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◆ アンドリューと最初の婚約者イヴァンヌ


 アンドリューの反応に気分を良くしたヨーク公爵は続けてマリアンに視線を移した。


(どれ、久しぶりに味見でもするか)


 ヨーク公爵の態度を察したようにマリアンはアンドリューへ部屋に帰るよう言った。

 自分付きの侍女をアンドリューに付き添わせ部屋に残る二人の影。


 ヨーク公爵は部屋の鍵をかけてジロジロとマリアンの身体に視線を這わす。


「マリアン、今も陛下とはイタしてないのか?」


 マリアンはヨーク公爵にしなだれ甘えた声を出す。

「陛下は私がアンドリューを身籠もって寝間を別にしてからは一度もお渡りがありませんの。公務が忙しすぎて若くも役目が立たなくなったと言っておりますわ。でも、その代わり不自由させるからと私の我儘は聞いてくださいます」


 ヨーク公爵はさも愉快なのか卑しい笑いが止まらない。


「ククク、私より遥かに若いのに残念な奴だ。それではお前、身を持て余している事だろう」


 マリアンはヨーク公爵のボタンを一つ一つ外して現れた素肌にゆっくりと指を這わせた。


 ヨーク公爵は面白げにマリアンに好きにさせている。

(全く何人もの男をあてがっても・・・まだ足りぬか・・・)


 マリアンはヨーク公爵に口付けし・・・暗に態度で示したのだった。



 その頃アンドリューはマリアン付きの侍女に婚約者候補のイヴァンヌの事を聞いていた。


「イヴァンヌと言う女は年上で美しくないのか?」


 最初の悲劇は、この侍女がヨーク公爵の手の者だったという事だろう。


「ええ、そうでございます。アンドリュー様、マリアン様より美しいお方を探す事はとても難しいですが・・・いずれは見つかるはずです。諦めずに頑張りましょう。マリアン様もヨーク公爵様もアンドリュー様の味方でございます」


 力無い溜息・・・

「ふぅ、美しくないのか・・・」

 イヴァンヌに会う事を考えるだけで気が重くなるアンドリューだった。



 それから三日後。

 国王陛下とマリアンの立ち合いの下、アンドリューとクリント侯爵家イヴァンヌとの婚約式調印が執り行われた。


 アンドリューはイヴァンヌを見て絶句した。

(えっ?この女は美しいのでは無いのか?私が間違っているのか?)


 それは側妃マリアンも同じ思いだった。


(ヨーク公爵はそこそこの娘だって言っていたけど・・・成長したら末恐ろしい程、整った顔をしているじゃない!)


 国王陛下はイヴァンヌに向けて優しく微笑み慈しみの声をかけた。


「イヴァンヌ嬢は美しくしっかりとした令嬢だ。どうかアンドリューを支え共に助け合いこの王国を幾久しく栄えるよう励んでほしい」


 イヴァンヌはとても13歳とは思えない落ち着きと気品が溢れていた。優雅にカーテシーをして可憐に微笑んだ。

「はい。国王陛下、アンドリュー王太子様と共に励み助け合って参ります」


 国王陛下はイヴァンヌの態度に大いに満足した。


「さあアンドリューよ。イヴァンヌと庭園を眺めに参れ。四阿でお茶と菓子を用意しておいた。ゆっくりとしてくるが良い」


 混乱したアンドリューは父王の提案を素直に聞いてイヴァンヌを庭園へと連れて行った。


 何度もチラチラとイヴァンヌに目をやるアンドリュー。


(父王はこの娘が美しいと言った・・・私にもこの娘が美しく見えるが?・・・キラキラと光る金糸の様な髪と湖の様な蒼い瞳・・・透き通るような白い肌・・・だが母上とは違う・・・)


 アンドリューの『美の基準』は著しくズレていた。マリアン達の刷り込みがアンドリューを混乱させているが母親を信じたい12歳の子供は目の前の美しい娘を素直に褒める事が出来ないでいる。


「お前・・・は美しくない・・・」


 生まれてから一度も貶された事が無いイヴァンヌはアンドリューをパチパチと見つめた。


 一度、侮蔑を口にしたらアンドリューは気が軽くなって後の言葉がスラスラと口を吐いた。


「お前は・・・母上のような明るい空色の瞳も桃色の可憐な髪色も持っていない!だからお前は美しく無いのだ!」


 そこで初めてしっかりと貶されている事を認識したイヴァンヌはアンドリューを敵認定した。

 だが婚約調印を済ませてしまっている。


(まさか重度な母親依存だったとは!

さて、どうしたものかしらね・・・)


 イヴァンヌが何も喋らない事に微かな不安が過ぎるがアンドリューは後戻りして謝るつもりは無かった。

(これで母上も褒めてくださる)


 イヴァンヌが唐突に声を出した。


「それではアンドリュー様。私はこれで失礼します」


「えっ?」


 イヴァンヌは目線が少し下にあるアンドリューを見下ろし

「アンドリュー王太子様は挨拶の前に私を侮辱なさいました。このまま四阿でお茶をしたところで話が弾むとは思えません」


 それだけ話すとイヴァンヌはアンドリューに背を向け帰ってしまった。


 アンドリューは呆然としてイヴァンヌの背中を見つめる事しか出来なかった。



 それからアンドリューの腕を引っ張り国王陛下の執務室に入ったマリアン。

 マリアンは国王陛下に向かって金切り声を上げていた。


「陛下、あの娘はアンドリューに酷い事をしました!あれではアンドリューが可哀想です!婚約は無かった事にしてください!」


 いつもの国王カエレムならマリアンに甘い言葉を掛けていただろう。

 マリアンも当然そう思っていたから。


 だが今日の国王は一切の妥協は許さないとでも言っているように

「アンドリュー、お前が先にイヴァンヌに酷い言葉をかけたのでは無いか?」


「うっ!」

 アンドリューの身体がビクッと固まった。


 その声に怒気を孕ませて

「お前はイヴァンヌ嬢に挨拶もしないうちに美しくないと罵ったそうだな?これは王家と調印した令嬢に対して失礼極わりない。貶めたお前に落ち度がある。どう言うつもりだ?」


 マリアンも余りの国王の怒りに最初の勢いが萎んでいた。己の可愛さにアンドリューを庇う事も出来なかった。


 尚も国王は諭すように言った。

「良いか、アンドリュー。イヴァンヌ嬢は美しい娘だ。お前の審美眼に適わなくても美しいのだ。お前は失礼な事をしたのだよ。まずは謝りの手紙でも出し、これからは仲良く共に励むのだぞ」


 アンドリューの瞳が揺れて涙が溢れるが父王の命令だと小さく頷いた。


 国王カエレムは生まれてから見守っているうちに図らずも微かな情がアンドリューに湧いていた。

 例え血が繋がらなくとも父王と慕ってくる子が傍に置けない自身の息子とかぶる事があるのだった。


 だからアンドリューを支えてくれるであろうイヴァンヌを婚約者に据えたのだ。

 この想いがアンドリューに届くと祈って・・・






最後まで読んでいただきありがとうございました。

とても嬉しいです。

また明日もよろしくお願いします。

楽しく読んでいただけるように頑張ります。


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