◆ モアナの狩猟本能
モアナは王太子妃という最大の憂いが一つ去った。
そして、次に取り掛かったのが…愚かな口撃を仕掛けてきた、令嬢達に小さな仕返しをしようと考えていた。 だが、普通にしてもつまらない。
母に頼んだ調査書を見ながら、口元に小さな笑みを作った。
ーーそうね、どうせなら………
モアナは最近…偶然見つけてしまったを渇望していた。母に頼んでまでも『叶えたい望み』も一緒に掴み取ってしまおうかと、一策講じる事にした……。
「ふふ、一石二鳥の策を実行しましょうか」
▽ ▽ ▽
それから数日が経ち麗かで穏やかな……
そんなある日の事だった。
「 あのう?リッチ侯爵令嬢のモアナ様が、私にどんな…ご用でございましょう?」
野暮ったい格好をしたモアナを、困った顔で見つめる伯爵家の三男坊カリフ。
表情を崩さないモアナだったが、心の中では感嘆の声をあげていた!
(ああ、やっぱりこのお方だった…!)
あの、忘れられない……運命の舞踏会。
モアナはカリフを…先の舞踏会で見染めてしまったのだった。
最初の印象こそ悪かった。
( あのお方は……… 変態さん? )
かなり、最悪な印象の筈だったのに。
女性達のドレスを、食い入る様に見つめる姿は、ある種異様であった。
モアナはカリフの動向を気に掛けていたが、物腰の柔らかさや時折見せる笑顔に釘付けになったのである。
( 嗚呼……あの笑顔!……… )
モアナの身体に電撃が走った。
理屈を超えた興奮に、説明なんてできやしない!
笑顔が超絶な…自分好みの男だった!
頭の中はもう……
はぅ………
はぅ………
はぅ………
な、なんですの?
深く息を吸い込む事も出来ない……
く、苦しい………
でも………
喉から手が出るほどの渇望……
あの男が欲しい………
どうせ婚約破棄された身の上なら、我儘を言っても良いのではないかと思った。
だからお母さまに言って、カリフを探してもらい調べたのだ。
カリフの「どんな御用でしょう?」の言葉から、怒涛の如く頭の中に回想シーンが浮かび、暫し押し黙っていたモアナだったが、気を取り戻して落ち着いた口調で話しかけた。
「こんにちは、カリフ様。早速ではございますが、勝手ながら調べはついておりますの。
カリフ様はドレスのデザインをしながら、ジャンドルゼ通りでブティックを開いておいでですね」
カリフは内緒でこっそりと営んでいたはずなのに、何で知っているんだと固まっていた。
「話はとても簡単です。私に似合うドレスを作ってくださいませ」
カリフは何とか動揺を抑えて、話を終わらせようとしていた。
「あのう……私は、子供服のデザインはしておりませんが」
困った顔のカリフも素敵だな、と思いつつ獲物を狙うが如き、モアナは口を開く。
「ふふふ、それはいけませんわ。カリフ様は事前調査の大切さを分かっておりませんね。私は16歳でございます。16歳は子供でしょうか?」
「え? 16…… 歳…… !」
カリフは瞠目して、直様頭をガバッと下げた。
「も、申し訳ありませんでした!美しいレディーになんて失礼な事を!」
カリフは社交界の噂話や女子本人には、全く興味が無かった。
中身よりドレスが大事だったから。
モアナは想定済みだったようで、カリフに優しい声をかける。
「 カリフ様……私はまだ美しくありませんの……カリフ様に、美しくしていただきたいのです 」
「 わ、私でございますか? モアナ様は寧ろ、女性のデザイナーがよろしいのではありませんか? 」
「 いいえ、女性の固定観念は要りませんわ。男性の貴方が素直に思うように、私を変えてくださいませ 」
見た目からは想像もつかない、妖艶な笑みを浮かべるモアナにカリフの頬は染まった。
「 モアナ様……… 私がデザインをするにあたり、お身体に触れる事もありますが、よろしいのでしょうか? 」
「 勿論、採寸や調整で触れるのは当たり前のことです。 仕事に誇りを持っているカリフ様の前で、下着の姿になる事も当然でございます 」
カリフはあったばかりのモアナに、興味をそそられている。
自分がまだ、何にも染まっていない美しい素養が詰まったモアナを変えることが出来るのか?
デザイナー魂が……未知への欲に、手を出したがっていた。
モアナは侍女に命じて、部屋のカーテンを全て閉じさせた。
部屋に蝋燭が灯され、大きな姿見の前で…モアナは一枚、一枚と厚く着飾っていた飾りやドレスを自ら脱いでいく。
そして下着姿になった。
突然のことに、激しく動揺したカリフに紙とペンが渡される。
メジャーを持った侍女を側に置いて、モアナが誘うように話しかけてきた。
「 さあ、カリフ様。 私のサイズを測って思うままにデザインを興してきてください。 最初の原案が決まったら見せてくださいね」
カリフはデザイナーの顔を浮かばせた。腹を決めて、モアナのサイズを測り始める。
測り始めて直ぐに気づく。
いや、ドレスを脱いだ時から既に分かっていた。
モアナのスタイルが破格である事に。
( たわわな胸の張りも、細い腰から尻にかけてのラインも魅力的だ……背は些か低いが、小さな顔とのバランスが素晴らしい!)
「 モアナ様、私は内なる興奮が冷めやらぬうちに、デザインを起こしたいのです。 もう幾つも案が浮かんでおります。このまま、お暇する事を…お許しください 」
モアナが悪戯に笑った。
「期待していますね」
それは期待以上だった!
モアナは重たい蛹の殻を破り捨てたのだ。
大きな胸をあえて隠さず、細いウエストが強調するようなデザインは…モアナの壮絶なSのカーブを惜しみなく晒していた。
もう誰も……… 文句など、言えようも無かった。
口撃してきた子女達は、モアナを見て揃って口をポカンと開けていた。
「 あ、あれが……… モアナ様?」
「 う、嘘……… 」
「 ま、まさか……… 」
自分達より、胸も大きく…ほっそりとしたウエストに、衝撃とショックを受けていた。
寧ろつい、愚かにも自分との姿を…比べてしまった令嬢達……。
そう令嬢達は、各々自分の姿を振り返り、モアナの遥かに良いスタイルを貶していた事を恥ずかしく思い…悔しさと劣等感を滲ませた。
( たわいもない……… )
モアナは一言も言葉を返さず、小さな溜飲を下げたのだった。
小さくても完璧で妖艶なモアナは、男女など関係なく人々の目を惹きつけたのであった。
それから一年が過ぎた頃だった。
(何の悪戯なの?)
王国からまたもや、王太子妃の選定があると御触れが来たのである。
( 今度は、三人の令嬢達が集められるとの事って…… )
きっと…… 私とシンシア様とイヴァンヌ様だろう。
婚約破棄の憂き目から、仲良くなった唯一無二の親友達だ。
( 二人に会えるのは、嬉しいけれど…… )
この婚約者選定に身を委ねるなんて、あり得ないでしょう?
モアナは可愛いピンクの舌で上唇をペロリと舐めた。
(さあ、狩の時間だわ…… )
モアナはもう、カリフに遠慮するつもりは…… 毛頭無かった。
カリフを待たせているモアナは、自身の私室に入った。
既にメイド達を下がらせ、部屋には二人だけ。
「カリフ様は、一生私の服を作ってくださいませ。 私はカリフ様以外の服は、着ませんから 」
そう言いながら、座っているカリフの太腿を突然…跨いだ。
「えっ?」
驚くカリフの頬に…指を乗せると…ツーーと滑らせた。
モアナは左手の細い指で、カリフの顎をクイッと持ち上げると…二人の顔の距離が縮まった。
「モ、モアナ様?」
カリフがゴクっと…喉を鳴らした。
「 カリフ様は…私が、欲しくありませんか? 」
「 は? わ、私は伯爵家ですが、三男坊で平民と何ら変わりません。リッチ侯爵様に取り入る事など難しい………かと… 」
モアナは自身の顔のそばで、必死に言葉を紡ぐカリフに心酔しながら
「 私が聞きたいのは、そんなことではありません。 カリフ様は、私が欲しいのか聞いているのです… 」
そう言いながら、モアナはまたもや鼻先数センチまで距離を詰める。
美しいサラサラの黒髪が、カリフの顔にかかりモアナのアメジストの瞳に吸い寄せられて、カリフの心臓は壊れそうにドキドキしていた。
「 カリフ様は21歳の若さで、立派なお店も開いておいでですわ。 そうですね、お父様にはあと一つ説得材料が必要ですか。カリフ様はそのままに………私に任せてくださいませ…… 」
そう言ってモアナは、カリフにチュッと口付けをした。
「 ん!! 」
カリフは盛大に顔を赤くして、モアナを見つめた。
( 一度離した唇が名残惜しいわ…… )
モアナは次に、両手でカリフの顔を包んで…深い口付けを交わした。
カリフの手が、力無くストンと落ちる。
カリフはモアナに、色々な意味で…落とされてしまった。
そうして…モデルとして、モアナはカリフの店の広告塔となり過去最高収益をもたらした。
実はそれにも裏話があるのだが……。
モアナの頭脳は、ここでも遺憾なく発揮されることになった。
令嬢たちの物欲と羨望は、留まることを知らないのだ。 ある貴族令嬢が、カリフのデザインを模倣したドレスを着ていたのを知ったモアナは直ぐに動いた。
カリフ印の紋章を作り、パルムドール王国どころか世界初の特許権を作ったのである。
この処置のお陰で、余計にカリフのデザインは世間を圧巻したのであった。
それには父親を黙らせるにも、充分な程の売上で。
最近、家での発言権が小さくなりつつあったリッチ侯爵はモアナと妻の信頼回復を狙い、表面上は快諾したのだった。
モアナの計画通り、カリフの婚約者内定としての地位を…先ずはもぎ取ったのだった。
( 王太子妃選定試験の後に、正式な婚約となりましょう……… )
モアナは蠱惑的な笑みを浮かべるのだった。
モアナ
カリフ
次はカリフのアンサー回です。一時間後のお楽しみです。
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