◆ エドとシアの密かな婚約
シンシアはやっと…王太子アンドリューから、婚約破棄を言い渡された。
心も身体も解放されると、背負っていた重荷の大きさが負担だったと…思わざるを得なかった。……シンシアは、羽が生えたかのように、気分が軽くなっていた。
多分? いや、確実に…婚約破棄された場面では、思い切り嬉しさが顔に滲み出ていた事だろう。
(ああ、やっと解放された……)
婚約者の間は王城で過ごし、王太子妃教育をする習わしがあったのだが、王都にあるポートリア公爵家のゲストハウスに戻る事が出来て、尚一層の開放感を味わっていた。
「 はあ……………………… 」
シンシアにしては珍しく、自室のベッドでゴロゴロと寛いでいると、
「シア。ナメクジの様に寛いでいるところを悪いが、エドから手紙を預かって来たよ」
叔父のアウデオがシンシアの目の前で、ヒラヒラと手紙をチラつかせてくる。
「叔父様、意地悪が過ぎます! 」
ほっぺを小さく膨らませながら、シンシアはサッと手紙を奪うと、すぐにペーパーナイフを使い急いで開封した。
シンシアは手紙を読み終えた途端に、困惑顔でアウデオに質問をした。
「叔父様……? 何故か、エドから神殿へ向かうようにと…書いてありますが? 」
アウデオは一瞬、驚いたが…破顔して大声で笑った。
「ははははは…! エドの余裕は消えたようだ。 シア、すぐに用意しなさい。おめでとう… 」
「え? おめでとうって? 」
シンシアは訳が分からず、ただ…言われた通り、サッサと用意をして出掛けようとしていた。
すると、侍女のエナとリナから素早く待ったが掛かった。
「シンシア様…… こちらの衣装をお召しくださいませ… 」
シンシアはいつの間にか用意されていた、小さな白い真珠が散りばめられた…髪色に因んだブルーグレーのドレスを着る事になった。
「こんなに可愛いドレスを……… いつの間に?」
エナは
「 これはエドワード様が送ってくださった、ドレスでございます。神殿へ呼ばれる時が来たら…着せてくれと伝言がございました」
「 エドが?……そう…言ったの? 」
キラキラと明るい日差しの中、シンシアが神殿に到着した。
そこには、国王陛下カエレムとポートリア公爵……そしてエドワードが、既に待っていた。
「エド?……それに陛下やお祖父様も?」
エドが先に祭壇の前に立ち、右手を挙げてシンシアを迎える。
「おいで……シア…」
エドワードは、アンドリューとの婚約破棄が成立したら、シンシアと正式に婚約する事を国王陛下とポートリア公爵に確約させていた。
シアは、俺だけものだ!
美しく愛おしいシンシアを、誰の手にも渡す気なんか更々無い。
苦笑いをする国王陛下とポートリア公爵の見守る中で、今度こそシンシアは嬉し涙を流しながら婚約者としての調印に名を認めた。
ポートリア公爵は、右手を頭に乗せて困り顔で気まずそうに声をかける。
「シンシア……爺さんを…恨んでも良い。
まだ暫くは、二人の婚約もエドの正体も公には出来ない。 もう少し待っていてくれ。
遠くないうちに、決着がつくだろう…」
シンシアは勿論だと、大きく頷きニッコリ笑った。
「陛下は、17年も頑張っておいでです。
今はエドと…婚約が出来たことだけでも…嬉しいのです。だから、待ちますわ! いくらでも……」
勢い良くエドワードが口を挟む。
「 シア……俺は一日でも早く、君を娶りたい! 悠長に、17年も待てられないから! 」
国王カエレムは、この場にいない…妃ローザを憂いていた。
(妃もこの場に居たかったであろう……
二人を妃の分まで盛大に祝福せねばな…)
「それにしても、ポートリア公爵家の孫娘か……色々な意味でも、このパルムドール王国で一番強い令嬢だね。策謀にも長け、下手な軍士より腕もたつ」
それを聞いたポートリア公爵の機嫌が途端に悪くなる。
「陛下、強い事に何かご不満でもあるのかね?」
そんな微笑ましいやりとりを無視して、エドワードはシンシアに優しく微笑んだ。
「シア、行こう」
エドワードはシンシアの手を結んで、婚約調印をしたばかりの神殿を後にした。
シンシアは手を握りながら、先を歩くエドの後ろ姿を見つめながら…やっと、叶った最愛の人との婚約に…胸が一杯になっていた。
(これがエドの言う約束だったのね……
エドを信じて待って良かった……
それにしても、私達を祝福してくれる様な…眩しい日だわ……)
シンシア
エドワード
太陽の眩しい光を、シンシアは片手を上げて遮った。
光に照らされるシンシアを見つめながら、エドワードは片手を胸前に当て、正式な礼をした。
「 シア…… 急に婚約式調印をして、驚かせてしまったね。 陛下と公爵には、俺の気持ちは伝えてあったんだ。 本当は完全決着してからの婚約だった筈なんだが…… 誰かにシンシアを取られたくなくて、俺の我儘を通してしまった。 シアの気持ちはこの前、王庭の蔦薔薇の中で聞いたから……」
「あっ、わ、わ……分かったから。
もう言わないで……恥ずかしい…」
「シア……顔が赤い」
「エドだって……赤いわ」
ーーでも……
シンシアは先程言われた、お祖父様の言葉を思い出していた。
( そうだ、まだ浮かれている場合じゃないわ。 全てを解決して…晴れて、エドとの事が公認されるのだから… )
先の未来に目を向けると、やる事の多さに暗澹たる気持ちとなり…クラリと、揺れる感覚を味わってしまう。
エドにも目の前のシンシアの、やるせない気持ちが分かってしまう。
そっとシンシアの肩を抱いて、自分の腕の中に閉じ込めた。
「シンシア……今だけは、俺達の婚約の事だけを考えても…許されるのではないか?」
「えっ?あ……」
シンシアはより一層、真っ赤になる。
「 はあ、シアが可愛くて待てるのか? 俺は? 」
「 エ、エド?…私は待ったわよ? エドも、もう少し待っていてね。 陛下が次の視察前に…作戦の始まりを告げたら、ひと月の間に全てを片付けるのでしょ?」
(その待つじゃないんだけどな………)
それでも腕の中で…大人しくしているシンシアに、甘い言葉をかける。
「分かってるよ、シア…… ああ……でも、やっと…シアを俺だけのモノに出来た … 」
「!…… 」
モゾモゾとしていたシンシアだったが、覚悟を決めて…エドに向かって、話しかけた。
「エ、エド、私……この、パルムドール王国で…一番強い女かも知れないけど………
この王国で一番! エドの事を愛している、女でも…あるからねっ!じゃあっ!」
シンシアは精一杯に、エドワードへ言葉を浴びせると…耳まで真っ赤にしながら素早く走って、馬車に乗り込み帰ってしまった。
シンシアが立ち去った余りの早業に、エドワードは片手を宙に浮かして…呆気に取られている。
「シア…自分だけ?言い逃げ?…… ずるい、俺も、もっと言いたかったのに…… 」
(ああ… でもそうか……
これから…幾らでも、言う機会がある…)
エドワードは緩くなりそうな口元を、なんとか引き締めて…赤くなった顔を冷ますために、ゆっくりと王城に向かって歩き出した。
そして……
それから半年後、
『婚約者を決めろ』作戦が…始まるのであった。
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