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◆ 全てを見抜くモアナ


 馬車からの移ろいゆく景色を見ながら、モアナは小さく呟いていた。

「 デルドラド王国へ来たのは、もう何度目かしら…… 」


 モアナの母は、このデルドラドの現国王の妹だった。

 このデルドラドの王太子とは、幼馴染の腐れ縁で、モアナは幼い頃から事ある毎に、よく揶揄われていた。


『 お前は本当に小さいな? どうして我が王国の血が混じったお前が、そんなに小さいのだ? 』


 小さい、小さいと…… 顔を合わせる度に言われていれば、モアナがデルドラド王太子であるエリックを嫌いになるのは…… 至極当然の事だった。



 それが3年ぶりに会ったエリックは、モアナを見ると一段と大きく目を見開き、一言呟いた。


「そ、育ったな…… 」

 明らかに目は、モアナの胸をガッツリと覗き込んでいる。

 

 カリフはその言葉と態度に苛立った。

 モアナはエリックに向かって、嫌味混じりに言葉をぶつけた。


「 残念だわ。お兄様も、下品に磨きがかかりましたわね……見苦しいくらいに…… 」


「 くっ!モアナ…… 言わせておけば…… 」


 デルドラド国王陛下は、久しぶりな二人のこんなやりとりを微笑ましく見ていた。


「 モアナ、長旅で疲れたであろう。 部屋を用意したから、身体を休めなさい 」


「 はい、お祖父様…… 」


 この城に来て…… 初めて、モアナに王家の血が繋がれていると知ったカリフは、呆然として、ただ…… 従うことしか出来なかった。


 カリフの様子を見たモアナは、告げ忘れていた事を失念していたと、今更ながら後悔した。


「 カリフ様、後で。…… 後で、お話しをします…… どうか、お許しください …… 」


 カリフは自分の態度が、モアナに気を使わせてしまったと、慌てて誠実に言葉をかける。

「 大丈夫です。 私もモアナに…… 気遣わせてしまったね 」


 モアナはフルフルと首を振って、後の約束をした。


 婚儀前のカリフとは別室になる。


 一度はモアナも…… 部屋に向かおうとしたが、どうしてもカリフの事が気に掛かり、戻って来てしまった。


「 メアとデル。 ごめんなさい。 少し、二人きりにしてね 」

 カリフの部屋の扉を叩くと、返事も待たず入っていった。


「 モアナ? 」

 モアナは勢い良く、カリフの胸に飛び込んだ。

「後でお話するなんて駄目でしたわ! 今、ちゃんとカリフ様にお話しして、分かっていただかないと駄目だったのに…… このままカリフ様に、不安な夜を…… 過ごして欲しくないから…… 」


 カリフはいつものように、優しく笑ってモアナを受け止めた。


「私はモアナを信じてるよ。 正直少し…… いや、結構驚いたけど…… モアナの態度が、私を安心させてくれるから…… 」


(はう…… 笑顔の大洪水ですわ! 溺れてしまいそうです…… )


 モアナは、抱きついたカリフの優しい心臓の鼓動を聴きながら、話をした。

「 …… カリフ様…… 私の母が、現国王の実の妹ですの。 ですが、私も母も王位継承権は放棄しております。 決して、カリフ様に害が及ぶ事はありませんし、いかなる圧力もございません…… どうか、安心してくださいませ 」


 腕の中で、不安そうにしているモアナをカリフは優しく見つめた。

「 そうなんだね…… 私としては…… 正直、侯爵家でも…… 持て余しているからね。 モアナには、情けないところばかり、見せているね 」


( はう…… 苦笑いも好物ですわ )


「 カリフ様…… 突然の事に聞こえるかも知れませんが、そのうちに…… お話しするつもりでしたの ……そのう、もし…カリフ様さえ宜しければ、我がリッチ侯爵家へ…… お迎えしたいと思うのです…… 偏に私の我儘ですけれど…… 」

 

 カリフはギョッとして慌てた。 だが、徐々にモアナの言葉を正確に理解して、落ち着きを取り戻していた。


「 …… そうだったね。 モアナは一人っ子だった。 私は伯爵家の三男だから…… 何も不服は無いよ。 寧ろ私で、良いのだろうか? 」


 モアナは甘えるように、カリフに腕を回した。 ギューっと力を込めて抱きしめ、また更に、少し怒ったように力を込めた。


「 私は、カリフ様だから良いのです! どんな事があっても…… 私は、カリフ様でないと絶対に嫌です。 いつでも…… カリフ様とトロトロに溶けあって、一つになりたいと思っているのです。 本当はひとときも…… 離れたくありません! そんな欲張りな私は…… 嫌ですか?」

 

 いつもは、高貴なレディーのモアナが己の欲を吐き出すような言葉を、真っ赤な顔で告白してきては、カリフの理性もブツリと途切れる。


「ああ…… モアナ…… 」


 カリフの両手が、モアナの頭を髪ごと掴むと野生的に顔を近づけた。

「嫌じゃない。嫌な訳がない! モアナなら、いつでも…… どんな時でも…… モアナの全てが欲しい…… 私もモアナが良い……モアナだけだ…… 」

「ん… んう…… 」

 カリフの最後の言葉と共に…… とびきり深い口づけは、モアナの吐く息までも奪った。


(はう…… 頑張って、調教した甲斐がありましたわ…… こんなに激しいキスと…荒々しい手付きまで覚えて…… 堪らない…… )



 それから…… ある程度、話というか、イチャイチャが落ち着いたモアナは、外で待たしていたメアとデルに、今度こそ部屋に戻る事を告げた。



 モアナは慣れた王城を歩いていると、不意な様子が気になり、目を留めた。

 それは普通なら…… 普通の人なら気がつかないほど、些細な事………。


(おかしいわ…… 何故、この城のメイドや侍女達は、初めて会ったはずのポートリアの侍女に、親しみを持っているのかしら……)


 流石に、メアとデルの表情は変わらない。

 だが、デルドラドの城の者達は…… 僅かに顔色に、親しみを消せないでいる。

 モアナはここで、小さな疑問の芽が膨らんだのだった。



 モアナの部屋の前では、王太子エリックが待ち構えていた。


 モアナは、またもや舌戦が始まるのかと身構えたが、3年も会わないでいると、やはり王族としての立場を優先して、先程が嘘の様に鳴りを顰め、立派に振る舞うエリックだった。


「モアナ、久しいな。 先程は懐かしさのせいで、婚約者のいる前でする態度では無かったね。 少し話がある。 部屋に入れてもらえるかい? 」


 こんな態度に出られると、モアナもしっかりと貴婦人の体をなす。


「 はい…… それでは、お入りください 」


 王太子妃になり得るほどの教養と所作のモアナに、エリックは心の中で感服していた。


( モアナは昔から…… 品位も知性も備わっていたが…… 婚約者の手によって、より美しくなったのだな )


 幾ら客人でも、今の部屋の主人はモアナである。 早速主導権を持って、エリックに質問した。


「それではお兄様、お話とは何でしょう?」


 エリックはモアナが連れた、侍女のメアとデルに合図をした。

 そして唐突に話しかける。


「 君達はこの後…… どうする? 」


「 えっ? 」

 モアナは、その質問の意図が分からなかった。


 メアとデルは、エリックとモアナを見つめ


「 恐れ多くも申し上げます。 私達は無事に、モアナ様をこの王国へ送り届けました。 これから直ぐに、パルムドール王国へ、帰らせていただきたいと存じます 」


 モアナは頭の中で、理解が出来ないことを嫌い、素直に質問をした。


「 どういう事でしょう? メアとデルはこの城に、何度か来たことがある様ですし…… 何故、私を送り届けたと…… お兄様に言うのでしょうか? 」


 エリックが今度は、モアナの言葉に反応した。

「 モアナ、何故…… メアとデルがこの城に来たことがあると、分かったのだ? 」


 モアナはそんな事かと

「 この城の者達が、メアとデルに親しみの目を向けていました 」


 エリックは頭を抱えて

「 はあ、我が城の者達は、まだまだだな…… 」


 ほんの数言のやりとりなのに…… モアナはこの状況で考えられる、最悪な事が頭の中をよぎった。


「 シンシア様……?」


 モアナは侍女達二人に、的確に質問した。


「 我が王国の暗部が動いているのですね。

 私の急な他国への訪問…… そういえば、イヴァンヌ様も急な出立でしたね。 何か……シンシア様に守られている様ですが…… 何があるのでしょう? 」


 メアとデルは息を呑んだ。


ーー想像以上に頭の切れるモアナに、何も言わずに置くべきか……


 ポートリアの優秀な暗部侍女達に、エリックが救いの手を差し伸べる。


「 モアナ、そんなに責めた言い方は良くないな…… 二人はね、偶然ではあったが…… ポートリア公爵と我が国に滞在していたことがあるのだよ 」


「 お兄様、それは初めて聞くお話です 」


「 そうだろうな、パルムドール王国の亡き国王の弟だったか? そのヨーク公爵が雇い入れた、我が国の徴兵を追って、ポートリア公爵の一団が来た時だった 」


 モアナはエリックの表情を窺いながら、話に集中した。


「 はあ、…… モアナが来る道すがら、大きな時計台が新たに建っていただろう? あの竣工記念に、父王が参加されたのだが…… その時…… 国王暗殺を狙う輩がいたのだ 」


 モアナは先程会った、国王陛下の顔を思い出して「ひゅ」と息が漏れた。


 エリックが話を続ける。

「 本当に偶然だったのだ…… 父王を、3カ所から矢が狙っていた。 それをポートリア公爵が、いち早く気付いてくれた。 尚も倒しては、一名は生存したまま捕らえ…… 自供させて、証拠も押さえてくれたのだ。 そのおかげで、その国からは暗殺を企てた貴族の首と、大量の賠償金をいただいたのだよ。

 ははははは…… はは……は……… 」


 モアナは母親の国が、思ったよりぬるま湯に浸かっている様で…… 情けなくなった。


 モアナの顔色を見て、エリックはバツが悪そうに話す。


「 そんな顔をしてくれるな…… 私も話しながら情けなくなっている。 だが、それからポートリア公爵家から色々と習っているのだ。…… 我が国にも暗部を置き、兵達も鍛え直している 」


 モアナはやっと、この城の侍女達に対する態度に合点がいった。


 だが、

「 お兄様…… でしたら、このデルドラド王国は…… ポートリア公爵に借りがあるのですね…… しいては、我がパルムドール王国へも…… 」


 エリックは流石だと、懐から書状を出した。


「これが、証拠になるだろう。 メア、デル。 我が国にも、ヨーク公爵と絡んで、悪さをしていた貴族や商家が見つかった。 必要なら、我が王国の兵達も連れて行け。

 我がデルドラド王国は、パルムドール王国とポートリアに味方し… 恩を返そう… 」


 流石に匿われた、モアナとカリフが帰ることは許されなかった。


 メアとデルが幾人かの兵を連れて、証拠の書状を持ち、パルムドール王国へと急ぎ、帰っていった。




 二人を見送ると、モアナはエリックへサッと手を出した。


「 何? モアナ 」


 モアナは深く溜息を吐くと、

「 お兄様、控えてあった、複写の調書を出してください 」


「 なんだ今頃。 もう片付いただろ? 」


 モアナはしらけた目を向け

「 片付いたかどうか、私が確認しますわ。 さぁ調書を 」

 受け取った調書をパラパラとめくっては、次々に順番を変え、机に並べていった。 お妃教育として、自国の貴族籍と年鑑は、ほぼ全て頭に入っていた。

 モアナは時系列で、違和感のある人物を自分の記憶で繋がる限り繋げて、未だ残された囚人から一人を割り出した。


 


 それから。

 エリックとモアナ、そしてこのデルドラド王国に誕生した、新たな影達が地下牢に居た。


 モアナが蠱惑的に…… ある囚人へと、声をかけた。

「 あなたが…… マーチン様? 」


 既にうつらうつらと微睡んでいたマーチンは、思い掛けない女に声をかけられて、意識がハッキリと浮上した。

(確かこの女は…リッチ侯爵家の娘だろ?)


 マーチンは元々、ヨーク公爵の右腕だった男で、本来なら切れ者だったはずだ。


「 貴女は…… 誰ですかな? こんな美しいレディーに声をかけていただけるなんて。 些かこの場所は不粋ですがな 」

 へらりと笑い、四十を超えている小汚いマーチンは、モアナを甘く見ていた。


「 ふふふ。マーチン様、上手く逃げ出せたおつもりですか? ヨーク公爵から 」

 

 余裕そうだった顔が、ギクリとする。

「 な、何を? 私は砂糖の不正取引で、この王国に囚われたのですよ 」


 そんな話を、端からモアナは信じない。

「 長年に渡り…ヨーク公爵家に仕え、ましてや裏取引までしていた方ですもの。 そろそろヨーク公爵家に迫る、パルムドール国王やポートリア公爵家の本気が分かったのでしょうね? このままヨーク公爵と共に断首されるより、裏取引で捕まった方が罪は軽いですものね。 ましてや、貴方は厳しい隣国で捕まるで無く、わざと緩いこの王国で捕まったのでしょ? 」


 マーチンは密かにヨーク公爵家から離れる為に、わざと比較的温和なデルドラド王国を選んで捕まったのだ。

 全てを見透かされたマーチンは、己の末路を悟り、ガクガクと震え…… 顔からは正気が消え失せたのだった。


 モアナとマーチンのやり取りを見ていた王太子エリックは、只々見守る事しか出来なかった。


( そういう事だったのか! 流石はモアナだ…… 恐れ入る…… )


 優雅に最後の沙汰をエリックに託した。

「 お兄様には、もう一人罪人を…… パルムドール王国へ送還してくださいませね 」


「 そ、そうか。分かったぞ! モアナ 」

 返事だけは良いエリックに小さく溜息を吐くモアナ。


 事が済むと、モアナはゆったりと地下牢を後にした。 残されたエリックは、無意識に言葉がダダ漏れて…… ポツリと呟いていた。


「 モアナこそ寧ろ…… 我が国の誰よりも……王族らしいなあ…… 」

 

 普段のモアナは、誰よりも慈悲深い。 しかし、このデルドラド王国の王族は…皆、知っている。

 怒らせたモアナの懐には、魔王すら手懐けて飼っているのではないか…という事を……



ーーそう。決して怒らせてはいけない…(モアナ)


 エリックは佇んでいた地下牢から、地上に顔を向けた。


( 婚約者カリフ殿…… 幸運を祈るぞ!

決して、モアナを怒らせては駄目だからな)


 客室にいたカリフは、何故だか…ぶるっと寒気がするのだった。





気がついたらモアナは肉食女子になっていました。カリフも段々オスの本性に磨きがかかりそうです。


段々と後半に進みます。

楽しく読んでいただけるように頑張ります。


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