第十三話 シャラップ、腸事情
朝、ダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいたら、菜々子がいきなり、朗らかに報告してきた。
「今朝な、久しぶりにめっちゃうんこ出たからトイレ掃除もしといたで〜。便秘からの解放、清々しい」
……ボクはコーヒーを吹きかけそうになった。
「シャラァァァップ!!! なんで朝から腸事情を実況すんねん!!!」
「ええやん、健康管理の共有やで?」
「ボクの心の健康を害する共有や!!! 誰が姉の便通ログ欲しがるねん!!!」
「ご参考までに」
「なんの参考やねん! 乳酸菌ドリンク作ってる人の人体サンプルになってから言うセリフやねん、それ」
「あ、その仕事ええやん! うちが人体サンプルなって、その体験を浩くんが記事にするねん。『便秘体質の姉が乳酸菌の人体サンプルになったら激変した件について』って」
「アホか、それは自分でなろう小説でも書けや。そんなばっちい記事、ボクが書くわけないやろ」
「えー、そうかぁ。案外、それが注目されて乳酸菌ライターになれるかもやで」
「そんなんなりたくないわっ!」
菜々子はケラケラ笑って、ボクは頭を抱えた。
規制音「ピーーーッ!」に続いて、ボクの「シャラップ!」が定番になってしまうのが最悪だ。
※
数日後。菜々子は生理痛でベッドから起き上がれずにいた。
「うぅ〜しんどい。ちょっと買い物、お願いしてええ?」
「しゃーないな。ボクも薬局に化粧水買いに行くから、ええよ、買ってきたるわ。どこのメーカーの何がいい?」
「…………はだおもい、はだおもいの多い日用と夜用をお願いします。あ、羽付きで。羽ばたきたいから。あー、あとノーシンピュア。痛みから解放されたい。あのピンクのPが欲しい…………」
ボクはため息をついて頷いた。ぐったりしていても口はご達者でいらっしゃる。
ドラッグストアでナプキンと鎮痛剤をカゴに入れ、ボクはハトムギ化粧水とCICAのシートマスクを買う。化粧品は基本的にオーガニック、ハトムギは全身用だ。
帰ってきてナプキンと薬を渡すと、
「ありがたや〜」
と菜々子は両手で受け取った。
「ありがとう、ヒロくん。優しいなぁ〜」
「別に必要なもんは必要でしょ」
ボクは淡々と答えた。そこに余計な恥じらいも、茶化しもない。
※
ところが、数日後。
「なぁ、ヒロくん。便秘やねん。便秘薬も買ってきて〜」
ベッドで甘え声を出す菜々子に、ボクは顔をしかめて一言。
「……シャラップ!!!」
「なんで!? 生理用品はええのに!」
「それは生活必需品。便秘は自己責任。腸は姉の管轄や」
「ひどい!!」
結局、菜々子はトボトボと自分でドラッグストアへ向かっていった。
「あ、ついでにシートマスク買ってきて。ラインでパケ送るから間違って買ってくるなよ。メディヒール、緑のやつね」
「わかった。浩くんはほんまに美意識高いなぁ」
「あんたが低すぎやねん。シートマスクしてみ、確実に変わる」
「そんなにか。じゃあ、うちも自分用も買ってみよう」
「いや、あんたにメディヒールは早い。シートマスクつける習慣つけるため、ハトムギの大容量買ってきなさい」
「せやな、いっぱいある方がお得感あって好きやわ。もう三十過ぎてるのにスキンケアは化粧水で満足してしまう姉が、シートマスクで美意識に目覚める件について、というストーリーで」
「そのラノベタイトルみたいなん、マイブームなん?」
「その節はあるわ」
「っていうか、さっきから何を玄関でまごまごしてるん」
「あ、久しぶりに履いたコンバースがきつくて、ヒモをゆるゆるにしてる」
「ムダな努力やな。足が太って履けなくなったんやろ。知らんけど」
菜々子は「ぐぬぬ」と言ってコンバースを履くことを諦め、ピンクのクロックスを履いて出て行った。
玄関を見るとピンクのニューバランスや、なんかファーがついたパンプス、ボクからしたら「なぜそれを選ぶ」というような靴があちこちに置かれている。
ボクはこうして姉に生活を侵食されることに、慣れてしまったものだ。




