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第十一話 ありえへんジェンガ

 ホームステイで惚けたようにダラダラしてしまう。空気を変えないと、頭を使わないと、だらけて脳の品質が落ちていきそう。


 だから姉・菜々子とジェンガしよう、と思った。姉は家の中をあさっては、勝手に気に入ったものを自分の部屋に持ち込むという、家内泥棒兼・巣作りビーバーみたいなことをしている。その中にボクは懐かしい古いジェンガを見つけて、思いついた。


 家でやれる、頭を使う緊張感あるゲームで、だらけた家の空気を引き締めよう。


 押し入れに入ってた年季の入ったジェンガ。色あせた箱に入った木のピースは、黒いひび割れがある。


 父さんと昔よく遊んだな。

 こういう単純だが繊細なゲームが、ボクも父さんも好きだった。


「懐かしいなー」


 言いながらボクはジェンガを組む。


 姉は、ありえないぐらいジェンガが下手だった。ほんま、ありえへんねんけど。

 なんで真ん中いくねん。一番あかんとこ。ポテトチップスつまむ感覚でつまめるねん。


 三分と持たない。慎重に積み上げたボクの努力を、雑な一手で全部台無しにする。


「ほら、ここ抜いたろ!」


 そう言って、よりによって一番抜いたらあかんとこを、ためらいもなく引っこ抜く。


「あーーっ!!」


 ボクは子どものように声を上げる。ぐらぐら揺れるタワー。必死で手を伸ばして支えるボクの横で、菜々子はけらけら笑っている。


 ボクは次第に、姉の無茶苦茶をなんとか三分以上もたせようと、慎重に慎重に指を滑らせるようになった。


 呼吸を止める。

 心臓の音までうるさい。

 指先を、手術用のピンセットみたいに細かく動かす。爪の先で、少しだけ木のピースを押す。ほんの一ミリでも力を間違えたら、タワーは崩壊する。


 カタ……カタ……。

 ピースがわずかに浮いた。すぐに止める。深呼吸して、またそっと押す。

 汗が指先ににじんで、木肌に吸い込まれるのまでわかる。ボクは外科医のように集中していた。


 ようやく一本、引き抜けたときの安堵感。

 よし、これで少しはもったやろ。


 なのに。

 菜々子はまた雑に突っ込んで、ドサーッと崩す。


「うわー! 負けたぁ!」


 崩れた木片の山を見て、子どものように悔しがる姉。


「おまえこれ、倒れるのがおもろいゲームちゃうぞ! 倒れへんようにすんねん、わかる? こう、ピースとピースがなんとか重なってタワーが倒れんようにすんの!」


 ボクが怒鳴っても、姉はぽけーっとしてる。


「でも、ガシャって崩れてたらおもろい」


「あんたは子ども時代、ぜっっったいにお友達が作った砂のお城を踏んづけて泣かした!」


「そんなんしてへんわ!」


「忘れてるだけや! あんたは破壊衝動があんねん。リモコンの電池のフタのとこ割ったり、丈夫で割れへんかった春のパン祭りの皿を割ったり!」


「…………たしかに、うちはものをよく壊すけど。でも、それはジェンガ関係ないで。

 ジェンガってこんなもんちゃうん? これって五分ぐらいでワー、キャーって終わるもんちゃうん。うちはもう飽きてきた」


 姉はしらけた顔でスマホをいじりだす。

 こいつ。

 こいつ!!!

 なんもわかってへん。


「……一時間」


「ほん?」


「ボクとお父さんは、一時間かけてジェンガしてました! もう、最後の方はこれ奇跡かいうぐらいタワーなってたわ!」


 姉がぎょっとした顔をしてから、ぷっと吹き出してゲラゲラ笑いだした。


「なにそれ、キモっ」


「はぁーー!?? あんたのほうがキモいわ!!! もう、ジェンガ二度とすんな!」


「そんなに! 浩くん、めっちゃジェンガ愛強いな!」


「そんなん言われたの初めてやー!

 …………もう、かわいそうなジェンガちゃん、ゴトゴトに崩されまくって。もうこれあんたの目の届かんとこに隠す」


 ボクは丁寧にジェンガを箱にしまう。


「封印の御札貼っといて」


「おう、今から姉避けの御札を知り合いの陰陽師に書いてもらってくるわ」


 と、言いつつボクはコンビニへ支払いの用事へ向かう。


 たくさん怒鳴って、なんか頭の中がすっきりしてる。ふっ、と息が軽くなったことに気づいた。

 ボクは頭を抱えて「ほんま、こいつありえへん!」と怒鳴った。怒鳴りながら、どこか笑っていた。


 結局、退屈していた家の中で、なんやかんや楽しかった。


 ほんまにありえへんジェンガで腹たったのに、楽しかったなんて──事後感情は不思議だ。


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