◆ シンシアからの提案
「 それで? シンシア様のご提案とはなんでしょう?」
モアナの瞳が期待を込めて、キラキラと輝いていた。
「その提案には、私の利もあるのでしょうか?」
現実的なイヴァンヌは、とりあえず聞いてはくれる様だ。
いつものイヴァンヌなら、優しく聞いてくれる筈なのに、王太子アンドリューから被られた精神的苦痛は相当なものなのだろう。
私は冷静に、至極当たり前の事として、話しを始めた。
「 先ず、アンドリュー王太子へは、三人でお断りの旨を伝えませんか? 」
「 三人? そんな事は言われなくても、当然ですわ。 私は試験の前から既に、お断りをするつもりでしたもの 」
イヴァンヌの意見に、モアナは同調した。 だが、頬を赤らめながら驚きの発言をしてきたのだった。
「 シンシア様、イヴァンヌ様。 実は私…… このお話をいただいた時に…… えーと、そのう…… これをキッカケとして? 婚約内定をした殿方が出来ましたのよ。 ですから、アンドリュー王太子とのお話は、当然! 断固! お断りしようと思っておりましたの 」
当然! 断固! を強調したモアナに私は注視した。
「えっ? 婚約内定ですって! モアナ様の裏切り者!」
イヴァンヌは素直に悔しがっている。
モアナは頬を染めながら片手を頬に添え、妖艶に微笑むと、落ち着いて説明を続けた。
「 ふふ、やっとですの…… 私、やっと… 意中の殿方と、正式な婚約が整いそうなのです。 まだ、内定ではありますが、アンドリュー王太子へお断りしても問題はない筈ですわ 」
私はまず、モアナから今後の予定を聞けて内心ホッとしていた。 さぁ、後はイヴァンヌの今後を、さりげなく聞かなくては。
二人の会話に割って入り、私は突拍子もない発言をして二人を驚かせた。
「それでは、聞いてくださいませ。 実は私…… アンドリュー王太子へ、破滅のプレゼントを用意しましたのよ 」
「なっ、シンシア様! それ以上は!」
「破滅なんて! 大それた事を!」
「 ご安心くださいませ。 大丈夫ですわ。 この部屋は、我がポートリア家の隠者が周りを見張っておりますから 」
イヴァンヌとモアナは、二人揃って小さく安堵の息を吐いた。
「 驚かせてしまい申し訳ありませんでした。 話を続けますと、アンドリュー王太子は、学業成績が良いのに…… 世間を知らぬ木偶の坊ではございませんか? 何より、ご自分でも気が付いていない癖をお持ちですし…… 」
アンドリューに興味がないイヴァンヌは、寧ろ暗部の話に素直に食い付いた。
「 そうでしたわ! 羨ましい…… シンシア様の公爵家は、代々に渡り暗部を受け持っておりますね。 城の暗部も、元を正せばシンシア様のご実家…… ああ、羨ましい 」
私の家は、先祖代々から王家の影として暗部を受け持っている。
イヴァンヌとモアナは、王太子妃教育の中でそれを知り得たのだが。
「話が逸れましたね。 それで、シンシア様。 王太子の癖って何でしょう?」
モアナはのんびりと聞き返してくれるが、本当は別世界の生き物になど、1ミリも興味がない。
それを私は、苦笑いしつつ話を続ける。
「イヴァンヌ様もモアナ様も分かっておいででしょ? アンドリュー王太子は、この上なくご自身の顔がお好きですよね?」
二人は間を空けず揃って頷く。
「ふふふ、そこで私…… 偶然見つけてしまいましたのよ……」
「 偶然? 」
「 何をです? 」
やっと本気で二人は食い付いてくれた。
「それはですね……… 」
シンシアはここで、柔らかな笑みを零したのだった。
折角二人に食いついてもらったなら、本来の目的を確認しなくてはならない。
そこで勿体ぶりながら、さりげなく話を逸らす。
「と、その前に…… モアナ様は婚約内定者がいらっしゃいますから、すんなりと婚約辞退の話が進むでしょう。 ですが、イヴァンヌ様は、どのような理由でお断りされますの? 」
その質問で、途端にイヴァンヌの顔に緊張の色が浮かんだ。
イヴァンヌは既に…… この話が来た時から、断るための理由と決心を決めていたようだった。 自分の心に秘めた決意を訥々と話し始めた。
「 私は、予てより、隣国に留学したいと思っておりましたの。 まだ両親を説き伏せてませんが、必ずやり遂げて見せますわ。 実際、自分の言語能力を試す良い機会だと思いますのよ 」
私とモアナはイヴァンヌを眩しく見つめる。
「 本当に…… イヴァンヌ様は向上心がありますね 」
このイヴァンヌが王太子妃になっていれば、確実に王国にとって利となっていた事だろう。
「それで? そう言うシンシア様は? 」
自分の心内を話したイヴァンヌは、穏やかに私に聞いてくれた。
私はニコリと頷く。
(二人の今後が聞けた…… これで、次の策戦へ進めるわ)
そして私は、いよいよ話し始めた。
6割が本当で、4割が嘘の計画を…… 。
まず最初は嘘から………
「 私は一時的に、修道院に行くことにしましたの。 今回のお話をいただいた時に 断る理由探しを考えましたのよ。 幸い、我が領地の修道院は、修練する場合…… 俗世から暫く解放されますわ。 それで、下見に行きましたら、偶然、見つけてしまって…… 」
「シンシア様、偶然とは? なにを?」
「何を、見つけたのです?」
ここからは、本当の話を……
「 ええ、それはそれは美しい娘を…… 国王陛下の寵愛する、側妃に瓜二つの娘でしたの 」
「 えっ! 側妃マリアン様は、アンドリュー王太子のお母様ですよ? 」
「 いくら何でも、母親に似た娘に気が向くかしら? 」
私は自分でも分かるくらい笑顔が黒い。
「 そ・れ・が…… アンドリュー王太子なのですよ。 まあ見ていてくださいませ 」
「 と言うと? 」
「 アンドリュー王太子は、良く仰っていたではありませんか……
私の母上のように…… と 」
「「確かに!」」
舞踏会に居れば、自ずと聞こえてくるアンドリューの口癖。
--私が美しいのは、父上が寵愛する母上に似たからだ!
シンシアの説明は続く。
「 アンドリュー王太子は、喫緊に『婚約者を決めるように』と、国王陛下が王命なされましたわ。 私たち三人が駄目なら、誰を連れてこようがパッとしない筈ですの 」
最後の言葉は自分で言って、少し照れるシンシア。
「 それで? 」
イヴァンヌは、話の続きを催促する。
「 我がポートリア領の修道院は、下働きの仕事を覚えると『誓い』を立てさせ…… 半年間は外に働きに出すのです。 もう既に、本日…… リリアンを王太子の目の届く場所へと置きました。 あとはアンドリュー王太子が気付いたら、どうなりますでしょう?」
モアナが心配そうに聞いてきた。
「 それでは、そのリリアンが可哀想ではありませんか? 」
シンシアの黒い笑顔が冴え渡る。
「 それが、割れ鍋に綴じ蓋とは良く言った物です。 アレは懲罰のために、修道院に強制収容された強者ですの。 貧民街にいる時から、盗みや暴力に詐欺などを繰り返していた娘です。 我が領地の修道院に収容され、最低限の教養とマナー…… そして下働きとしての仕事も仕込み終わったところだったのです。 丁度、外に働きに出すタイミングが、偶々王城になったのですわ 」
「 でも…… 今は、改心したのなら…… 」
それでも、尚もモアナは心配そうだ。
イヴァンヌが駄目なら、この優しいモアナが将来の国母になったとしても、この王国は安泰だったであろう。
「 そうですね、上辺を繕う位には改心したような……? 」
即座に察したモアナは黙り、イヴァンヌが苦笑して聞いてくる。
「 心配無用?と……言うことかしら? 」
「 そう言うことですわ 」
モアナは少し釈然としない顔をした。
「これが、シンシア様のご提案なのですね?」
イヴァンヌも、その提案の意図を考えていた。
二人が考え込むなど、最初から織り込み済みだった私は
「このままでは、傲慢なアンドリュー王太子の治世になりましょう。 そうすれば、いずれは民達も巻き込まれてゆくのです。 少し強引なやり方ですが、一度、アンドリュー王太子にはお灸を据えなくてはなりませんでしょ? 」
「確かに…… 今の王城では、国王陛下以外に進言できる者が限られ、アンドリュー王太子の我儘がまかり通る事が往々にありますわね。 このままで良い訳がありません」
「ですが、その大きな負担をシンシア様だけに背負わせて良いのでしょうか? 」
ああ…… やはりお二人が好きだわ。
だからこそ、お守りするのです……
「ふふふ、先ほども言いましたが、どうぞお任せくださいませ。 我がポートリア公爵家の名にかけて 」
モアナとイヴァンヌが粗方の提案を聞き終わると、散り散りに用意された客間に戻って行った。
客間には、静けさが訪れる。
「 良かったわ。二人の今後が聞けて……」
私の手は震えていた。 二人が去った後に、強い緊張から解放されると、ポツリと呟いていた。
「ふふふ、こんなに緊張していたのね… 」
シンシアの家門である、暗部のポートリア公爵家を持ってしても……モアナとイヴァンヌの実家である、侯爵家が隠す鉄壁の秘匿は一筋縄では暴けないのだ。
良好な関係を壊してまでも、円満に穿ることは出来ない。
私は、大切な親友二人の今後を聞くことが出来た事に…… 先ずは心から、ホッとしたのだった。
少しずつ物語が進みますね。
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