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◆ 王妃の死の偽装と側妃との初夜


 国王と王妃の、そして暗部ポートリア公爵との作戦決行の朝だった。


 直前であった昨夜まで、何度も話し合って決めた事だった。


 結局は、愛する妃と息子を守るために、傍から離す決断をした国王カエレムだった。


 例え何年掛かろうとも、安寧な日を過ごせるまでやり遂げる決心をしたのだ。


 

 国王と王妃の気持ちとは裏腹に…… 朝から晴れ渡る空は、雲一つ無いどこまでも突き抜けた青だった。


 鳥は澄んだ空を、気持ち良さそうに飛んでいた。


 国王陛下は、珍しく王妃と王太子の里帰りの馬車を見送った。


 二人は目と目を合わせて、小さく頷き合った。


「それでは陛下、行って参ります。 さ、父王に行ってきますをするのですよ」


 王太子は馬車に乗り、はしゃぎながら小さな手を振った。


 国王陛下はこれからの事を思い、憂いを含んだ笑顔で見送る。



 それから半日が経ち、俄に王城内が騒がしくなった。


「国王陛下! 王妃達の乗った馬車が、崖から落ちました! 馬車は跡形も無く大破し…… 遺体も上がりません! 」


「なんと! 真か! 探すのだ! 兵を集めて探すのだ! 」


「はっ!」


 我先にと一斉に飛び出した兵や侍従達が居なくなると、国王陛下の執務室は恐ろしい沈黙が襲ってきた。



 国王カエレムは、窓辺から騒がしい外の景色を白い顔で無感情に見ている。


 そして静かに呟いた。

「首尾は? 」


「王妃と王太子様は、目的通りポートリア公爵家で預かっております。 直ぐにお二人は、東の隠れ領に向かわれます 」


「そうか…… ありがとう。二人を頼む」


「賜りました」

 ポートリアの暗部は姿を消した。


 カエレムは、知らぬ間に拳をきつく握りしめていた。

(くっ!くそ!)


 国王は決して許しはしないと誓う。

 愛する妃と離れて暮らす事も……

 可愛い盛りの息子を手元に置けない苦しさも……


ヨーク 公爵…… 貴様は、首を洗って待っていろ!



 深夜になり、弔いの鐘が鳴った。


 国中の者は、人格者で飾り気のないユーモアで人気のあった王妃の死と、未来の王太子の突然の死を悼んだ。



 それから、なんと。 たった数日が過ぎただけで、ヨーク公爵が一人娘を連れて国王陛下の謁見の場に現れた。

 貴族達は予定には無かったヨーク公爵と御息女の登場に、困惑と不穏な空気を漂わせる事しか出来なかった。


 ヨーク公爵は、それを計算していたかの様に尊大に振る舞った。


「国王陛下、いつまでも気落ちするのは、この王国の為になりませんな。 陛下の義務として、いち早く王太子を設け、国民を安心させなくてはなりませんぞ 」


 ギラギラとした眼を隠しもせず、ニヤつきながらヨーク公爵は、自身の一人娘を国王陛下の前に差し出した。


「なんの、真似だ? 」


「我が娘は、地位も器量も申し分ないでしょう。 ここに来る前に、身体の検査もして、子も充分に成せると判断されました」

 へらりと下衆に笑った。



(くっ!)

 国王は拳を強く握りながらも、平常な声で告げた。


「公爵の言うように、確かに王太子が必要だろう。 だが、妃はローザだけだ。 側妃として、子爵家のマリアン嬢を娶る事になっておる。 其方は娘を連れて帰れ」


「子爵だと? 正気か? 国王よ。 甥っ子だからと、優しく申してやれば! 」


「それはこちらのセリフだ。 私が国王だ。 今だけは咎めないでおこう。 早く帰られよ 」


 ヨーク公爵は当てが外れ国王を見据える。 一人娘も顔を真っ青にしてブルブルと震えている。


「くれぐれも、後悔なされませんようにな。 まあ、用心召されよ 」

 目を細く口許をニヤつかせながら、ゆっくりと今きた道を歩き、去っていった。


 

 それを見送るカエレム。

(お前こそ…… もう後悔すら間に合わなかったという目に合わせてやる )



 それからひと月後に、子爵家から側妃が静かに輿入れをした。


 未だ喪に服す期間を考慮して、婚姻の儀は執り行われなかった。


 側妃マリアンの髪は、淡いピンクゴールドで瞳は薄い水色と、光の加減で変化する可憐な女性だった。

 国王陛下より6つも年上には見えない、心許ない女性でもあったが。


 マリアンを娶る事にしたのは、26歳と結婚適齢期を過ぎていた事と王家に口出しが出来ない爵位である事。 何より、頭の中が残念なマリアンを扱いやすい駒と見たからだった。

 


 紙の上で契約がなされた側妃の誓い。


 マリアンは実家の子爵家から、閨の間に送り込まれた。


「あ、私…… もう、我が邸宅で湯浴みを済ませてきましたの。 このまま陛下のお側に行きますね 」


 困惑する侍女達だったが、特段指令を受けていないので、素直に身体の線を拾う薄い夜着だけを着せた。


 ある種異様な措置だった。

 早々に、未来の王太子を産むための寝床が整えられている。


 

 フルフルと小さく震えながら、途切れ途切れでマリアンが話した。

「陛下…… 私…… 怖いです…… 何もかも初めてで…… 」


 カエレムはワインを片手に、マリアンに差し出した。


「可愛いマリアンよ。 緊張するのは、仕方のない事だ。 少しこれを飲んで、安心すると良い 」


 国王の提案を断るなど出来ないと、マリアンはワイングラスを受け取り、ゆっくり飲んだ。

「まあ、美味しいです。 これなら、私でも飲めます 」


 マリアンはカエレムの美しさに、うっとりとした顔を向けた。


「そうか、それは良かった。 マリアン、夜は長い…… 」


 国王は緊張を解す為だと、マリアンとゆっくりと会話した。


 そして二人は寝床に入り、国王はマリアンの夜着を静かに解き脱がした。


 だが、マリアンはすっかり意識を無くしている。


「いるか?」

「はっ!」


「調べてくれ」


 マリアンの身体を影の者が調べていく。

間もなく

「この者は、純真な生娘ではございません。 それも…… 」


 言いにくそうにする暗部の者に


「それも…… なんだ?」


「まだ致してから、間がない様です。 もしかしたら、陛下の子と偽るつもりだったのかも知れません 」


 ヨーク公爵の顔がチラついた。


(わざわざ子爵家の名を言ったのだ。 ことが功を奏したか )


「そうか…… それも一興。 果たして私とは致さぬのに、どんな子が授かるのか見ものだ…… 」


 カエレムはさっさと寝床から自室へ戻った。


「マリアンよ、ゆっくり寝られたかな?」


 マリアンは朝、目を覚ますとカエレムが居ない事に驚いていた。


「陛下はどちらにいらしたのですか? 私、朝起きたら陛下が居ないから…… 寂しかったです 」

「それは、すまなかった。 最初に話しておくべきだったな。 私は早朝から、訓練と仕事があるのだ。 寝床には、そんなに居られないのだ。 だから、マリアンはゆっくりして良いのだよ 」


 マリアンは安心したようにコクコクと頷いた。

 国王カエレムは、それからマリアンを大切にするふりをした。


 誰が見ても寵愛される側妃だった。


「側妃よ、今宵も其方の元に参ろう 」

 マリアンは頬を染めそっと頷く。


 

 カエレムは執務室で、小さなため息を吐いた。


(わざわざ今宵向かうと、予告しているのだ。 側妃はさぞ、忙しい事だろう )


 マリアンは、必ず夕方まで城にいない。

 実家に帰っているのだと言う。


 そして夜になり、国王が寝床に尋ねると、楚々としてワイングラスを用意する。

 二人が寝床を共にする時の習慣になっていた。


 そして今日もマリアンは、先に寝息を漏らす。

 暗部の者はマリアンの身体を調べ、事後の形跡を見つけるのである。


 マリアンは3ヶ月後には、妊娠をしたと発表された。





最後まで読んでいただきありがとうございました。

とても嬉しいです。

また明日もよろしくお願いします。

楽しく読んでいただけるように頑張ります。


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そしてこれからの励みになりますので

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