の調和がーー」


「ふふふ。 そういえば、私が赤いソファーを選んだ時も、カエレムは反対しましたね」


 カエレムは小さな溜息を吐いて、ローザにチュッと口付けを落とした。


「降参だ。この部屋は、ローザの好きにすると良い」


「うっ!」

 だが途端に、ローザは自信を失くした。

「私は気がつくと、今まで自分で物を選んだ事が無いのです…… もし私の趣味で、居心地が悪い様なら仰って…… くださいませ」


 確かにローザは、物心つく頃にはお妃教育で城の出入りばかりをしていて、自室で過ごした記憶も余りない。

 妃になった時でも、実家より贈られた、決まった家具や調度品で過ごし、『✖️✖️領』でも与えられた場所で暮らしたに過ぎないのだ。


 国王陛下の執務室にあった、赤いハイバックのソファーは、唯一自分の主張だったのかも知れない。

 赤いソファーは、金の鋲が打たれていてカエレムの髪色に想いを馳せて選んだ物だった。


 カエレムはそんなローザの事を愛おしげに見つめ

「私は…… ローザの選ぶ物で囲まれてみたいと… 今、思ったのだ。 ただこれだけは飾らせてくれるかい?」


 それは新しく額装された、カエレムの寝室で長らく天井に嵌め込まれていた、ローザと幼いエドワードの肖像画だった。


 ローザはうっすら涙を湛えて、愛おしそうに絵に触れる。


 だがすんなりと、事は運ばないようだ。 今涙を浮かべていたはずのローザは、悪戯な口調で話し始めた。

「カエレム…… それには、条件があるわ」


 あっさり許可が下りると思っていたカエレムは、意表をつかれた顔をする。

「条件?」


「ええ、古い肖像画だけでなく、今の家族の肖像画と一緒に飾るのでしたら…… 」


 ローザはそこまで話すと、下手なカエレムの声マネをして


「許可しよう」と言った。


 二人はクスッと笑う。


「そうだな。それも良い。 私とローザ、それにエドワードとシンシアだ! あっ、だが、ポートリア大公爵も呼ばねば拗ねるだろうか」


 今度は二人して、声を出して笑う。

「カエレム…… ありがとう。 私は幸せ者ですね。 今度はカエレムと一緒に、陰からこの王国を支えていけるなんて」


「違うよ。 私がもうローザと……もう、ひとときも離れたくないのだ…… 」


 カエレムが直接、ローザを迎えに行った。


 だが、城に戻ったローザの顔に、心からの安堵はあっても…… 喜んでいるようには見えなかった。 そんな事が忘れられなかった。


(ローザは相変わらず王妃として完璧だ。

だがこのまま、それで良いのだろうか?)


 だから半年前の夕餉の席で、ずっとカエレムの心に燻っている思いをエドワード達に吐き出した。


 ローザと私の時間が欲しい……

 この歳で我儘を言う事になるとは……

 いや、この歳だから許されるか?

 エドワードは立派に育ったのだ



 カエレムはローザを抱きしめた。 部屋には2人きり。


「誰の目も気にせずに、ローザを抱きしめる事が出来る。 最高だ」

「カエレム…… 」



 それはまるで、何年もの刻を埋める様だったーー


 カエレムはギュッと抱き合う腕に力を込めた。 2人の顔はそっと近づき、深い口付けを交わした。

  





最後まで読んでいただきありがとうございました。

とても嬉しいです。


これからもよろしくお願いします。

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