第八話 うちと弟とアベノマスク
良いガーゼは絹のような手触りがする。
子供用にと買っておいたかわいい柄のガーゼと、裏布の良いガーゼがあったので、うちはマスクを縫って古着を買ってくれた人にオマケで送った。
これがなかなか好評で、うちはせっせとマスクを縫った。ドラッグストアからマスクが、トイレットペーパーが消えた。世の中は混乱の渦。
「まったく日本のコロナ対策は〜!」
うちの弟くんは今日も怒ってる。
ヒロくんはうちが理解不可能な、何やら難しい感染症の話をした。
ヒロくんに、くまさん柄のマスクをあげた。
「無理です」と断られた。
白ガーゼの立体マスクは気に入ってくれて、買い物へ行く時はつけてくれている。
ヒロくんはコロナが流行する前に手指用アルコール消毒液とマスクを用意してくれてた。有能な弟で助かる。
スーパーの近くの工場で「マスクあります」とダンボールの看板が立ってた。こうした野良マスク屋はあちこちに点在した。なぜかおばちゃんおっちゃんが集まる、カラオケ喫茶でも「マスクあります」の張り紙。
転売屋が捕まっていき、マスク騒動も少しずつおさまり、マスクが流通するようになった頃、我が家にも届いた。
アベノマスク。
「姉さん…事件です。ついにきました」
神妙な顔でヒロくんが、アベノマスクをうちに見せた。
「まぁ…なんということでしょう…」
「ボクはこれを寄付するのは反対です。どうせ、みんないらないから。姉さんの作ったマスクをあげればいい。これ、どうしたらいいですか…?」
「つけてみればいいやん」
浩くんはマスクをビニール袋から出して、こわごわマスクをつけた。
「……! なんと、浩くん! アベノマスクつけててもカッコイイ!」
うちは写メを撮った。
「クール!」
浩くんが椅子に足を乗せてポーズを撮る。
「セクシー!」
今度は上目遣い。
「かわいい!」
うちはいっぱい、浩くんを撮った。
「このマスク、なんか変な臭いする、嫌!」
ペシッと浩くんがマスクを机に叩きつける。うちはマスクの匂いを嗅いでみた。
「そう? 浩くんのいい匂いしかせぇへんよ」
「この姉! 変態! 嫌!」
浩くんがうちを指差して言った。
アベノマスクのガーゼはざらざらしており、糸始末もしていないので、何回か洗ったらほつれてきそうや。アベノマスクは捨てるのもしのびなく、しばらくリビングの端っこに置いていたが、つけることもなく、どこかにいってしまった。




