◆ シンシアとエドワードの約束
時が過ぎるのは、あっという間とは…良く言ったものだ。
ポートリア領に来てから、8年目の時を刻んでいた。
16歳になったシンシアの隣には、三つ年上のエドがいつもそばに居てくれた。
ここポートリア公爵家で、正当な発言権を得るには、知識も武術も諜報も何より冷淡な決断も出来なくてはならなかった。
「シア、大丈夫?」
「ええ、エド。大丈夫よ、ありがとう」
時には残酷な決断で、胸が苦しくなる事もあったが…そんな時にはエドが、一緒に乗り越えてくれた。
そんなエドだが…見ていると時折、寂しそうだったり苦しそうに物思いに耽る時があった。
( エド… また何かで、苦しんでいる? )
エドは何かを背負っているようで、近くにいたシンシアだけが気づいてあげられることが数多くあった。
( 私はエドに、助けられてばかりいるのに…… エドも、もっと…私を頼ってくれたら良いのに… )
シンシアがいつも心の中で思っている事だった。
そんな、ある日だった。
ーーシンシアの… エドに告げた言葉が…
《二人の優しい合言葉》になる……
「 えっ!エドが…… 大怪我をしたの!?」
エドが珍しく訓練で大きな失敗と怪我をしたと報告があった。 私兵隊士長の肩を借りてエドが帰ってきた。
私は早足で、エドの元に向かい…落ち込んでいるエドの側に…寄り添った。
「 大丈夫? エド。ああ、でも良かったわ。 止血は済んでる…… 」
怪我をした腕を手当てしながら、血の滲んだ包帯を新しいものに替えながら…私は小さく声をかけた。
エドは悔しそうに呟いている、
「くそ!
くそ!」
いつにも増して…暗い顔をするエドが心配で、つい本音が口をついてしまった。
「エドは何を……焦っているの?なんだか…背負っている大きな荷物に、押し潰されないように抗っているみたいで…… 」
そこでエドがビクッとして、目を見開いて… 私を見つめた。
「 俺はシアから… そう、見えていたのか…
そっか…、俺の余裕の無さは… シアには筒抜けだったのか……はは、情けない… 」
私はエドが抱える、不安の様なものが伝わってきた。
「 私… 前からエドが…何かを、背負っている様に…感じていたの。 だって、エドの苦しそうな顔も…辛そうな顔も… 近くで見てきたから。 私ね、エドが大切で心配なの。 エド…辛くなったら…私を思い出して欲しいの…… エドの辛さを… 苦しさを… 私も引き受けるから。エドが抱える孤独も全て…一緒に背負うから… 一人が、無理だとしても… 二人でなら…… 」
私を見つめながら、エドは瞳を潤ませた。
「 俺は…… 」
エドは何かを言おうとしたけど、直前で言葉を飲み込んだ。そして
「俺も…シアの…シンシアの辛さも…孤独も…… 一緒に俺が引き受けるよ…… ありがとう、シンシア」
シンシアは穏やかに、エドを見つめ… お互いの分かち合う気持ちが出来た事が嬉しかった。
「うん、《二人で背負えば荷物も少しは軽くなる》ね…… 」
エドは瞼を閉じて…安心した様にシンシアの肩に、そっと…もたれ掛かった。
シンシアはいつか、エドが側からいなくなる事を覚悟していたけれど、出来ればこのまま一生… エドと離れたくなかった。
(お祖父様は…初めてエドを紹介してくれた時、何年かは…ここで過ごすと言ったけど……あとどれくらい、エドはここにいるの?)
肩にもたれ掛かったエドの頭に…シンシアもゆっくりと、もたれ掛かる。
「シア……」
エドが小さく、寝息を立てる。
(エド……)
それから、思いもよらない伝達が…王家からもたらされた。
「とうとう我がシンシアに… アンドリュー王太子の婚約者にする、内定が来てしまったか」
お祖父様が忌々しく声を上げた。
私は最近、新たな婚約破棄の話を聞いて…嫌な予感はしていた。
(ああ…… 私にも婚約の話がきてしまった。本当は婚約などしたくない! ノブレス・オブリージュは分かっているけど…… でも…… エドと離れたくない…… エドの側にいたい………エド以外の婚約なんて……
私の気持ちは……! )
私が顔色を無くして立ち竦んでいると、エドが手を握り… 庭園へと誘ってくれた。
ポートリア公爵領には、小さな川が流れ直ぐそばに四阿がある。
昔から二人の、お気に入りの場所だった。
そこまで行くと… エドはそっと手を離して、シンシアの真正面に立った。
シンシアは、見上げたエドの表情が並々ならない覚悟がある事を察して言葉を待った。
「 シア、婚約者内定…… 行くの? 」
シンシアは行きたくない。乾いた唇のせいで途切れ途切れの言葉を紡ぐ。
「 そ、そうだね……行かないと… くっ……ダメだよね… きっと…… 」
エドは、静かに言った。
「シンシア…… 待っていて。俺を信じて…待っていて… 」
シンシアはエドの言葉に驚く。
「 えっ? ……何を…待つの?… 」
エドは穏やかに笑って、尚も言い募る。
「 俺を…待っていて… シア… 」
シンシアは困惑して、動揺した。
「 で、でも! 私はもう… 王太子様のこ…」
エドは突然に…シンシアの口元を優しく、手で覆った。
「しっ、それ以上は言わなくて良いよ」
シンシアの口元を覆いながら、エドは感慨深く…ポートリア領を見渡した。
「ほんの数年の筈だったのに…… ここには、長く居過ぎてしまった。 俺は自分を守る術も… 相手を攻撃する術も… ここで学んだ…… 父上の手助けを…… そろそろしなくてはな… 」
シンシアは目を見張り、エドの手元を払う。
「エドには、お父様がいたの!?」
エドは遠くの空を見つめながら… ハッキリと何かを、決めたようだった。
一度目を閉じて、深く息を吸った。
もう一度… ゆっくり目を開くと、シンシアへ話かけた。
「 シンシアの婚約者内定は、俺を呼ぶ為のものだ…… シンシアはとにかく、俺を信じて、待っていてくれ……約束…な?」
シンシアは説明のない約束に、不安が浮かび上がる。
でも私は、エドの事なら……
「エド…今は、何も… 聞かない方が、良いのよね? … ええ、分かったわ、待つ!…
私は、エドを信じてるもの… 約束ね?」
(大好きなエドの…言葉を信じるわ)
「うん……、シア。約束だ…」
(シンシア…… )
エドがそっと近づいて、素直に目の前に立つシンシアの身体に腕を回した。
シンシアはされるがままに、エドワードの腕の中に収まり… 胸元に頬を擦り寄せた。
( エド…… )
( シア…… )
エドワードは名残を惜しむように、最後に力強くギュッと私を抱いて、屋敷に戻って行った。
もう…振り向いてはくれなかった。
あと一話、一時間後に投稿しますね。
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