大好きな作家さんに会ってみたら中のひとが全然違ってた(完結版)
小説投稿サイトでいつも楽しく交流している彼女に会ってみたら……。
※以前短編で投稿したものに大幅加筆しました(ハッピーエンドです)
僕は今日も小説投稿サイトにアクセスする。
日本最大の規模を誇る『小説家になりお』、ここに僕が今、日本一大好きな作家さんがいるのだ。
そのひとのペンネームは『はらほれ・うひゃこ』さん。
彼女の書く小説はいつも楽しくて、僕に毎日の元気をくれる。
僕が彼女のことを日本一大好きな理由はそれだけじゃない。
小説投稿サイト『小説家になりお』には、感想を送ったり作家さんの活動報告に書き込みをしたりと、色々と読者が作者さんと交流を行える機能が備わっている。
僕は彼女の作品の熱心な読者になり、いつも感想を贈っているそのうちに、うひゃこさんの『仲良しユーザー』になることができたのだ!
『まろいちさん、いつも感想をありがとうございます(*^^*)』
うひゃこさんが僕の書いた感想に返信をくれる。まろいちとはもちろん僕のユーザーネームだ。
『嬉しい感想、いつも執筆の励みとなっております(﹡ˆᴗˆ﹡)✩⃛』
彼女の小説にはないが、彼女のコメントにはいつも語尾に顔文字がつく。いつも気持ちのいい笑顔がそこにある。
『これからもどうか応援してくださいね。どうか見離さないで(^o^; 』
そんなやりとりをしているうちに彼女のことが大好きになった。
僕が彼女を見離すわけがない。
僕にとって、うひゃこさんは太陽なのだ。太陽のない世界で生きられるわけがない。
ある時、偶然そのことを知った。
彼女が投稿したエッセイに写真が貼られていた。近所の公園で愛犬を写したというものだった。
その写真の背景に、見知った建物が写っていた。
僕の家から見えるビジネスホテルの看板だ。
それはどこの町にでもあるものではなく、日本に一軒だけのものだった。
つまり、うひゃこさんは、僕の家のすぐ近くに住んでいる!
『小説家になりお』のメッセージ機能を使って、僕は彼女にそれを知らせた。このやりとりは僕ら二人にしか見えないものだ。
『あのホテル、近所です! ずいぶんお近くに住んでらっしゃるみたいでびっくりしました!』
そんなメッセージを送信すると、うひゃこさんから返信が来た。
『私もびっくりです(^.^;
もしかしたらまろいちさんといつも道ですれ違ってるかもしれないんですね(^o^;』
僕はわかってるつもりだった。
うひゃこさんは僕に対して好意をもってくれている。
年も同じぐらいだと聞いた。
これは運命だと感じた。
僕も小説を書く。それを彼女はいつも読んでくれて、面白かったと言ってくれる。
作家同士の結婚って、よくある話だよな?
僕は思い切ってうひゃこさんに提案した。
『今度のお休みの日、あの公園でお会いしませんか?』
ここから恋が始まる、そう期待した。
彼女の答えはこうだった。
『えー? ネットの知り合いに会うのは怖いですけど……(^.^; 』
僕は押した。正直な希望を伝えた。
『会ってお話してみたいだけです。それで……もし気が合えば、その先も期待しますけど、もちろんうひゃこさんの気持ちを尊重します』
『わんこ連れて行ってもいいですか?(*^^*)』
『もちろんです。愛犬ポチにも会ってみたかった』
次の土曜日、彼女と会うことが決まった。
◇ ◇ ◇ ◇
待ち合わせ場所は時計台の下。
30分前からそこに立って、僕はドキドキしていた。
この日のために五万円の服を買った。靴もピカピカだ。いやらしくならない程度に高級だけどカジュアルなファッションでまとめた。
容姿にはそこそこ自信がある。
身長は184センチだしスリムだ。
趣味が小説なのでお金を使うことがあまりなく、少なくとも貧乏ではない。
僕がモテないのは消極的で内気な性格のせいだと思っている。きっかけがなければ女性と何を話せばいいのかもわからない。
でも、うひゃこさんなら、ネットでもう気心が知れている。
きっと話も弾むはずだ。
彼女、僕のことを印象よく思ってくれるだろうか……。
いやいや! あまりそういうことを考えすぎるから、いつも何も話せなくなってしまうんだ!
気楽に、気軽に行こう。
彼女の語尾につく顔文字みたいな笑顔を見れば自然に話せるはずさ!
そんなことを考えていると、いつも写真で見ているラブラドール・レトリバーを連れた女性がこっちへ歩いて来るのが見えた。
広島カープのキャップをかぶり、ネズミ色のツナギみたいな服を着て、足元は汚れた運動靴だ。
時計台の下に一人立っている僕の前まで来ると、キャップに隠れていたその顔を上げた。
「う……、うひゃこさん?」
僕が聞いても、何も言わなかった。
黒ぶちメガネの奥から『キッ!』という擬音語の似合う鋭い目で僕を睨んでいる。
「あ……、会えて嬉しいです」
僕が言うと、歯ぎしりをするような口の形をして、僕を睨みつけた。
かわいいかもなんて期待はあまりしないでおこうと思っていたからか、顔は予想よりもかわいいぐらいだったが、表情のあまりの怖さに僕はたじろいだ。あの笑顔の顔文字はどこ行った?
「その……。このあいだの短編も……面白かったです」
褒めても笑顔が産まれない。
ずっと僕を憎むように睨みつけているので、心配になって聞いてみた。
「う……、うひゃこさん……ですよね?」
何も言わずに素速く僕に背を向けると、駆け出した犬に引っ張られるように、彼女は去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の夕方、うひゃこさんからメッセージが届いた。
『ごめんなさい。緊張してなんにも言えませんでした(*^^*)』
僕は一言だけ返信した。
『き……、緊張してたんですか』
『緊張すると私、あんな感じになるんです。気を悪くされましたよね(^.^; 』
そうか。彼女は極端な人見知りなんだ。
顔はかわいかったし、何より彼女の書く小説が僕は大好きだ。
このチャンスを逃してはいけない。
僕は提案した。
『また今度、会いません? 今度はファミレスで! ごはんを一緒に食べたら気も軽くなるでしょ?』
◇ ◇ ◇ ◇
当日、ファミレスで先に席に着いて待っていると、彼女が店に入ってくるのが見えた。
パジャマ姿だった。足元はスリッパだ。寝起きみたいなボサボサ頭なのにやっぱりかわいかった。
黒ぶちメガネの奥から僕を見つけると、キッ! と睨んできて、それからすぐに背中を向けて、パタパタとスリッパの音を鳴らして逃げていった。
きっとまた夕方あたり、笑顔の顔文字つきで謝ってくるのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
『ごめんなさい……。また、やってしまった(^.^;』
やっぱり謝ってきた。
『私、他人とお話するのが怖いんです(/_;)』
彼女の語尾に初めて泣き顔がついた。
『特に、仲良くなりたいって思ったようなひとの前では、特別あんなふうになっちゃいます。・゜・(ノ∀`)・゜・。』
えっ?
僕は返信した。
『実際会ってみて、僕の印象、どうでした?』
しばらくして返事が返ってきた。
『正直いいひとそうだなあって……(*^^*)』
『いいひとっていうと……異性としては興味がもてないような?』
『あっ! そうじゃないですよ(^o^;』
『じゃあ……』
『はっきりいうと……タイプです(〃ノωノ)』
僕はパソコンの前でガッツポーズをした。
◇ ◇ ◇ ◇
そうだ。あの目つきの悪いうひゃこさんが彼女のほんとうの姿であるわけがない。
彼女は全人類を笑顔にしてしまうような小説を書くんだ。内面はとてもフレンドリーで、愛に満ちた素晴らしいひとなんだ。その内面が、リアルではうまく外に出せないだけなんだ。
僕らはこの間のファミレスで再び会うことにした。
今度は逃げ出してしまわないよう、先に席に着いて待っていると彼女のほうから提案してくれたのだ。
僕が入っていくと、彼女は既に奥のほうの席に座り、スマホを操作していた。恐ろしい目をしている。
「うひゃこさん」
名前を呼びながら僕が向かいの席に座ると、彼女が小さくびくっとした。
「ようやくお話できますね。嬉しいです」
そう言って微笑んだ僕の顔は一切見ようともせずに、彼女はスマホの画面を睨みつけている。その指がなめらかに、凄いスピードで画面の上をスワイプする。
「あっ。もしかして小説を書いてたんですか? 新作楽しみに……」
うひゃこさんが歯ぎしりを始めた。
いきなり立ち上がり、テーブルをばん! と叩く。うひゃこさんの前にあったサービスランチの食べ終わったお皿が浮いた。
僕の顔を殺意のようなものを浮かべてキッ! と睨むと、急ぎ足で店を出ていってしまった。
その時初めて気がついたのだけど、彼女は今日はとても気合いの入ったというか、白いTシャツにデニムのオーバーオールを着ていた。
後ろ姿もかわいかった。
◇ ◇ ◇ ◇
自分の部屋に帰ってから初めて気がついた。
『小説家になりお』のトップページに、3件のメッセージが届いていた。
うひゃこさんからだ。僕はそれに気づくと、急いで開いてみた。
『もうファミレス着いてますよー。1時間も前に着いちゃったから、ごはん食べておきますね(*^^*)』
『こんにちは。またお会いできて嬉しいです(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ぺこ』
『うまく喋れなくてごめんなさい。なりおのメッセージ機能で謝っています。……気づいて』
僕は気づいてあげられなかった……。
でも、光明が見えた気がした。
直接喋ろうとするとあんなになるのなら、このメッセージ機能を使ってお話すればいいんだ。
僕は早速彼女のメッセージに『ごめんなさい、気づかなかった』と返信すると、提案を添えた。
『もう一度、あのファミレスでお会いしませんか? そして、もしも僕に好意を持っていてくれるのなら、胸に何か赤い花でも何でもいいからつけていてくれませんか?』
ドキドキしながら返信を待っていると、すぐにそれは返ってきた。
『緑色のトカゲのバッチでもいいですか?(*^^*)』
◇ ◇ ◇ ◇
みたびあのファミレスへ行くと、彼女はまた奥の席でオレンジジュースを前に置き、スマホを睨みつけるように見ていた。
僕が入ってきたのに気づいたのか、サッと自分の胸を手で隠す。
今日はだぼっとした白いトレーナーにジーンズ姿だ。
僕は向かいの席に着くと、自分のスマホを取り出した。
『小説家になりお』を開くと、メッセージが2件あった。
『もう着いてます〜! また早く着きすぎちゃったから先にごはん食べときますね(^.^;』
これはここへ来る前に既に読んでいた。
もう一件、新着メッセージが入っていた。時間は数十秒前だ。
『ドキドキします。またやらかしてしまわないかと……(-_-;)』
「大丈夫ですよ、うひゃこさん」
僕はにっこり優しく微笑むと、目の前の彼女に話しかけた。
「何も喋らなくていいから。メッセージで会話しましょう」
新着メッセージが来た。
『私、こんなんじゃないんですよ。好きなひとの前では緊張しすぎちゃって……(-_-;)』
僕は口ではなく、メッセージで返事をした。
『構わないです。僕はほんとうのうひゃこさんを知ってるから』
『素直じゃなくてごめんなさい(/_;)』
『泣かないで。自分を責めないで。いつもの笑ってるうひゃこさんが見たいな』
そこまで書いてから、続きを入力し、送信した。
『胸のバッジが見たいです』
顔を上げ、向かいの彼女を見ると、まるで酸素が不足して真っ赤になったような顔色で、僕を睨みつけている。
やがてクッ! と何かを噛みちぎるような表情をすると、自分の胸を隠しているその手を退けた。
緑色の、かわいいデフォルメされた漫画のトカゲのデザインの、意外におおきなバッジがそこについていた。
「うひゃこさん!」
僕は、押した。
「僕とその……友達から始めてくれませんか? 僕、あなたの内面が、いや実際のあなたのことも、大好きになっちゃったんだ!」
うひゃこさんがおおきく口を開けた。
まるで生き別れのお父さんにでも偶然会ったみたいに泣きそうな顔をすると、初めてその口をうごかして、喋った。
「あう、ああし……、ああしも、すいえす」
よく見ると補聴器をしていた。
耳がよく聞こえないので自分の言葉も聞こえず、言葉の発音がへんになってしまうようだった。
恥ずかしくて打ち明けられなかったのだろうか。そんなこと、どうでもいいのに。
僕は彼女の両手を握ると、にっこり微笑み、彼女の胸の奥まで届けと、口の形がわかりやすいよう注意しながら動かして、言葉でそれを伝えた。
「僕と結婚を前提に付き合ってください」
うひゃこさんが初めて笑った。
それはいつも見ていて僕がよく知っている、語尾につくあの顔文字の笑顔にそっくりだった。




