◆ 妃を迎えに
ここはポートリア公爵が代々管理するパルムドール王国の秘中の場所だった。
場所の名は『✖️✖️領』
由来は昔の王家の遊び心だった。悪い意味の✖️に否定の✖️を続けて書き、そこは『悪くない場所』と言う意味にしたようだ。
起伏のある山と森、そして川の大自然に隠され高い塀の中には然程大きくも無い屋敷と庭があった。
鉄壁に守り抜くためにはこれ位が限界だったのだ。
パルムドール公爵家と国王陛下だけが知る抜け道を使うと一日で辿り着くが普通では、まず見つける事すら難しいだろう。
存在すら知られていない場所なら尚更だ。
今日も王妃ローザは窓際の机に片肘をついて執務をこなしていた。
もう自分が書く本来の字を忘れてしまった様に愛する陛下の字をそっくり真似てコツコツとこなしていく。
この場所に来てから王都の騒がしい噂に耳を傾けなくなった。
当初、心無い噂に惑わされて辛かった事がキッカケだったから。
そんな噂話で心を傷めるのなら幼いエドワードに愛情をたっぷり注ぐ事にしたかった。
9歳になるとエドワードはポートリア公爵の迎えに私の元から去って行った。それからローザはただ国王陛下カエレムが時折来るのを待つ生活を送っている。
「今日の私は寂しいのかしら?不毛な考えにばかり囚われるなんて」
ローザは窓の外をぼんやりと見つめる。
(私はまだ孤独に耐えられる?いつまで息をひそめて暮らさなくてはダメなのかしら。
当初は自分とポートリア公爵とで練った計画で、ちゃんと決心をつけたはずなのに)
先の不安な気持ちに押しつぶされそうになる事もしばしばだった。
(王妃として城にいた時には与えられなかった時間が逆にあるからいけないのかしら)
「駄目ね、最近の私は本当に弱くなったものだわ。これでは頑張っている陛下に合わせる顔がないじゃない」
陛下は何とか公務として城を空けて年に何度か私に会いに来てくれる。
その時だけが私は素直に不安から解放されて自分を取り戻す事が出来る・・・
陛下は必ず予定日になっても帰られない。
私ももっと側にいてほしい。
でも・・・陛下を帰さなくては・・・
それこそ陛下も頑張っておられるから。
私は信じている・・・
必ずや陛下やエドワード達が行く末を明るく照らしてくれると。
例え私がこのまま城に帰る日が来なかったとしても耐えていける。
「うん、大丈夫よ、大丈夫」
一度落ちていた思考の波間から現実に呼び戻されるローザ。
ローザは新たに気を込めて再度執務に取り掛かった。
コン、
コンコン、、
「あら?」
没頭してすぐには気が付かなかったローザはポートリアの影だとばかりにドアを開けた。
ローザは固まる。
もう何度も玄関扉で出迎えた見慣れた位置に国王陛下カエレムの顔がそこにあったから。
予定にない訪問・・・
「陛下?どうして?」
カエレムはローザをすっぽりと抱きしめた。
カエレムは小さく震えて泣いていた。
「ローザ・・・帰ろう・・・迎えに来たよ・・・」
カエレムに包まれながらローザも耐えきれずポロポロと涙を流した。
「陛下・・・終わったの・・・ですか?」
カエレムはうんうんと頷くだけだった。
「陛下・・・よく・・・頑張られて・・・」
ローザを震えながら抱くカエレムの声も掠れて震えていた。
「ローザも・・・よく・・・耐えてくれた・・・ありがとう・・・」
ローザは長年考えあぐねていた自問自答が氷解していくが、すぐさま首を大きく振った。
「違う・・・私の決断は陛下に大きな枷を掛け負担をかけました・・・私は逃げたのです・・・ごめんなさい」
カエレムはそっとローザの頬を包む。
「それこそ違うであろう。ローザやエドワードが安全な場所に居てくれたからこそ私は安心してヨークを討てたのだ・・・孤独な中で耐えてくれたローザ・・・何十年と待たせてしまった。
私こそ・・・すまなかった」
ローザはカエレムの背中をぎゅっと抱きしめて堪えきれない嗚咽を漏らした。
(やっと・・・)
それからローザは身一つでカエレムに抱き抱えられて王馬に乗って抜け道を駆けた。
王都に入る前にカエレムが手配した宿に泊まり身なりを整え次の日の昼には豪奢な馬車に乗り帰城を果たしたのだった。
ローザは久方ぶりに揚々と光に照らされた王城を眺めて懐かしい自分の場所に帰ってきた気がした。
(懐かしい・・・
でも『✖️✖️領』より色褪せて見えるのはどうしてかしら・・・
やっと帰って来る事が出来たというのに・・・)
カエレムはローザの反応を見て考え込んだ。
この国の民達も心ある貴族達からも愛されていた王妃ローザは生きていた。
本当の王太子エドワードも生きている。
王妃ローザは長年に渡り国政を影で支えていたという。
憎むべきヨーク公爵家を滅するために国王陛下カエレムの憂いをはらうため自らその身を隠した功績に心から感嘆の声で迎えられたのだった。
今回のお話で描いたイラストはお話より先に浮かんで描いたものです。
このイラストが活きるお話になったでしょうか。
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