森の怪獣
森の奥で動物たちが集まってなにかをのぞきこんでいます。シカやサルやクマやイノシシやリスやウサギ。森じゅうの動物が輪になっている真ん中には大きな卵がありました。大人のリスやウサギよりも大きな卵です。その卵はランプののように中がぼんやりと明るいのでした。
「これはなんだろう?」
リスが不思議そうに首をかしげると
「卵だろうね」
とサルがいいました。
「卵なのはわかっているよ。問題は誰の卵なのかってことだ」
リスがいいかえすと、クマが卵をひろいあげました。
「クマさん、卵を食べるつもりかい?」
食べるには大きすぎる卵ですが、体の大きなクマならぺろりと食べられそうです。
クマはブルブルと首を横にふりました。
「まさか。そんなことをするもんか。温めるんだよ」
「温めてどうするの?」
「温めて育てるんだ」
「育てるの?」
「そうさ。なにが産まれるか知りたいんだ」
みんなは「それはもっともだ」と思いました。
「ぼくも温めるよ」
「わたしも温めるわ」
そうして動物たちは順番に卵を温めることにしました。
卵はほんのり温かくて、抱きしめていると気持ちがいいので、卵はみんなの人気者になりました。
ある朝、クマが卵を温めていると、ピシッとヒビが入って赤ちゃんが産まれました。
赤ちゃんは、太ったトカゲのような姿をしていました。朝日を浴びて、つやつやのうろこがきらきらと輝いています。
「おーい! みんなー! 卵がかえったぞー!」
つやつやできらきらの子は見たこともない生き物でした。
「この子は怪獣にちがいない」
とだれかがいったので、怪獣の子ということになりました。
怪獣の子はすくすくと育ち、リスよりもウサギよりも大きくなりました。サルよりもシカよりも大きくなり、さらにはクマよりも大きくなりました。怪獣はたちまち森の誰よりも大きくなりました。
「おい、怪獣。おまえ、夜は洞窟で寝ろよ」
「そうよ。まぶしくてかなわないわ」
最初のうちはきらきらして美しいとほめられていた体は、いやがられるようになりました。けれどもそれはまぶしくて眠れないからで、それ以外のときは変わらずに仲良くしてくれました。
怪獣はみんなの迷惑にならないようにと思って、体じゅうに沼の泥を塗ってみましたが、すぐにはがれおちてしまいます。そんなきらきらな怪獣がいるといううわさは森の外まで広がっていきました。
いつしか、きらきらの怪獣がいると知った人間たちが美しいうろこを手に入れようと、森にやってくるようになりました。
動物たちは人間を怖がって、毎日びくびくして暮らすようになりました。
怪獣はもうしわけなく思って、みんなのそばに行かないようにしました。森のはずれの洞窟でひっそり暮らすようになりました。
夜は体を泥だらけにして、きらきらが見つからないように気をつけました。
怪獣はひとりぼっちでした。
人間が森にやってこない夜にだけ、洞窟を出て空を見上げることができました。
「お星さまはいいなあ。あんなにきらきらしているのに、誰にも迷惑をかけていないんだもの」
怪獣は毎晩、夜空を見上げて、
「ぼくもお星さまの仲間になりたいものだなあ」
と思うのでした。
ある日、森の奥でバァン!と大きな音が響きました。
「今の音、聞いたかい?」
「なんだろう?」
「森の奥から聞こえたね」
動物たちは集まって音がした方を見つめましたが、とても見えるところではありません。
「ねえ、森の奥には怪獣が暮らしているよね?」
「あの子、だいじょぶだったかな?」
「こわい思いをしたんじゃないかな?」
みんなは怪獣のことが心配になりました。
「様子を見に行ってみないかい?」
「でも人間に会うかもしれないよ」
「それでも怪獣をほうっておけないよ」
そうだそうだと、みんなで怪獣が暮らす森の奥に行くことにしました。
とちゅう、猟銃を持った人間たちとすれちがったので、あわててかくれました。人間たちはきらきら光る板のようなものがたくさん抱えていました。
「今の見たかい?」
「見た。あれは怪獣のうろこだ」
みんなはかくれるのも忘れて、いっせいに走り出しました。
森の奥の洞窟の前には怪獣が倒れていました。
「あ……クマさん……みんなも。来てくれたんですね」
怪獣がうれしそうにほほえむと、うろこがきらきら光りました。
「おい、怪獣。しっかりしろ」
クマが怪獣の体を起こそうとしますが、怪獣の大きな体はびくともしません。
きらきらの美しいうろこはところどころはがされて、血が出ていました。
「かわいそうに。今、手当てしてやるからな」
ウサギが薬草を集め、サルが傷口に貼りました。
「みんな、ありがとう。でも、ぼくはもうだめです」
「そんなことをいうな。ひとりぼっちにして悪かった。一緒に帰ろう」
「ぼくはもう動けません。どうかお願いです。なんとかしてぼくのことを空へ送ってくれませんか?」
そういったきり、怪獣は目を閉じてしまいました。
「空へ送るといったって、どうすればいいんだろう」
怪獣の願いはかなえてあげたいけれど、方法がありません。
すると鳥たちがやってきて、
「わたしたちが連れていきましょう」
といいました。
草のつるで編んだカゴに怪獣を乗せて、たくさんの鳥たちがくわえて飛び立とうとしましたが、重くて持ち上がりません。
「そうだ、こうしたらどうだろう?」
渡り鳥のオオワシがいいました。
「竜巻をおこすんだ」
「なんだい、竜巻って」
「つむじ風の大きなやつさ。風がぐるぐると回って空の上まで飛ばすんだ。おれは家が飛んでいくのを見たことがあるぜ」
「それってわたしたちでもおこすことができるの?」
「やったことはないけど、これだけたくさんの動物と鳥がいるんだ。力を合わせればきっとできるよ」
森の動物たちと鳥たちは怪獣のまわりをぐるぐると走りました。
「もっと早く!」
「目が回ってきたわ!」
「がんばれ! 怪獣の願いをかなえるんだ!」
「ほら、少し浮いてきたぞ!」
「あと一息!」
怪獣の体がふわりと浮き上がりました。それからはあっという間でした。みるみるうちに風の渦に巻き込まれて、空高くのぼっていきました。
「怪獣ー! 元気でねー!」
怪獣はもう目を開けませんでしたし、なにもいいませんでしたが、お日さまに照らされたうろこがきらきらと光って、「ありがとう」といっているようでした。
その夜、森のフクロウが星空を見上げてつぶやきました。
「おや。星がひとつ増えているな。きらきらと輝いてなんて美しい星なんだ」
あまりにも美しいので、フクロウは森のみんなを起こしました。
「とても美しい星だなあ」
「怪獣はちゃんと空に行けたんだね」
「おーい! 怪獣ー! 元気にしているかー?」
みんなが手を振ると、美しい星はいっそうきらきらと輝くのでした。




