◆ 国王陛下カエレムの公務と敵対するヨーク公爵
王城は定例となった、国王陛下カエレムの推し進める ≪街道整備事業≫ の視察準備で、大忙しだった。
国王陛下カエレムが、回を重ねて王国視察と道路推進公務をするようになり、パルムドール王国は益々暮らしやすくなっていた。
やはり、王国中の道路が伸び道がより良くなるにつれ、人々の営みはより豊かになってゆく。
明日から、年に三回ある視察公務のうち、ニ回目の領地視察が行われようとしていた。
夕方近くなると、大方の視察準備が整いつつあった。 その時ーー
「 陛下〜 」
甲高い声が執務室に響き渡った。
お供をゾロゾロと引き連れて、側妃マリアンが執務室を訪ねてきた。
マリアンが側妃として入城してから、既に17年が経ち、もう40歳も過ぎていると言うのに相変わらずな脳天気ぶりである。
マリアンは国王陛下の旅支度をチラリと横目に見やるが、その目はすぐに陛下に向けると、寂しげに話しかけた。
「 陛下~、今回もまたお帰りになる日程は未定ですの? 私、寂しいですわ…… 」
マリアンの態とらしい甘えた質問にも国王カエレムは優しく答える。
「お前は以前、朕に一度ついて来たが、すぐに『飽きた』と申して、先に帰ったであろう? 公務だ。我慢をしなくてはな 」
「 は〜い……でもぅ…… 」
マリアンは可愛く拗ねる。
周りの臣下の者達も、微笑ましそうに見ている。
( この取り巻き達の見え透いた笑みも気持ちが悪い…… )
「 悪いが、執務の話がまだ残っておるのだ。 お前は自室に戻りなさい 」
「 え〜〜、それでは次に行く領地の名産、世にも珍しい《赤いサファイア》を私に与えてくださいね 」
「 ……… 分かった 」
( ………全く欲深いものだ )
マリアンは喜びを隠しもせず、上機嫌で部屋を後にした。
臣下の者たちもズルズルとマリアンの後に続き、部屋を後にしたのだった。
一同が去ると、部屋には静寂が訪れる。
旅支度も恙無く終わった。
暫くして、部屋には国王陛下一人が残る。
愛する正妃と王子を亡くしてから、一人静かに過ごす国王陛下を邪魔する者はいない。
執務机に軽く腰掛け、国王陛下は小さく呟いた。
「 いるか……… 」
「 はい、こちらに……… 」
国王の前に二人の者が現れた。
「今回も粗方の視察公務が終わったら、『✖️✖️』に向かう………いつものように手配を…… 」
「 御意 」
二人はまたその場から、そっと姿を消した。
国王は二人の消えた後を見つめながら、瞳には喜色を浮かべボソリと呟いた。
「マリアンよ……。
お前だけが、上機嫌な訳じゃないのだよ」
国王陛下カエレムは久しぶりの喜びを噛み締めたが、残念ながらいつまでも浸ってはいられない。
瞬く間にいつもの仮面を素早く被る。
自身の執務机に隠した二重金庫の中に眠る17年前から始まった調査資料に目を通していく。
まだ足りぬ………あと一歩のところまで来ているというのに………
調査は代々王家の影として仕える、ポートリア公爵の者が調べ尽くしているのだが。
黒幕である、先代国王の王弟ヨーク公爵は筆頭地位という王家の血筋と、潤沢な資金を使いポートリア公爵の追跡の邪魔をしている。
同じ公爵家とは言え、位の序列がある為にポートリア公爵家が踏み込めぬ所も出来てしまうのだ。
なかなか尻尾を掴ませぬ……
だが、私が諦める訳にはいかない。
調べれば調べるほど、ヨーク公爵の残虐さと自己顕示欲の強さ……そして飽くなき金を求める強欲さには吐き気がする!
( あれほどの金を持っても、まだ欲しがるのか?飢えた子供でもないだろうにっ!
この王国の金は民の血税なのだ…… )
国王カエレムは、なかなか進まぬ状況に苛立ちを募らせてゆく。だが、何度も深く呼吸をして自身の怒りと苛立ちを手元の書類と一緒に二重金庫に押し込める。
( もう何度も、余儀なくされる習慣になってしまったな……だが今はあいつが……… )
コン、
その時、小さく扉を叩く音がした。
囁く声で呼んでいる。
「 陛下…… 」
颯と扉の外から王太子付きの侍従エドが声をかけ執務室に割って入ってきた。
「 陛下、お伝えしたいことがございます」
この優秀な侍従なら、誰の目にも触れられずこの場に来ることなど容易だろう。
国王カエレムは口元を綻ばせて、静かに侍従エドを迎え入れた。
カエレムはエドを見つめて
「エドワード、今だけ少しカツラを外さないか?」
「嫌ですよ、一度外すと着けるのが面倒なんです」
「そうか、だがシンシア嬢が頼んだらどうなのだ?」
「そりゃあ、喜んで外しますね」
「ふ……エドワード、良かったな。そなたにも愛すべき者が出来て」
エドは恥ずかしげにプイッと窓の外に顔を向けた。
それから王妃のお気に入りだった、ハイバックの赤い一人掛けのソファーにエドが腰掛かるのを楽しそうに眺めながら、国王カエレムは要件に耳を傾けることにした。
「アンドリューの事か?」
エドは国王の前だというのに、遠慮も無く眉間に皺を寄せた。
「そうです。陛下の命令が気に入らないのは知ってはいましたが、まさか折角お越しいただいた三令嬢たちに再度、お妃候補試験や面接までするとは思いませんでしたよ。奴には慎みという心持ちがないのでしょうか… 」
カエレムは組んだ両手を執務机に乗せて小さく笑った。
「ククク……お前はその令嬢の中に、シンシア嬢がいたことが既に気に喰わなかったのだろう?」
「ぐっ!」
エドは分が悪いと直ぐに話題を変えた。
「陛下、少し…… いや、かなり予定とは変わりましたが…… このまま進めていきます。 シンシアの領地にあった、ポートリア修道院にいたリリアンは今日、城の下働きとして入城させました 」
先ほどまでの笑顔が消えて、カエレムの声は沈む。
「…… そうか。あとはアンドリュー次第なのだろう……… 」
国王カエレムは、アンドリューを手放す気持ちの整理はついているのだが………
「あいつは、陛下の子では無いでしょう?」
「ああ、父親はヨゼフと言ったか……」
エドはこの優しい陛下の心情を察するも、自分も一緒に沈むつもりは無い。
だが明るい話題を振って慰めはするのだ。
「陛下、明日から領地視察ですね。『✖️✖️領』では、母上によろしくお伝えください」
そんなエドの心遣いに
「ああ、分かった」と優しく返事を返す。
「それにしても今度の視察は短い。いくら作戦決行のためとはいえ妃と会えるのも精々3日か………」
「陛下、私やポートリア公爵家が愈々大々的に動く事になります。
奴らは陛下の公務をいつもの、2ヶ月近い視察だと油断するでしょう。 私もこの城に呼び戻されて、そろそろ一年が経ちます。
長年に渡り集めた証拠や証人達もパルムドール王国内なら掴みきりました。
後はヨーク公爵に私達の動きがバレないうちに…… 兎に角… このひと月以内に、全ての事を終わらせる様に頑張りますので」
頼もしいエドの発言にカエレムの口元が緩む。
エドと残りの計画を練り直す算段を確認した。
そしてエドがまた静かに部屋から出て行くのを見送ると、カエレムはやっと自身の寝室に入った。
この17年………側妃マリアンも足を踏み入れた事はない。
天蓋に隠された天井には、亡くなったとされる王妃ローザと王太子の肖像画が嵌め込まれている。
カエレムは横になり暫くその肖像画を眺めては、ゆっくりと目を閉じたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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この後、一時間後にもう一話更新しますね。
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