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番外その2 宴会の夜

裏で一時期設置していた拍手に入れてあったSSです。

 深い闇の底から引き上げられるように意識が戻り、国館壮一はうっすら目を開けた。何がどうなったのかよく覚えていない。気分はまだ少し悪く、微かな青白い光に浮かび上がる天井には見覚えがない。首を動かして辺りを見回すと、窓辺に腰を下ろした女性が振り返った。

「あ、目が覚めた?」

「粕谷さん…ここは?」

「旅館の離れ。壮一さん、ビール半分でぶっ倒れちゃったって?相変わらずお酒に弱いよねぇ」

 しみじみと言ってから、恋人の粕谷美樹は手に持っていたコップに口をつけた。

「…ビール?」

「そ。取引先のおじさまたちが持ってけって言って、瓶を置いてってくれちゃったから」


 ああ、そうだ。僕に恋人ができた話が取引先に広まって、見せに来いと言われること数え切れず。それを知った粕谷さんが「一度顔見せておけば皆さんも気が済むだろうから」と言うので承諾したら、旅館で宴会が催されるというおおごとに発展した。遠慮する隙もなく大宴会場に連れていかれ、たくさんの人からお祝いの挨拶を受けている間に、いつの間にか粕谷さんと離れ離れ。粕谷さんは普段カクテル系のお酒しか飲まないから、次から次へと勧められるビールを無理して飲んでやしないかとハラハラ。そのことに気を取られているうちに、ずっと遠慮していたビールをうっかり飲んでしまい、気付けばここにいたというわけだ。


「壮一さんって取引先のおじさまたちに愛されてるよね。“壮一君をよろしく頼む”ってたくさんの人から言われちゃった。ここの宿泊代も結婚祝いだって。思い込み激しいよねぇ。わたしたち、結婚どころか婚約もしてないのに」

 そう言って粕谷さんはくすくす笑う。

 僕だったら真っ青になって全力で否定しているところだ。そんな事実はないのだから粕谷さんにも失礼だし、皆さんを騙しているようで申し訳ない。だが粕谷さんは気にした様子なく「幹事さんから宴会に参加した人のリストをもらっておいたよ。あとでお礼したいでしょ?」とさらりと言う。

 営業経験のなせる業なのかもしれないが、彼女のこんな柔軟さに僕は憧れ、惹かれている。何事にも自信を持てない僕をありのままに受け止め、愛してくれた。

「壮一さん?お水いるよね?」

 立ち上がった粕谷さんは、部屋の隅のミニ冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを出し、僕に差し出す。

 僕は畳に敷かれた布団から体を起こし、それを受け取った。

「ビールも飲めたんですね」

「うん。アルコールが入ってる飲み物なら何でも好き。あ、でも泡盛とかマッコリとかウォッカとかは試したことないかな。あとボジョレー・ヌーヴォーも」

「ボジョレー・ヌーヴォー?毎年解禁って騒がれてる?」

「うんそう。ただいろいろ話聞くし、あたしにワインの出来がわかる舌なんてあるかなって思ちゃって買いそびれてるんだ」

 粕谷さんにしては珍しい気後れ。過去に辛い経験をしたことのある彼女は、ふとした拍子に弱気になる。そんな脆さも持ち合せる彼女を僕は愛し、ずっと守ってあげたいと思った。

 僕はできるだけさりげなく尋ねる。

「解禁日いつでしたっけ?」

「十一月の第三木曜日。一カ月後くらい?」

「ならその日までに当たり年のボジョレーワインを買って、…婚約の前祝いでもしますか?」

 勇気を振り絞って言うと粕谷さんは一瞬驚いた後、嬉しそうに「いいね」と言ってくれた。


おしまい

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