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◆ ヨークとの決着


《 貴族裁判 》本来は、このパルムドール王国に存在しない式事だった。

 今までは、国王陛下の判断と勅命で事の全てが済んでいたからだ。

 だが、国王カエレムは公明正大に真の正義を問う場所を新たに設けた事で、ヨークの暗躍を闇の中で終わらせるつもりなど毛頭なかった。


 もう二度と同族で血を争う事がない様に……

《 貴族裁判 》という、諸刃の剣になり得る、正義の場所を作ってまでも、完全決着をつけようと、国王陛下カエレムは思っていた。


 この厳粛な場にいる優良貴族たちは、困惑を隠しきれずに、参加せざるを得ない状況だった。

--なぜなら本来参加したであろう、貴族達の顔が幾つも見当たらなかったから。


 初めて行われる《 貴族裁判 》は、パルムドール王国で一番大きな謁見の場を臨時の会場とされていた。


--やはりおかしい

 全ての貴族が参加していれば、この謁見の場はもっとごった返しているはずなのに。 善良貴族の誰もが、心にゾワゾワする感覚を味わっていた。


 それに善良な貴族たちが驚きを隠せない大きな理由がもう一つあった。


「なんという事だ…… 」

 大広間の真ん中に…… あの、ダミアン・ヨーク公爵が、一人ポツンと椅子に座らされ、縄に括られていた事が衝撃の他なかった。


「どういう事だ? 」

「なぜあの方が…… 」

「これは一体? 」


 善良な貴族達は、中央を眺めるように立ち並んで静観し、ことの成り行きに身を任せるしかなかった。

 


 そんな当惑していた貴族たちに向け、国王陛下カエレムは厳かに告げた。


「本来は、全ての貴族達が顔を合わせるべきこの場で…… 残念な話からしよう。 ここへ連れて参れ! 」


 国王陛下カエレムの命令で、後ろにある全ての扉が一斉に開かれた。

 そこには、見知った顔の貴族たちが一列に並び、後ろ手を縛られ余ったロープを首に巻かれた格好で、ゾロゾロと引きずられ入って来た。 その後を、一部の官僚達やメイドに下働きの者達まで、同じようにロープに繋がれ連行されて… 一人中央にポツリといたヨークの後ろに並べられた。


 呆気にとられる、優良貴族達…… 。

 今、思うことがあったとしても、口には出せない。


 国王カエレムは、続けて説明をした。


「これらは、罪人ヨークに手を貸した者達だ。 貴族達や王城に勤める者の中からもヨークと繋がっていた者は、全て捕らえた 」


 流石に謁見の場は、どよめきが起きた。

 長年に渡り切磋琢磨し、仲を深めてきた見知った顔が縄に繋がれて、罪人の姿と成り果てていた事に、大きなショックを隠せないでいる。



 宰相のクリント侯爵が、その場を執り仕切る。

「静粛に! それでは、パルムドール王国の新たな一歩!

《 貴族裁判 》を始める! 」


 そう高らかに宣言した。


 静かな沈黙だけ流れるーー


 静まりかえる中で、国王カエレムがヨーク公爵へ語りかけた。

 

「ヨーク公爵よ。 いや、ヨーク。

 さあ、どう言い逃れするのだ?

 お前がやってきた、途方もない罪の数々に言い逃れが出来るのであれば、聞こうではないか 」


 ヨーク公爵は50も過ぎ、利欲丸出しの腹に喰い込む縄を苦しそうにしながらも、何とか身を捩り、浅い息を繰り返していた。

 ひゅー

 ひゅー

 苦しいながらも体勢を整えると、今度はカエレムを睨みつけた。

 

 そんなヨークを見下げて、カエレムが話を続ける。


「全てが上手くいっていると思ったか?

 お前がマリアンを共犯者に迎えた時点で、その全ては破滅へ向かっていたのだ。

 大胆な事をする様でいて、決めきれないとは…… 」


 ヨーク公爵は、何かに気付いたように、カエレムを見た。


「お前はまさか最初から!? あの時、(わざ)とマリアンのことを、私に告げたのか!? 」


 カエレムは無表情で返す。

「そうだと言ったら? 」


 一瞬だけ驚きの表情をしたヨークだったが、すぐに元の厳しい顔に戻した。


 それでも、カエレムの追及は止まらない。


「ヨークよ。そんなに自信が無かったか?

 自分を守ることに必死だったか?

 無価値の自分を認めたく無かったか? 」


 ヨークは泰然とカエレムを見て、言葉を吐き捨てる。


「はっ!なんだと?…… なぜ、私が虚栄を張る必要がある? 」


 例えいくらヨークが訝しげに睨み付けたとしても、国王カエレムは積年の怨情を吐き出す様に言葉を連ねる。


「小さな虚勢を張って、自分のプライドを守ることに必死だったか? ヨークよ 」



 ヨークは歳若い国王に軽口で返す。

「はっ!笑わせてくれる。

 カエレム、お前は何か忘れているのではないか? 私は、純粋な王国の血を分けた者ぞ? そんな私を罰する権利など、この王国の法にはないのだ! 」

 

 法に守られていると、安心しきったヨークは、相変わらず太々しく余裕の態度を崩さなかった。 だがカエレムは、


「だから、なんだと申すのだ? 法を新たに作れるのは朕だ。 だがな… ここに、全ての貴族を参加させたのは… もう王家の血を継ぐからと、守られる悪法を断ち切るためだ 」


 ヨークは目を見開き、怒鳴りつけた!

「それでは、お前の首も締める事になるのだぞ! 」


「かまわぬ。 王家の責任をまっとうすれば良いだけの事。 お前と朕の一番の違いが、お前には分かるか?」


 ヨークはカエレムを見つめながら、考えを巡らせている…… しかし正解だと思える答えは見つからない。


(違いとは何だ? 私は、全て上手くいっていたんだ!  いや…… マリアン! あの女のせいか!? )

 

 カエレムは、見当違いな考えをしているヨークを嘲笑った。


「は? 分からぬか? それはなヨークよ。 お前は所詮、守られた高い場所から命令をしていただけだからだ。 長い歳月をかければ、そんな浅慮ごとき、所詮破綻するしかないと言うのに 」


「ふざけたこと! 私の立場なら、それは許されるのだ。 私は、王家の血を色濃く継いだのだからな! 」


「今まではな…… だが、ヨーク… お前と朕の立場を入れ替える為とはいえ、余りにも多くの命を奪い過ぎたな 」


 そこまで言うと、カエレムはヨークがひた隠しにしていた弱点を抉った。


「ククク…… それにしてもヨークよ。 我が父王の優秀さは、弟であった、お前の劣等感を煽ったか? 」


 ヨークは、それまでの余裕そうな態度に、小さなヒビが入った。

「お前如きに…… 何が分かる? 」


 カエレムは、ヨークの話を聞く気など全くない。

「ヨークよ、お前は可哀想な奴だよ…… 劣等感からは逃げられず、結局はお前自身の行いで、家族や一族から距離を置かれたのだからな。 いや、捨てられたと言うべきか?」



 年老いたヨーク公爵から、表情が消え失せると白髪混じりの汚い無精髭から、(おぞ)ましい声を漏らした。


「捨てられた…… だと? 」


 カエレムは薄く笑った。

「元ヨーク公爵家の者達を、ここへ! 」


 ヨーク公爵の妻と一人娘が、後ろの扉から静かに入ってきた。

 二人はゆっくり歩いて、ヨーク公爵の隣に少し間を空けて立ち並んだ。


「お前たち…… 」

 ヨークが声を掛けても、二人は反応しなかった。


 カエレムが、二人に声を掛ける。


「お前たちは、ダミアン・ヨークとは縁を切ると申した。 また、ヨークの犯した数多の罪に、何一つ関与していない事も証明された。 朕は罪なき者、この王国の秩序を守る者の命までは奪いたく無い。 よって、爵位を返上し修道女になる事で、命だけは助けると約束しよう 」


 ヨーク公爵家の一人娘は、今まで父の命令を守らなくてはならなかった呪縛から解放されて、喜びの涙を流し頷いた。

 妻だった女は、一度は親戚だった国王陛下カエレムに、発言する許しを求め、許可が降りるとゆっくり話し始めた。


「国王陛下のご温情に…… 娘共々感謝申し上げます。 私も娘も…… 夫ダミアンから、家族の愛情を受けずに終わりを迎える事となりました。 今から思っても、最初から最後まで、一度も本当の家族には、なれなかった…… 」


 最後にヨーク公爵に顔を向けると


「貴方は、可哀想な人だわ 」

 侮蔑を込めた一言だけを告げると、国王陛下カエレムに顔を戻した。


 ヨーク公爵は、愕然と〈元〉が付いた妻と娘を見つめていた。



「ヨークよ。 もう『ヨーク公爵家』は、この世には存在しない…… 」


 ヨークは虚に、発言をしたカエレムを見上げた。

 己の…… 今の立場に、救われない未来がはっきりと見えた様だった。


「そうか…… ハッ、最後は呆気ないものだな。 本当に… お前は、兄上にゾッとするほど似てきたな…… 気優しげな様で、中身は頑固で豪気な所も…… だがカエレムよ! よく聞け! 最後に叔父として、忠告をしてやろう。

 優しさなど、唯の偽善にすぎないのだ。

 お前の気弱で中途半端な優しさが、時に犠牲者を増やしたのだからな! ふん! なにより…… お前は結局のところ、次代も残せず、終には王家の血筋を絶えさせたのだ! 馬鹿め!! ワハハハハハ!! 」



 その時だった。


「果たしてそうでしょうか? 」


《 貴族裁判 》の最初から、国王カエレムの傍らに仕えていた、エドが発言した。

 余裕そうに、口元に笑みを浮かべた国王カエレムは、エドを見つめ悪戯が成功したかのように発言を許可した。


「流石に我慢ならぬか? 良いだろう、()()()()() 」


 ヨークは顔面が蒼白になり、エドワードを凝視した。

「エ、エドワード…… だと? 」


 全ての視線が集まる中、エドワードは真っ黒なカツラを剝ぎ取ると、パルムドール王国の国王継承の象徴でもある、黄金の混じった赤毛を露わにした。


 どよめく謁見の場。


「残念だったな、ヨーク。 私は、陛下の本当の血を分けた実子なのだが? 幼子の頃、何度か会ったと聞いているが? (つい)でに言わせてもらえば、母上も生きている。 17年前の馬車事故は、偽装だったのだからな 」


(そんな、馬鹿な! あの後、確かに馬車事故は検証したはず!! )

 ヨークは、怒りと苛立ちから攻撃的に床を踏み叩いた!


 参加していた優良貴族達は、王太子と王妃が生きていた事に、喜びを隠しきれないでいた。

 

 一方、ヨークに加担した者達は、呆然と絶望がない混ぜになった顔をして、力無く項垂れた。


 カエレムは冷徹な目を向け、最期の通告をした。


「最後まで反省なしだったな。 叔父上、残念だよ。 犯罪者ダミアン・ヨーク!

 ・・・

 其方は明日、ギロチン刑に処する!

 この王国きっての罪人には、酌量の余地は無い。 刑のその刻まで、独房に捕らわれよ! そして、この場に居ないマリアンにも、パルムドール王国全ての民達を騙した重罪によってギロチン刑とする!

 数多のヨークに加担した者達は、罪の重さを鑑みて極刑から貴族席剥奪、そして領地の没収とする。 その他の官僚や使用人は公正な法の下に裁きを下す。連行せよ! 」


「ああ…… そんな国王陛下、お情けを! 」

「陛下! 私達はヨークに騙されたのです! 」

「そうなんです、陛下! 私達は脅されたのです! 」


 辺りは騒然として、優しかった陛下に縋る声が続々と謁見の場に響いた。


 そんな時、ポートリア公爵と次期公爵アウデオ、そしてシンシアが会場に入ってきた。


 ポートリア公爵の威圧感のある声が、全てを黙らせた。

「お前達、散々甘い汁をヨークと吸っておいて、今更命乞いか? 陛下とエドワード王太子は、長年に渡り、貴様らの確たる証拠を押さえている。 言い逃れなぞ、見苦しいだけだと思うが? 」


 ポートリア公爵家の私兵達と清廉であったおかげで王城に残った仕官たちが、多くの資料を運んで来た。

 もう、言い逃れが出来ないと察した者達は気絶をしたり、下着を漏らして引きずられるように連行されて行った者までいた。


 そして最後に、椅子に縛り付けられていたヨークの縄が解かれる。

 椅子からよろよろと立ち上がったヨークを、新たな縄で後ろ手を縛り、残りの紐は首に巻かれて連行されようとした、その時だった。



 うおおおおおおお!!!・・・・・・


 突如として、外から民衆達の激しい怒号が聞こえてきた。


 ヨークは一瞬たじろいだが、眉間に皺を寄せ苦し紛れな声を漏らした。

「ちっ、愚民どもが…… 」


 

 国王カエレムは、最期にヨークがとった虚勢こそ、己を守るための自尊心である事を分かっていた。


 

 





 

 挿絵(By みてみん)

 ダミアン・ヨーク





最後まで読んでいただきありがとうございました。

とても嬉しいです。


ヨークとの重たい決着はついたようです。

明日は2話投稿します。

もう暫くざまあにお付き合いください。

楽しく読んでいただけるように頑張ります。


よろしければブックマークの登録と高評価をお願いしますm(__)m。


そしてこれからの励みになりますので

面白ければ★★★★★をつまらなければ★☆☆☆☆を押して

いただければ幸いです。

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