◆ イヴァンヌの留学は船旅で
「お母様、本当によろしいのですか?
どうして急に留学を許可してくださる気になったのでしょう?」
イヴァンヌの的を射た質問に咽せ気味に母は言葉を返した。
「ゴ、ゴホン。それは・・・そう、イヴァンヌが余りにも優秀だからお父様は貴女に期待せずにはいられないのでしょう・・・でも貴女は充分に我が家に貢献してくれたわ。お母様もね、本当に腹が立っているのです。あいつは駄目です!」
イヴァンヌは自分の頑張りを認めてくれた母に今にも泣きそうになった。
「お母様・・・」
「さ、早く行きなさい。でもね、お母様のお願いを一つだけ聞いて。貴女はお供をつけるの。シンシア嬢の侍女のエナとリナよ」
お母様が得意げに紹介してくれるが
「貴女達はシンシア付きじゃ・・・」
「ご安心くださいませ。シンシア様からの伝言がございます。
『イヴァンヌ様、隣国で大物を釣ってきた暁には是非ご紹介くださいね』との事でございます」
ふふ、シンシア様らしい・・・
しかしイヴァンヌは困った顔をして母を見る。出来れば一人で行きたかったからだ。
「お母様・・・どうしても?」
母もそれだけは譲る気が無いらしい。
「イヴァンヌ、一人で国外を出るのは駄目ですよ。お父様の事は母が何とかしましょう。この二人をお供にする事だけが母の条件です」
イヴァンヌは母の気が変わっては困るからと早々に自分が折れる事にした。
「エナ、リナ。どうかよろしく頼みますね」
二人は静かにお辞儀した。
(ん?なんだか、お母様が盛大にホッとした顔をされたような?)
王太子妃の辞退をしてからまだ1週間しか経っていないが、このままこの王国にいて良い事なんてある訳が無い。
父は早々に縁談話を進めている。
婚約破棄された娘にくる縁談など先が読めてしまう。
なにせイヴァンヌはもうすぐ19歳を迎え売り込むなら今のうちだからだ。
エナが改まって質問してきた。
「イヴァンヌ様、どのようにして隣国に参りますか?」
イヴァンヌは憧れを叶える希望でキラキラと瞳が輝いた。
「セオリー通りなら馬車と機関車で乗り継いで行く事になると思うけど・・・私はずっと憧れていた船で海を渡りたいの。セダム王国ならそれが可能だわ」
リナが目を見開いた。
「船でございますか?」
「そう!船の航路は初めてだもの。もう憧れではなくてよ」
エナとリナの二人は目と目を合わせ小さく息を吐くと嗜めるようにイヴァンヌに話す。
「船は些か危のうございます。よろしいのでしょうか?」
自分の提案をすぐには受け入れてもらえず少し頬が膨らむ。
「でも・・・これだけは譲れないのよ。お願いエナ、リナ!」
二人は今度、盛大にハッキリと溜息を吐いて渋々頷いてくれた。
私はあの時の自分を殴ってやりたかった。
「こんなに理想と現実の隔たりがあるなんて・・・」
船の男達は荒くれ者だった。
特段、嫌がらせは無いのだが声がけも態度も乱暴だった。
それでも海風が頬を撫でると自然と笑顔になってしまう。
(船室にいるなんて勿体無い・・・)
イヴァンヌは船が出航すると探検でもするかの様にあちらこちらを見て回っていた。
貴族達は特別室に入り優雅に窓の景色を見ているようだがイヴァンヌは尽きない興味が次々と湧いて最後は大きな甲板に出ると空が海と交わる水平線を目で追っていた。
「お嬢さん、一人?」
突然、薄茶色のサラサラとした髪にライラックの瞳が美しい青年がセダム語で声を掛けてきた。
イヴァンヌはコレが噂に聞く女に言い寄る手口ね、と一切無視をする事に決めた。
「おい、旅は道連れじゃないか。無視は良く無いぞ」
「私は貴方と道連れになった訳じゃないわ」
つい返答してしまった事を後悔するイヴァンヌだったが青年は嬉しそうに話をする。
「なんだ、可愛い声じゃないか。やはりセダム王国に行くの?」
今度こそイヴァンヌは無視して特別室に戻る事にした。
(この人のせいで折角楽しんでいたのに・・・)
すると青年がイヴァンヌの腕を優しく掴んだ。
「おっと、ごめん。しつこく話し過ぎたか。私はエリオスだ。君はまだここに居たいのだろ?私が部屋に戻る事にするよ」
思いがけない提案にイヴァンヌはびっくりした。
「あ、いいえ。えーと、貴方も・・・エリオス様もここにいれば良いわ」
「名前を聞いても?」
一瞬、警戒したが素直に名前だけを言った。
「・・・イヴァンヌよ」
エリオスは口の中でイヴァンヌの名前を転がして呟いた。
「イヴァンヌ・・・」
色気がダダ漏れだ。
なんだか猛烈に恥ずかしくなってイヴァンヌは後ろに一歩下がり、その場から走り去ってしまった。
その後ろ姿をエリオスは捉えどころがない瞳で見つめていた。
船の食事は大食堂で一斉にとる事になる。
イヴァンヌがエナとリナの3人で食事をしているとエリオスと二人のお付きのものが隣に座った。
「やあ、また会ったね。イヴァンヌ」
イヴァンヌは呼び捨てされた事にも隣に許可なく座った事にも驚いて目を剥いた。
エナとリナの二人にも緊張が走る。
「イヴァンヌ様・・・」
「ああ、待ってくれ。二人のお付きの女子達は腕に覚えがあるようだね。私達は怪しい者ではないよ」
イヴァンヌは先程からの軽薄な喋りに
「信じられません」と仕方なく食事を再開した。
こうなったらさっさと食べて部屋に戻る事にする。
エリオスは小さく笑って
「全く可愛い人だ。ところでイヴァンヌ嬢、今宵私と夜のデートをしませんか?」
「「「はあ?」」」
女子3人が一斉に声に出した。
「だよね?驚くと思うよ。安心して欲しいと言うしかないが・・・私は正真正銘イヴァンヌ嬢に手を出したりはしないよ。先程、甲板の場を譲ってもらったから私からは満天の星空の特等席をご招待しよう」
「え?星空・・・」
イヴァンヌの頭に強烈な電気が走った。
本当は遮るものがない海の上で星を見たかった。だが夜の海はイヴァンヌさえ危険であると危惧するしか無かった。
(諦めなくて良いの?)
気持ちがグラングランに動くイヴァンヌにエナとリナが静かに嗜める。
「イヴァンヌ様、駄目ですよ」
そんな3人のやり取りを楽しそうに見ていたエリオスは
「じゃあ、3人で来たら良い。あの星空を見ないなんて一生後悔するよ。約束する、本当に何もしない」
エリオスは真面目な顔で3人を見た。
「エナ、リナ。ごめんね、私どうしても星が見てみたい。この旅で私は諦めた事を取り戻したいの・・・」
エナとリナはイヴァンヌの言葉の重さを知っていたから、それ以上は自分達がお守りすれば良いのだと腹を決めてくれた。
満天の星空はパーフェクトであった。
真っ暗な空と海の境が分からない。
凪いだ海に星が反射するのかユラユラと揺れる船で宇宙空間に包まれているようだった。
「わあ〜!!!
凄い!凄い!凄い!」
イヴァンヌはエリオスに連れられて船長が居る操舵室の上にある小さなデッキへと誘ってもらった。
各自二人のお付きのものはその側で離れず見守ってくれている。
「この世に・・・こんな・・・こんな美しい場所があるなんて・・・」
イヴァンヌは感嘆の声を漏らす・・・
想像以上の美しさを目の当たりにして自然と涙が浮かんでくる。
「ああ、ここは限られた者しか入れないんだ。気に入った?」
「悔しいけど・・・」
「ははは、少しは素直になったか。イヴァンヌと呼び捨てにしても良いかな?」
「今更?・・・でもこの星空のお礼に・・・
この船旅の間だけは許してあげるわ」
エリオスの話し方も瞳も穏やかでつい絆されたイヴァンヌに向かって唐突な提案をするエリオス。
「私の事もエリオスと呼び捨てにしてくれて構わないよ」
イヴァンヌは20年近く一度も色恋に現を抜かした事が無かった。
この甘い雰囲気には恋愛ごとに疎かったせいか居た堪れなさが心地悪かった。
「じ、じゃあ、そろそろ戻ろうかしら?あはは・・・」
「もう?堪能できたの?星空?」
くっ!
本当はまだ・・・
でも・・・
「ここは危ないから一人にはさせてあげられないのだ。私も大人しくしていよう。気が済むまで観ていて、イヴァンヌ」
イヴァンヌはチラリとエリオスを見た後、好奇心のままに星空を堪能する事を選んだ。
エリオスは星空を見るフリをしながらイヴァンヌに目を奪われていた。
(美しい娘だ・・・だが
私はどうして・・・これ程にイヴァンヌが気になるのだろう・・・)
暫くして
「ほぅ」と一息吐いたイヴァンヌ。
自然に溢れた王太子妃となるべく培ってきた気品がイヴァンヌに纏わり付く。
星空と見紛うほど美しく碧い瞳のイヴァンヌはエリオスに向き合うと柔らかに笑った。
「エリオス・・・ありがとうございました」
ドクンッ!
エリオスの心臓が激しく打ちつけた!
イヴァンヌ
エリオス
最後まで読んでいただきありがとうございました。
とても嬉しいです。
イヴァンヌに暫くキュンしてくださいね。
アンサーのエリオス編もあります。
よろしくお願いします。
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