◆ イヴァンヌの決心
イヴァンヌはエリオスの部屋から急いで出ると走って船室の地下へと向かっていた。
思っていたより傷付いた心が悲鳴をあげていた。
泣き顔を誰かに見られるなんて自分の小さなプライドが許さなかった。
(どこか!誰もいないところは?・・・もうやだ!もういや!こんな船旅なんかしなきゃ良かった!)
心の中は先ほど過ぎ去ったはずの嵐が再び去来している。
我慢しても涙が後から後から溢れてランドリールームを見つけると急いで飛び込み直ぐに鍵をかけた。
「ふっ・・・うっ・・・うっ・・・うう」
近くにあった洗いたてのシーツを鷲掴むと身体を包みクシャクシャの顔も隠した。
ランドリールームの前ではリナが大人しく待機してくれている。
イヴァンヌはそれを知っているから・・・
(ごめんね、リナ。もう少し泣いたら、いつもの私に戻るから・・・セダム王国に着いても船からは降りない・・・このまま帰ろう。エリオスの顔なんか二度と見たく無い!)
だがそこに
「イヴァンヌ・・・私だ。開けてくれ」
後から追いかけて来たエリオスがランドリールームの前で声をかけてきた。
「嫌です」
イヴァンヌの拒絶の声・・・。
「ふー仕方ない」
エリオスはこの船の所有者でもある。
この船の中でエリオスに入れない場所は無い。
止めようとするリナを侍従が抑え込んだ。
エリオスが突然入ってきた。
「なっ!」
イヴァンヌの泣き顔を見てエリオスは大きく傷付いた顔をした。
「イヴァンヌ、すまなかった。私の心が・・・本心か不安だったのだ。国王としていい加減な気持ちでイヴァンヌを娶るわけにはいかなかったから・・・イヴァンヌの傷ついた顔や泣き顔は私の失態だ・・・本当にすまなかった」
シーツに包まれたイヴァンヌの前で両膝をついてエリオスが謝っている。
イヴァンヌは王家のものが易々と頭を下げる事など無いと幼い頃から嫌と言うほど教わり味わってきてもいる。
それなのにエリオスはイヴァンヌに許しを乞うている。
「へ、陛下・・・」
エリオスはイヴァンヌの手を握り自分の頬に当てながら
「イヴァンヌ・・・愛しているのだよ。もう試す様な事は言わないし絶対にしない・・・信じてもらえるように尽くしていくから・・・どうか私の元に嫁いでくれ」
イヴァンヌは目を見開きエリオスを見つめる。
「いや・・・です」
握られた手を自分の元に戻して立ち上がった。
ランドリールームの前を二人かがりで押さえ込まれているリナを見て冷淡な声が漏れる。
「リナを放して・・・貴方達は私の大切な人達になんて事をしたのです」
怒りのオーラを放ちながらもイヴァンヌは美しかった。
エリオスは想像を遥かに超えるイヴァンヌの怒りに自分の傲慢さを反省した。
(愛する人にするべき態度では無かった・・・)
「お前たち、放せ」
侍従たちはリナを放すとイヴァンヌとリナは自室に帰って行った。
それからイヴァンヌは部屋から一歩も出なかった。
食事もエナかリナが取りに来ては3人で部屋の中で摂っていた。
「イヴァンヌ、ここを開けて顔を見せてくれないか?」
何度となくエリオスがイヴァンヌを訪ねてきた。
「・・・・・・」
「イヴァンヌ、頼む。顔を見て話がしたいんだ。直接、顔を見て詫びたいのだ」
イヴァンヌの小さく、か弱い声が聞こえてくる。
「陛下はどの部屋でもこの船の中は自由に開けられるではありませんか?何故、わざわざお尋ねになるのです?」
「くっ・・・そうだね。でもイヴァンヌの気持ちを聞く前に私は暴走しすぎてしまった。イヴァンヌが怒るのも当然だ。本当にすまなかった・・・だからどうか顔を見せてくれないか」
「・・・陛下、私達はセダム王国に着いても船から降りず、そのままパルムドール王国へ帰ります。もう放っておいてくださいませ。さようなら」
「イヴァンヌ!」
それからイヴァンヌは一切の言葉を発しなかった。
二日後、セダム王国の港町アジュに着いた。
遠慮がちに船室の扉を、叩く音がした。
コンコンコン。
エナが事務的に答える。
「なんでしょうか?」
「ここはセダム王国アジュの港でございます。船室のお客様には一度降りていただかなくてはなりません」
「その様なお話は聞いておりませんが。このまま出港までこの船室におります」
それでも船員は
「本来ならそれで良かったのですが嵐の為に船の一部が破損しているのです。この船は修理が必要なので違う船に乗り換えてください」
仕方が無いと三人は一度港に降りた。
たった一週間の船旅だったのに地面に降りた足元が少しおぼつかなかった。
身体はまだ船に揺られている様だった。
次の船に荷物を移し出港手続きを済ますと時間まで漁場にある観光客に人気のあるカフェへ入ることにした。アジュの港は溢れるほどの人々がいてカフェに入るにも一苦労だった。
久しぶりに生のフルーツを食べて一息ついた三人。
イヴァンヌはアジュの爽やかな海風を頬に浴びながらも心中はモヤモヤと複雑な気持ちが渦巻いている。
(本当に一言も・・・エリオスと言葉を交わさなくても良かったの?このまま離れても良いの?・・・
でも突然の口付けも試す様な発言も許せない・・・
でも何度も私の元に訪ねてくれた・・・
でも本当にどうしたら・・・)
イヴァンヌにしては"でもでも"だらけのぐずぐずする気持ちを整理できないでいる。
その時、地面が突然揺れた。
そして割れんばかりの大歓声が聞こえる!
「陛下!無事のご帰還おめでとうございます!」
「陛下!ご帰還お待ちしていました!」
「陛下!おかえりなさい!」
「陛下!」
「陛下!」
イヴァンヌ達が声の先を見ると船のタラップからセダム国王エリオスが降りてきていた。
イヴァンヌは民から慕われ歓声が上がる先にエリオスがいた事に新鮮な驚きを持って見ていた。
(エリオスは軽いチャラチャラしただけでは無かったのね・・・なら私にも、もう少し誠意を見せて欲しかった・・・そう思う事は贅沢なのかな?)
一度はエリオスに目を向けたがすぐに思い直しフルーツを食べる事に集中する。
早くここから去りたいイヴァンヌは
「まだ次の船には乗れないのかな?」
エナとリナに話しかけるイヴァンヌ。
二人はお互いに目配せしてイヴァンヌに話しかけた。
「イヴァンヌ様のご意志を尊重いたします。しかし最後に、もう一度確認させてください。
イヴァンヌ様、このまま帰って本当に宜しいのですね?多分、帰るとすぐにお父上が持ってきた縁談で誰とも分からない殿方と婚儀をする事になりますが」
イヴァンヌは食べかけのフルーツをフォークで何度も何度も小さく切りつける。
「・・・うん、もういいわ・・・
帰る事にする・・・」
イヴァンヌの座る真上に突然大きな影が覆った。
影の主人は小さくなったフルーツを摘んで口に放り込んだ。
「美味いな・・・イヴァンヌ」
イヴァンヌは真上にある逆さになった顔がやつれている事にびっくりして急いで席を立った。
今度はちゃんと向き合った顔・・・でもエリオスはやはり、やつれて疲れた顔をしている。
「へ、陛下・・・」
つい心配してしまうイヴァンヌに
「やっと、顔を見ることが叶ったな」
「あ、え、えっ・・・と」
船の中のエリオスとは違い国王の正装で対峙すると、ある種の畏怖の念を抱いてイヴァンヌは心許ない気持ちになった。
だがエリオスはイヴァンヌの手を取り片膝までつくと
「イヴァンヌ、心から謝りたい。すまなかった・・・」
驚いたイヴァンヌは
「おやめください!国民が見ております!許します!許しますからお立ちください!」
急いで握られた手を上げてエリオスを立たせる。
それでもエリオスは
「いや、私の態度は誠実では無かった。
簡単に許さなくて良い・・・
私はイヴァンヌを愛している。
君を誰とも分からない奴なんかにくれてやる気は無いよ。
イヴァンヌには悪いが許さなくても良いから私の隣にいてほしいのだ・・・」
あの時の・・・嵐の中のように二人の周りは静かだった。
イヴァンヌはエリオスの瞳を確認する様に見つめてしまう。
(ああ、本当にエリオスは私の事を・・・)
イヴァンヌがここ何日も考えていた全てのことはエリオスの事だけだった。
帰ると決めたはずの心が何度もグラグラするのは・・・
私も・・・
私も・・・やっぱり
エリオスが・・・
イヴァンヌの瞳に光が戻った。ようやくいつものイヴァンヌに戻ったのだ。
バシッと決める時は決める!
いつものイヴァンヌに。
「陛下・・・エリオス様は許されなくても良いのですか?」
エリオスはイヴァンヌの調子が戻った事が嬉しかった。
「ああ。構わない・・・許されなくても良いから私の隣にいてさえくれれば構わないよ」
イヴァンヌは嗜めるように笑う。
「それでは国民が可哀想です。国王はある意味、欲張りで無くてはなりませんわ。国民の幸せもご自身の幸せも両方望まなくてはなりません!」
エリオスはイヴァンヌの顔を眩しげに見つめる。
「イヴァンヌ・・・」
イヴァンヌはやっと決心できた。
仕方ない・・・
折角、王太子妃候補から逃げてきたけど国王妃になってやろうじゃない!
「陛下、許すのは一度だけですよ」
「イヴァンヌ!」
エリオスはイヴァンヌを力一杯抱きしめてフルーツ味のキスを落とした。
イヴァンヌの初恋にキュンしてもらえましたか?やっぱり優秀な美しいイヴァンヌはエリオスに捕まってしまいましたね。
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