◆ 三令嬢はそれぞれ幸せになりますが?
「まさかイヴァンヌ様が一番初めに婚儀を挙げるなんて・・・」
いつかのイヴァンヌとは正反対にモアナが少し膨れていた。
セダム王国の古の伝統紋様が刺繍された婚儀の正装を身に纏ったイヴァンヌは嬉しそうに宥める。
「まあ、私が一番年上なんですもの。許して欲しいわモアナ様。私としてはシンシア様があの(偽)提案を持ちかけた時には既にご婚約をなさっていた事の方がビックリしまけど?ふふふ」
するとモアナも悪戯に大きく頷く。
あの断罪劇の後、二人に対して目まぐるしい忙しさに追われてシンシアは謝罪も協力してくれたお礼も直接には言えず仕舞いだった。
二人の前で盛大に頭を下げた。
「イヴァンヌ様・・・モアナ様。私はお二人を助けたいと思っていたのに逆に助けられてしまいました。本当にありがとうございました。また、大切なお友達に嘘をついた事を深くお詫びいたします」
そんなシンシアを二人は優しく見つめる。
「シンシア様、私達は友達なのでしょ?
謝罪のお手紙もいただきましたわ」
「シンシア様の気持ちは私達にしっかりと伝わりました。守りたいと思ってくれたことが嘘である訳が無いですもの」
イヴァンヌは小さく咳払いをして
「それにシンシア様があの時に私をセダムに送り出してくれた事でエリオス様に巡り会えたのですよ」
慰めてくれるイヴァンヌの言葉にもシンシアは
「でも大切なお友達に・・・」
そこでシンシアの言葉を遮る様にエリオスが現れた。
「そうだよ。シンシア嬢に感謝している」
国王陛下エリオスが突然割り込んで来てシンシアへお礼の言葉を述べた。
エリオスはイヴァンヌとモアナとシンシアをシゲシゲと見つめてしまう。
シンシア イヴァンヌ モアナ
「いや、あの元王太子は馬鹿だろ?こんな美しい令嬢達によくも婚約破棄などしたものだ・・・信じられん!」
途端にイヴァンヌの目が据わった。
「私達の晴れやかな婚儀の日に美しい令嬢達に目を奪われるなんて・・・」
エリオスは咄嗟に例の言葉を思い出す。
--慎重に・・・
慎重に・・・
「あっ、いや。ははは、何を言うのだ?
私はイヴァンヌのことしか目に入らないぞ?
私の心はもう一生イヴァンヌに捧げたのだ
・・・そうだろ?」
途端にイヴァンヌの瞳は潤み顔が赤くなる。
エリオスは危ない本能を隠す。
(慎重に・・・キスしか許してくれないから今夜をずっと楽しみに待っていたのだからな・・・ここで怒らせては全てが台無しだ。
今夜のイヴァンヌも明日の朝の姿のイヴァンヌも全てが楽しみだ!)
「さあ私の手を・・・イヴァンヌ」
エリオスは優しく微笑みながらイヴァンヌをまるでこの世で一番大切な宝物を抱く様に連れ出して行く。
控えの間から大聖堂へ向かわせようとガッチリ腕を組む様子を只々モアナとシンシア達は見つめていた。
(エリオス陛下、必死だわ)
(エリオス陛下、健気だわ)
「イヴァンヌ様お幸せに・・・」
「イヴァンヌ様に暖かい未来を・・・」
イヴァンヌは一度振り向いて二人に笑顔を向けた。
イヴァンヌを愛おしそうに見つめるエリオスの眼差し。
イヴァンヌはこの世の光を集めたように荘厳で美しかった。
「シンシア様・・・」
後ろを振り向くとエリオスの乳兄弟達にガッチリとエスコートされているエナとリナがいた。
「あっ・・・」
シンシアはポートリアのお祖父様から聞いてはいたけど、いざ目の当たりにすると意外と強烈であると思った。
モアナはクスッと笑う。
「セダム王国の皆様は大切な令嬢を擁護される習慣でもあるのかしら?」
するとトニーもへらりと笑う。
「左様でございます。大切なものは懐に仕舞うのがセダム王国の流儀でございます」
そんな言いようを慣れたように無視するリナはシンシアの側で礼をした。
「シンシア様・・・最後にご挨拶が出来なかった事が心残りでした。エドワード王太子様と婚儀を迎える際にも私達はパルムドール国に行く事は叶いません。どうかお幸せになってくださいませ」
続きエナも涙声で話す。
「シンシア様・・・私も最後にお礼を言いたかったのです。ありがとうございました。シンシア様はどうかあまり無理をされず、お身体を大切にしてくださいませ・・・ 」
シンシアは笑顔で二人を見遣り一瞬声が出なかった。それでもすぐに気を取り直すとそっと手を握り感慨深げに言葉を紡いだ。
「リナは少し面倒臭がり屋なのにやる時はやる所が好きだった。エナは冷静にしている癖に本当は誰より熱い心を持っていたわね。 そう・・・二人はいつも温かく私を見守ってくれたわ・・・・・・私の大切なエナとリナ。二人とも必ず幸せになってね。約束よ、私はパルムドール国から二人の幸せをいつまでも祈っているからね・・・・・・大好きなエナ、リナ。今まで本当にありがとう」
シンシアはエナとリナの片手ずつをそっと額まで持ってくると瞼を閉じて数々の思い出に涙が溢れていた。
ケントがシンシアに親愛の言葉をかけた。
「シンシア様・・・私とトニーは決してエナとリナを裏切りません。必ずや大切にすると、お約束いたします。どうぞご安心ください」
シンシアは安心した顔をケントとトニーに向けた。
「ええ、貴方達を信じます。エナとリナを頼みますね」と言うや小さく頭を下げた。
イヴァンヌとエリオスの盛大な婚儀が終わると名残惜しみながらもシンシアとモアナはパルムドール王国の帰路についた。
二人は今回、パルムドール王国の特使としてパートナー同伴の参加ではなかった。
尚更気軽な立場だったので何日にも渡る婚姻式の舞踏会まで参加する必要も無かった。
もうセダム王国の王妃であるイヴァンヌの忙しさを推察出来るからこそモアナとシンシアが気を利かせたのだ。
--イヴァンヌ妃、また逢えるわね・・・・・・
豪奢な馬車は緩やかな丘陵を駆け抜けている。
シンシアはモアナに未だ興奮が収まらない様を隠す事なく親友同士の気さくな話し合いを心置きなく楽しむのであった。
「イヴァンヌ様はお綺麗で本当に幸せそうでしたわ。私はこれほど素敵な挙式に参加できて幸せです。次はモアナ様ですね」
モアナも感慨深げに笑顔で返す。
「ええ、そうですわね。ですがその3ヶ月後にはシンシア様の婚儀ではありませんか。
それにしても・・・まさかあの王太子の側近侍従が本物の王太子様だったなんて驚きましたわ」
シンシアは申し訳なさそうにモアナを見つめた。
「驚かせてごめんなさい。何よりヨーク元公爵達に気付かれずに王城に忍び込むには最も最適で大胆な隠れ蓑でしたから。それに色々と情報収集に情報操作もし易かったのです 」
モアナもそうだろうと頷く。
「・・・2回目の王太子妃試験の時、シンシア様はアンドリューとリリアンの策を私達に提案されましたね。
そして辛い立ち回りを執り行いエドワード王太子をお助けしたのです」
褒めてくれるモアナの言葉にもシンシアは珍しく不安だった。
「そうですね・・・でも本当は今でも他に策は無かったのかと・・・正直、よく分からないのです」
モアナはシンシアの手をギュと握った。
「シンシア様らしくありませんわ。もし他により良い策があったとしたら・・・その失敗を糧にして次に進めば良いのです。
これから粛清が終わったパルムドール王国にエドワード王太子とシンシア様が次代の御世を築かれるのです。
どうか安寧の日々が続き・・・皆が幸せでありますよう願うばかりですわ」
シンシアはモアナの暖かい手にも言葉にも励まされる。
流石はモアナだ。隣国の王家の血を引く言葉の重みが違う。
「シンシア様。いずれ未来のパルムドール王国を継がれるに相応しいお二人を我がリッチ侯爵がいつまでもお支えしますからね」
「えっ?モアナ様・・・それではカリフ様は・・・」
「ええ、私は一人っ子ですから。侯爵の爵位が邪魔になる事はありませんでしょ。カリフ様は我が家へ婿入りする事が決まっておりますの」
「まあ・・・」
策士のモアナらしいとシンシアは思った。
「モアナ様・・・流石です。本当にこれからも頼りにしていますね」
「お任せください」
二人はニッコリと笑い合った。
長い丘陵を下るとパルムドール王国が見えてくる。
シンシアとモアナは揃って馬車の外を見た。
「まあ・・・」
「あら・・・」
パルムドール王国に入る前に広がる平野に王家の騎士団と王馬に跨るエドワードが待機していた。その少し後ろにも馬に跨るカリフがモアナを待っている。
「シンシア様、私達は本当に愛されてますね。忙しいカリフ様にはアトリエで待っている様にと言ってあったのですが」
シンシアも膨大な残務を片付けているだろうと思っていたのにエドワードが直接迎えに来ていた事に驚きを隠せないでいた。
「もうエドったら・・・婚儀をあげてしまえば、どこに行くのも一緒なのだからと今回はゆっくりして良いと言われていたのですわ。それなのに・・・ 」
モアナは何かを思い出したかように急に大きく声を出して笑った。
「ホホホ・・・これではセダム王国の流儀を笑ってはいられませんね。我がパルムドール王国の王太子様と私の王子様はお二人で馬車の護衛の真似事をされるだなんて」
(なんでこんなに大袈裟に・・・)
シンシアはおでこに片手を添えて溜息を吐いたが嬉しさを隠す事は出来なかった。
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