◆ エドワードとアンドリューの対峙
アンドリューは自分が愛していた…… いや、愛していると思っていたリリアンの、激しく取り乱した態度に、精神がズタズタに切り裂かれた様な激しい痛みを感じていた。
(あれが…… リリアンの本性なのか。 母上も…… )
たった今ーー
知ったばかりの実父が… 目の前で葬られ、心から信じていた母マリアンとヨーク公爵の裏切りは、アンドリューに激しい目眩と耳鳴りとして襲いかかってきていた。 猛烈な吐き気に止まらない冷や汗がアンドリューを包み込むと、思わず頭を抱える様にして蹲っていた。
ガチャリと鍵を開けるポートリア次期公爵のアウデオは、アンドリューを一瞥して牢から引きずり出した。
アンドリューも朦朧とはしていたが、連れ出された後は素直に従った。
アウデオの後ろを、覚束ない足取りで付いて行くと、地下牢のあった円形の塔から出て来た。
(眩しい…… 一体、どこに行くのだ? )
アウデオは城の外れまで来ると、今は誰も使わない小さな古城の、とある部屋の前に来て足を止めた。
「お連れしました…… 」
部屋の主人に一声かけ、アンドリューを部屋へ入る様に促した。
「アンドリュー 」
そこには、かつらを取りさって、父王と同じ赤黄金の髪のエドワードとシンシアが既に待ち構えていた。
(この声はエド…… エドが本当の王太子で、生きていたのか? )
アンドリューは、思春期から父王に反抗心が芽生えていた。 だが本来は、憧れ大好きだった父王と同じ、赤黄金の髪を羨望の眼差しで見つめた。 しかし反面、何故自分がエドとシンシアの前に連れて来られたのか、理解ができず戸惑っていた。
(もう地下牢から一生出る事など無くて…… あとは、処刑されるだけだと思ったのに…… )
諦め絶望したアンドリューの顔を、痛ましそうにシンシアは見ていた。
もとより本来の王太子だったエドワードは、威厳を放った態度でアンドリューに声をかけた。
「アンドリュー…… 最後の話でも、しようか 」
ドックン!
アンドリューの鼓動は、心臓の奥に微かな痛みを与えた。
(最後の…… 話? …… ならば… この話の後に、私は死ぬのか…… それなら… もう、どうせ死ぬのなら…… )
アンドリューは、薄笑いを浮かべた。
「…… 面白かったですか? 侍従のフリをして…… 全てを知り、掌で踊る私を見て…… さぞや、面白かったでしょ!? 」
「お前は! 」
怒りに顔が歪むエドワードを、シンシアが止める。
「アンドリュー様。 いえ、アンドリュー。 また…… 怒鳴り、自身の過ちに、投げやりになるのですか? 」
シンシアに目をやることは無く、アンドリューは何とか立っている足下を見つめ、力無く声を出した。
「お、お前こそ。 何故そんなに、落ち着き払っているのだ…… 」
シンシアはゆったりと、一呼吸置いた。
そして凪のような目で
「怒鳴ってばかりでは、何も解決などしませんわ。 それは脅しと、何も変わりありませんから。 少し落ち着いて、泰然と構え、談話するだけで、良いこともあるのですよ。 事と次第によっては、勝手に良い方向へ行くことすらあるのですから 」
アンドリューは今度こそ、シンシアを見つめ…… 信じられない、と声を上げた。
「そ、そんな都合の良い話など、ある訳がない…… 」
尚もシンシアは、説得でもするかの様に、アンドリューに畳みかける。
「ええ、そうでしょうね。 全てがうまく行く訳ではありませんわ。 だから、精査が必要なのではありませんか? あなたは、本来頭が良いのに…… その時々に精査もなく、ご自分の都合の良い方へ、向かわれてしまいました。 その結果が…… 」
「せ、精査…… 」
アンドリューは、言葉が詰まった。
でも最期ならと、今度はエドワードに疑問をぶつけた。
「どうして? どうして、こんなに長い歳月を、かけなくてはならなかったのですか? すぐに、ヨークを滅すれば良かったではないですか…… そうすれば…… そうすれば、私は…… 生まれてこなくて、済んだのに……くっ! 」
エドワードは首をはすに構えて、アンドリューを見た。
「お前は父上や、母上の…… 私たちの苦労など、考えもしないのだな。 父上はな、敵対するヨーク公爵との、力の拮抗を鑑みたのだ 」
「ち、力の拮抗? 」
「…… あの当時。 父上が強権政治として、力でねじ伏せたとしても… 強すぎる力は民衆達には 、恐怖にしか写り得なかっただろう。 それは父上の望む、王国の在り方では無かった。 あの当時の父上と母上には、ポートリア公爵家と幾つかの貴族家達だけが、心から信頼できる味方だった。
逆を言えば、他はヨーク公爵の気配を探らなくてはならなかったのだ 」
エドワードはそこまで話すと、シンシアを見て手を握った。 シンシアもエドワードを見返し力強く握り返して、にっこりと微笑む。
エドワードはシンシアへ一度頷くと、アンドリューへ目をやった。
「何より父上は、母上と私を守ること…… 最後の決断は、それが後押しになったのだ。 長年に渡り、父上も母上も苦しみを耐え…… ポートリア公爵家に預けられた私も… そしてシンシアだって…… それぞれの場所で踏ん張り、励み、耐えて来たと言うのに! 」
アンドリューはフルフルと小さく首を振り、震えていた。
エドワードは、真っ直ぐにアンドリューを見据えて、何かを考えさせようとするみたいに、尚も畳み掛ける。
「お前は、誰かを恨むより、己の甘い考えが招いた事だと理解するのだ! いいか、アンドリュー。 この全ての『大きな結末』の一助となり、『悪事の終わり』を迎える事が出来たのは、皮肉にも…… お前が婚約破棄した令嬢達が、余りにも優秀すぎた事によって、もたらされたのだ。 他国から、強力な証拠や援軍を連れた味方が我らの…… 次へと進む道を、明るく照らしてくれたのだから 」
(私が… 婚約破棄した、令嬢達が?… )
もはやアンドリューは、何も言葉を発する事など出来なかった。
余りにも考えが遠く及ばなかった……
アンドリューでは、とても人知が及ばなかった、遥かに規模の大きかった話に…… 飲み込まれそうになっていた。
(婚約破棄した令嬢達が…… 私の過ち…… 精査すること…… 精査…… )
そこまで話が終わると、アウデオはまた、抜け殻の様なアンドリューを連れて、部屋を後にしたのだった。
部屋に残ったエドワードとシンシアは、アンドリューの去った後を見つめていた。
「これで少しはあいつに伝わったかな 」
「ええ、エド。 頭の良いアンドリューなら考えるわ。 今までの自分がした行いを。 今から アウデオ叔父様が、アンドリューへ…… 重たいツケを課すけど…… アンドリューに乗り換えてほしい。
それに打ち勝ち未来へ…… 」
「進めると良いのだがな…… 」
まるで、自分ごとのように感じたエドワードとシンシアは、口の中に鉄の味が広がるような錯覚に陥ったのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
とても嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
楽しく読んでいただけるように頑張ります。
よろしければブックマークの登録と高評価をお願いしますm(__)m。
そしてこれからの励みになりますので
面白ければ★★★★★をつまらなければ★☆☆☆☆を押して
いただければ幸いです。




