人気中毒
俺にはどうしても描きたいものがある。
それは一言では説明できないものだ。言葉を膨大に重ねたところで、きっと他人にすべては伝わらないだろう。
だから俺は物語にそれを籠める。
俺の想いを──すべての俺の想いを物語に籠めるのだ。それがそのまま、俺の思った通りに他人に伝わらなくてもいい。ただ、読んで何かを感じてくれれば。それで俺は満足できる。
俺の想いはわからなくとも、俺の描いた物語は他人の中に、確実に形となるのだから。
共感を覚えてくれてもいい、反感を買ってしまってもいい。それが俺の描きたいものであり、それをどう思うかは読む者の勝手だからだ。
そんな俺にとって、そのインターネットのサイトは、俺の願いを叶えてくれる場所だった。
小説投稿サイト『小説家になりお』──100万を超えるユーザー登録数を誇るこの場所に、俺は小説を投稿する。
結構な人数が、無名の素人作家である俺の作品を読んでくれる。いや、チラッと開いただけですぐに閉じているのかもしれないが、それでもいい。開いたうちの数人でも最後まで読み通してくれる者がいるなら。
俺の描きたいものを、俺の想いを籠めたものを、読んでくれる誰かがいる──それだけで俺は幸せだった。
「500pvを超えたか……」
俺はホクホクしながらアクセス解析画面を眺めた。
pvとは俺の小説が誰かのブラウザに表示された回数だ。500回以上も誰かが開いてくれたのだ。もちろんチラ見されただけかもしれないし、誰か一人が複数回表示してもそれが加算されるので、読んだ人の数とは違うが──
しかし俺のその作品は短編だ。連載とは違い、短編を複数回開いてみる者はそういない。
実際、pvとは別にユニーク数という項目があり、それは厳密にではないらしいがアクセスした人数を計るものであり、その数字が450を超えている。推定とはいえ、450人もの読者が俺の小説を開いてみてくれたのだ。
もちろん人気作品になると簡単に週で10万アクセスを超える。俺の作品はそんなのには遠く及ばない。
それでもいいと思っていた。
俺の書いているのは純文学だ。人気ジャンルではない。同ジャンルで読まれないひとのものは100pvにも届かなかったりする。
いや、人気など、どうでもいいのだ。
俺は俺の描きたいものを描き、誰かがそれを読んでくれ、できれば感想などいただければそれで良いのだ、それで幸せなのだ。
そう思っていた。
ふと見ると、籠谷恭也の新作が投稿されていた。
彼のことを密かに俺はライバルだと思っている。純文学ジャンルのランキングでいつも上位常連の人気作者であり、実際良いものを書く。
その新作を読んでみると、今回もなかなか素晴らしいものだった。まぁ、俺のほうがもっと素晴らしいものが書けるよとは思ったが、まぁ、なかなかだと認めることができた。
そういえば籠谷くんの作品って、どれくらい読まれているのだろう?
俺は彼のアクセス解析データを覗いて見たことがないことに気がついた。
俺も純文学ジャンルではランキング上位の常連だ。俺と同じぐらいかな? と思いながら、彼の作品のアクセス解析データを、初めて開いた。
1,180pv
1,051ユニーク
654ポイント
感想21件
レビュー7件
ほう。なかなかじゃないか……。
自分のはどれくらいだったっけ? と思い、この間ランキング1位を獲った短編作品のアクセス解析データを、俺は見た。
510pv
458ユニーク
128ポイント
感想3件
レビューなし
……なぜだ?
なぜ、俺のは彼のと比べてこんなに低いのだ? 俺のほうが良い作品を書いているというのに?
読者に見る目がないのだ。そうだ、質で劣っているなどということはない。そんなわけはない。
いや、最新作の数字では負けていても、もしかしたら総作品で比べたら俺のほうが勝っているかもしれないぞ?
そう思いながら、全作品での数字を比べてみた。
総合アクセス数というのは見られないようだが、総合獲得獲得ポイント数というのは比較できるようだ。それによると──
籠谷恭也 (全91作品)
総合ポイント 46,239
俺 (全112作品)
総合ポイント 16,523
……。
なぜだ……。
俺のほうが3倍ぐらい負けているじゃないか!
俺の作品のほうが深いのに!
やつの作品は綺麗なだけでペラッペラに薄いのに!
なぜ、俺のほうがこんなに数字で負けているのだ!
負けたくない! 負けたくない!
悔しい──
悔しいぃぃぃぃい〜い〜〜ぃい〜〜〜〜!
『なりお必勝法』というサイトを俺は開いた。
そこには今まで俺が気にもしていなかった、初めて知るような、目からウロコが落ちるようなことがたくさん書いてあった。
・タイトル欄に入れるべきものは、じつはタイトルではなく、作品の内容の説明である
なるほどな……。
『小説家になりお』には毎日、膨大な作品数が投稿されている。
その中で目立ち、読者さんの興味を引き、開いてもらうには、ぱっとタイトルを見て読みたくなるような文章が必要だ。
俺は自分の書いたもののタイトルを眺めてみた。
『暗雲』
『真実』
『駅』
書店に並べられてある有名作家の作品ならこれでいいだろう。
しかし、無名の俺が書いた作品を、これらのタイトルだけ見て、おもしろそうだと人は思うだろうか? いや、まずスルーされる。
籠谷くんの作品のタイトルも参照してみた。
『愛のかたまりを、その日、僕らは掴んだ、薔薇の花を揉むように』
『光あるところに薔薇の翼を休めよ』
『ミッドナイトトリップセンターで、魔女は黒い薔薇の夢を見る』
なんか綺麗だな。
どれも意味はよくわからないが、タイトルの時点で既に表現をしている。
同一作者の作品として統一感もある気がする。薔薇好きすぎるやろ、という気もしないではないが……。
なるほど。俺はタイトルで差をつけられていたのか……。
いや、待てよ?
籠谷くんのタイトルのつけかたは、俺のよりは読者の興味を引くだろうが、しかし『なりお必勝法』に書いてあるセオリーとは違うのではないか?
そう思い、俺は必勝法を読み直した。
・タイトルを読めばどんなストーリーかがわかるようにすべき
・オチもタイトルでわかるように
・オチがハッピーエンドだと読まれやすい
やはりそうだ……。籠谷くんのは、俺よりはマシだが、このセオリーとはまったく違う。イメージばっかりで、どんなストーリーなのかはちっともわからない。フッ……、やつもセオリーを知らなかったと見える。
新作を投稿する前から勝った気がしていた。
このセオリーに従って書けば、セオリーを知らない籠谷など敵ではないと思えた。
あらすじの書き方等、他にも色々とセオリーを勉強し、俺はそれに従って新作を書き、投稿した。
タイトルは『ボードリヤールのバーチュアルリアリティ理論に基づく外のない世界に転生した俺は、現実的に考えて無双などできるわけもなく、ただ無為な日々を過ごすうちに、いつのまにか選民思想に取り憑かれ、金貸しの老婆殺しを考えつく』だ!
長文タイトルが良いと聞いたので、そうした。ストーリーがタイトルを見ただけでわかるようにした。オチまでバラすのはあんまりな気がしたので、ネタバレは途中までで止めておいた。
ふふふ……。
楽しみは明日にとっておこう。
リアルで会ったことがないのでどんな顔かは知らないが、籠谷恭也の悔しがる顔を夢に思い描きながら、俺は寝た。
翌朝、目覚めるとすぐに、俺は昨夜の21時13分に投稿した『ボードリヤールのバーチュアルリアリティ理論に基づく外のない世界に転生した俺は、現実的に考えて無双などできるわけもなく、ただ無為な日々を過ごすうちに、いつのまにか選民思想に取り憑かれ、金貸しの老婆殺しを考えつく』のアクセス解析データを確認した。
25pv
19ユニーク
2ポイント
感想、レビュー 0
……。
なぜだ!
首をひねり、頭を働かせ、考えて、考えて、ようやく俺は思い至った。
そうか、純文学を読むような読者さんはひねくれてるから、こういうセオリー通りのやり方には反感を抱くのだ。そうに違いない。
これは純文学ではなく、ライトノベルの方法論だったのだ。人気ジャンルであるところのハイファンタジーや異世界恋愛ならこれでいいが、純文学でこれをやるのが間違っていたのだ。
そして私は答えを導き出した。
それならこのタイトルあらすじ方法論が通用するような人気ジャンルを書けばいい!
私は書いた。
普段書き慣れないものを、書いた。
まともに読んだことがなかったので難しかった。
しかし、書いた。籠谷恭也に負けたくない一心で、これなら絶対にヤツに勝てるだろうというものを、意地でも書いた。
そして俺の最新作、『神への道を志す青年は、悪役令嬢と伯爵令息との激しい性愛の末に没落していくのを目の当たりにし、さらなる神への道を志した』は完成した!
3.694pv
3,501ユニーク
0ポイント
感想、レビュー なし
めっちゃ読まれてるのにポイントゼロ!!! なぜだ!!!!
わけがわからなくなった俺は、某巨大掲示板に赴き、作品を読んでダメ出しをくれるというスレッドを見つけると、そこに自作品を晒し、質問してみた。
目からウロコの落ちるような答えが次々と返ってきた。
『誰得?』
『流行りと違いすぎる』
『意味がわからない』
『読者はこんなの読みたくない』
『もっとトレンドを勉強しなさい』
そうか……。
俺は俺の書きたいことばかり書いていて、読者が何を求め、どんなものを読みたがっているかをちっとも考えていなかったのだ。
俺は勉強した。
死に物狂いで現在の流行りを勉強した。
すべては籠谷恭也に勝つために!
ヤツを超える人気者になり、ブルジョアポイントユーザーとなって、ヤツを見下して高笑いするために!
そして新作を完成させた。
タイトルは『地味OLだった私が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど逆ハーレムなんかより私が望むものはただひとつの純愛でしてよ!』だ。
実際は本命のイケメンに一筋とかいいながら主人公が浮気をしまくる内容なのでタイトル詐欺かもしれない。
しかしそういうののほうがどうやら腐女子受けがいいと聞き、こうした。
読者が主人公に『アンタもあたしとおんなじねw』と親近感をもてるような仕掛けのつもりだ。
新作の閲覧数とポイントはグングン伸びた。
人気作者さんのものには到底敵わないが、自己記録を大幅に塗り替えた。
13,521pv
12,040ユニーク
3,456ポイント
感想 3
レビュー 1
ははは……。
勝った。
籠谷恭也の一番のヒット作でもポイントは1,000ちょっとだ。軽く抜いてやったぞ……。
しかし、俺の描きたかったものは、もうどこにもなくなっていた。




