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◆ アンドリューという名前


 もういつ産まれてもおかしくない、側妃マリアンの出産予定日間近。


 数ヶ月前に一回目の街道整備の公務を終えてからは日々ストレスの中で過ごしていた国王カエレムは手元の書類から目を離せないでいた。


「なんて事を!・・・」


(2年も放置していたというのか・・・)

 それは余りに遅く手元に届いた書類だった。

 ヨーク公爵に忠誠を誓う官僚が隠し持っていた。

 この官僚は領地の民からの陳情も揉み消していた。

 余りにも他の事に追われポートリアの暗部が見つけるまで報告が遅れたのだった。



 ヨーク公爵は前国王陛下が崩御しカエレムが跡を継いだ時、まずは前国王の側近達から潰していった。

 カエレムを忙しさで振り回し婚儀を挙げてからは暗殺者を送り遠くに目を届かなくさせていた。


 その隙に王権を支持している小さな地方貴族達に賊を送り皆殺しにしていたのだ。


 地方の小さな領地を守りながら伝統あるパルムドール王国に忠誠を誓い平和に過ごしている貴族達は、故に自警団を囲う位の力では傭兵上がりの混じった賊を倒すことが出来なかった。



(まずは国王を支持する小さな貴族達を粗方潰していこうか・・・)

 そう舵を切ったヨーク公爵。


 ヨーク公爵を国王にと推挙する貴族に果たして民が守れるだろうか?


 それは即ちこの王国の民の大切な全てを奪う事に他ならない。


(なんて事を・・・

 ヨーク!・・・許せぬ!)

 

 カエレムは自身の弱さに打ちひしがれていた。



 その時、激しくノックする音が執務室に木霊した。


「陛下!夜分に失礼しいたします。マリアン様に前触れが訪れました。明日中には産まれましょう。またご報告にあがります」


 マリアン付きの侍女は余程慌てているのか要件だけを言うと足速に戻っていった。



 国王陛下カエレムの顔から表情が抜け落ちる。

 マリアンが産む子・・・

 ヨークの・・・

 そんな奴の子かも知れないのか・・・





「いるか?」

「はっ!」


 王家を守る影は数多いる。

 夜の静寂だけが今の国王には一息つく時間なのかも知れない。


「報告を・・・」

 この定例の報告をすると影はその名の通り夜の闇間に消えていくのだが・・・


 だがその日は、国王陛下カエレム自らが突然、影に話しかけた。


「待て」


「・・・」


「今日の報告はお前だったか・・・他の影の者はそっけないがお前は気持ちを隠すのが下手だな」


「はっ!?申し訳ありません」


 その焦った声を聞いてカエレムは静かに笑った。

「私はお前のような者は嫌いではない・・・

 一つ・・・

 聞きたい。

 お前が今まで生きてきた人生の中で

 一番嫌いな奴の名前を教えてくれ」


 影は素直に暫く考えて


「私の幼い頃の友で・・・泣き虫で威張り散らす・・・アンドリューと言う奴が嫌いでした」


 国王はまた静かに言う。

「そうか、アンドリュー・・・分かった。ありがとう。もう良い」


「はっ!」

 影は今度こそ、その場を去った。



 そんなやりとりをした次の日、マリアンが王子を産んだ。


「国王陛下!王太子様が降誕されました!」


 カエレムは偽りの笑みを浮かべ

「誠か!すぐに参ろう!」

(さて、どんな子か・・・)


 国王カエレムが部屋に入ると大方の始末も終わりマリアンの隣に嬰児が寝かされていた。


「マリアン、良くやった。王太子か・・・名は・・・そうだな、アンドリューとしよう」


「陛下、良い名前ですね。頑張った私にご褒美をくださいね」


「ああ、そうだね」


 カエレムはアンドリューを見た。


 薄いピンク色の髪・・・目は閉じて瞳の色は分からない・・・


(まさかマリアンに生写しか?・・・悪運が強い。なんて事だ・・・)



 その通りの子だった。

 まさしくマリアンに生写し・・・見た目だけでは誰の子かも分からない。


 それは国王だけの考えだけではなかった。


 あのヨーク公爵ですら

(これは良かったのか?私に似過ぎても問題があったが・・・まあ、あの美しさを利用して生きた傀儡を作るのもアリではないか・・・クックック)

 既にアンドリューはヨーク公爵の駒になったのだ。


 マリアンは産まれるまで不安があったが

(ああ、私にそっくりだわ!これなら誰の子かも分からなくて不貞がバレる事も無い。アハッ私って運が良いわ)


 もう既にこの頃からアンドリューは不幸だったのかも知れない。


 関係者の中にアンドリューの誕生を心から喜んだ者がいなかったのだから・・・




最後まで読んでいただきありがとうございました。

とても嬉しいです。


これからもよろしくお願いします。

楽しく読んでいただけるように頑張ります。


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