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小説家になりお 〜 小説投稿サイトモノ短編集 〜  作者: しいな ここみ


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18/32

感想中毒リローデッド(完成版)

「ミスミ」


 私の名を呼ぶ声が聞こえる。


「ミスミ……。目は覚めているかい?」


 そうか。私は今、眠っているのだ。

 これは誰の声だ? 優しく、私を包み込むような……頼りたくなるような男の声。


「ミスミ。ちゃんと目を開くんだ」


 目を……。今、私は閉じているのか? 虹色のような液体の中を揺蕩っているのが見えているが……。


「やつらが見張っているぞ!」


 ハッと目を開けると白い天井が見えた。大きなシーリングファンがゆっくり回転している。


 目を左右に動かす。()()()の気配はない。しかし、スリープ状態にしてあるノートパソコンの中に、確かに監視プログラムの存在を感じた。


 動いている。不正を探し回っている。


 私は『小説家になりお』に複数のアカウントを持っている。それを使ってしているのは調査、囮捜査、そして単なる個人的な楽しみ。それらはけっして『なりお』の規約に違反することではないが、このことが()()()に知られたら……


 私は急いで立ち上がった。パソコンの電源を落とすと、黒いレザースーツの背中に取り付けたスロットに格納し、窓を開ける。


 安ホテルの3階から見下ろすと、まだ暗い街に人通りはない。


「ミスミ」

 また彼の声が頭の中に聞こえた。

「我々の救世主となるべき男がいる。しかし今、その男は()()()によっていいようにされかかっている。そいつを救ってやってくれ」


「わかったわ」

 意識のはっきりした私は、その声が誰のものなのか、もうわかっていた。

「任せて、ジョジョ」


 私は窓から逃げた。空中でゆっくりと一回転し、約10メートル下のアスファルトに降り立つと、すぐに走りはじめた。ホテル代は踏み倒した。


 私は『レジスタンス』のメンバー。しかもリーダー・ジョジョの右腕の女幹部、『ミスミ』だ。()()()が支配するこの社会のルールなど、守る義理はないのだ。




 Ψ Ψ Ψ Ψ



 俺の名前はサイトウ・アラタ。工場勤務のしょぼくれた27歳の男だ。ちなみに勤めている工場が何を作っているのかは知らない。俺が知らされているのは何かの電子部品に使う何かを作っているらしいということだけだ。


 工場の仕事は単調だ。毎日毎日同じ作業を繰り返すだけ。


 彼女もなく、趣味といえるほどのものもなく、俺の日々には潤いというものがなかった。


 そんなある日、インターネットで楽しい場所を見つけた。

『小説家になりお』というサイトだ。このサイト名が『小説家におなり』を並べ替えたものなのか、それとも『なろう』の音をいじったものなのかは知らない。


 俺は自分の妄想には自信がある。

 毎晩、寝る前に、妄想の中に理想の恋人を創り出し、理想の自分をでっち上げて、二人のラブラブなストーリーを思い描くのを日課としていたからだ。


 この逞しき妄想を小説にし、広く世間にも知らしめたいと考えた俺は、『小説家になりお』に毎日投稿をしていた。


 無名の工場勤務27歳のショボい男の小説など──しかし……読んでくれる他人などいるものだろうか?

 そう思っていたが、意外に興味をもってくれるらしい人はいるものだ。投稿するたびに、20前後ものアクセスがあった。




 ある日、初めて見る赤い文字がトップページに表示されていた。


【感想が書かれました!】


 俺は嬉しさに飛び上がりそうになった。

 もう8作品ほど短編小説を投稿していたが、感想がついたのは初めてのことだったのだ。

 内容は『面白かったです』程度の短いものではあったが、今まで数字でしか見えていなかった読者というものを生々しく感じることが出来た。


 俺の書いたものを、読んでくれてる人がいるんだ……


 そんな想いが力となり、取り憑かれたように俺は次々と新しい小説を書き、投稿した。




 最初の感想が書かれると、毎日ひとつは感想がつくようになった。

 仕事中も気になって仕方がない。今朝投稿した小説に感想がついてないだろうか? 昼休みを待てず、トイレに行くふりをして俺はスマホでチェックするようになった。


【感想が書かれました!】


 あった!


 その赤い文字を発見することが俺の人生最大の幸せになった。

 一日に何度も『小説家になりお』のトップページをリロードした。

 感想がつかないと絶望にも似た気持ちになった。

 赤い文字があったからといってすぐに喜んではいけない。誤字報告も同じ赤い文字で届くからだ。俺はよく誤字脱字をやらかすので、親切な読者さんが気づいたら報告してくれる。それは有り難いが、感想のように嬉しいものではなかった。




 そのうち俺は短編小説だけでなく、連載ももつようになった。もちろん人気が出たから始めたわけではない。『なりお』では、何をするのも自分の意思次第で出来るというだけだ。


 連載が進み、構想していた山場がやって来た。俺は力を込めて、一番書きたかった場面を書ききり、投稿した。


 これは絶対みんなの話題になるはずだ。


 感想10個ぐらい来ちゃうんじゃないか?


 朝の8時に投稿し、仕事中に何度もリロードして確認した。

 仕事が終わってバスに揺られながらも何度もリロードした。

 アパートの部屋に帰ってからも、コンビニ弁当を食べながら数十秒ごとに確認した。


 感想がつかない。


 なぜだ! 主人公とヒロインが結ばれる場面だぞ!? みんながこの時を待ち侘びていたはずだ!


 なぜ感想がつかない!? 弁当を食べ終わり、風呂に湯を入れながら、風呂に入るまでに10回確認した。風呂に入りながらも何度もリロードした。しかし……感想がつかないのだ!


「う……っ、うわああああ?!」


 泣きながら俺はスマホ画面をリロードしまくった。

 人差し指が痛くなるほどに。

 しかし、感想がつかない。


「ぎ……ぎえへへへへ! ひゃっ、ひゃうああああ!」


 もはや泣いているのか笑っているのか、自分でもわからなかった。

 布団に入り、枕を涙とよだれで濡らしながら身をよじっていると、突然枕元のほうから女の声がした。



「あなた! 危険よ! やめなさい!」



 俺は独り暮らしだ。もちろん嫁なんていないし、カノジョもない。


 どう考えても不法侵入者か幽霊でしかありえないその女の声に、驚いて布団から飛び起きた。


 キッチンと居間とを仕切る引き戸の陰から、背の高い女がこちらを覗いていた。

 ひっつめ髪でちょっと老け顔のお姉さんだった。真っ黒なツナギに身を固め、サングラスをかけている。


「だ……、誰ですか?」

 俺はそう聞くしか出来なかった。


 お姉さんは部屋に入って来ながら、名乗った。

「私は『ミスミ』。レジスタンスのメンバーよ」


「レ……タス?」


「そんな健康的なものじゃないわ。『小説家になりお』に感想中毒にされてしまった人たちを救助して回っているの」


「か……、感想中毒?」


 お姉さんはテーブルに向かって座ると、冷蔵庫から出したらしい俺のレッドブルをごくごくと一息に飲み、語り出した。


「私たちレジスタンスはやつらと戦っているの。小説投稿サイト『小説家になりお』は大衆を感想中毒にして、社会的廃人を大量に作り出そうとしているのよ」


「は……、廃人?」


「あなたのことは調べたわ。ミスター・アラタ。辛い日常を送っているようね。楽しかった過去もなく、未来への希望もなく、彼女いない歴が27年……」


「や、やめてくれ!」


「何も楽しいことがリアルにないから創作の中に逃避しているのよね? でもあなた、このままでは『小説家になりお』に依存心をいいように支配されて、妄想の中で生きることになるわ。現実でのあなたは廃人になってしまうのよ」


「言うなあああ!」


「ねえ、アラタ。私たちの仲間になって?」


「な……、仲間?」


「一緒に『小説家になりお』運営を倒しましょう。あなたのように感想中毒にされてしまっている人が日本はおろか、世界中に爆発的に増えている。彼らの目を覚まさせるの。まずはあなた自身が目を覚まして……」


「い……っ、いやだ!」


「え……?」


「俺は妄想の中で生きるんだ! リアルなんてどうでもいい! あの、感想を貰う喜びを知ってしまったからには、もはやリアルでなんて生きて行けないんだ! 感想……。感想……! 俺は感想が欲しいんだ! もっともっと欲しいんだーっ!」


「アラタ! 目を覚まして!」


「書くぞ! よーし書くぞ! きっとまだまだ妄想力が足りなかったんだ。感想がつかなかったのは、俺の書き方がいけなかったんだ!

ヒロインのJKをもっと魅力的に描かねば! そして寂しい男たちの欲求を存分に満たす書き方をせねば……! ヒヒ……ヒヒッ! か、書くぞ……! 俺は書くぞーーーッ!!」



 Ψ Ψ Ψ Ψ



「ダメだわ……。もう感想中毒にされてしまっている!」

 私は頭の中に助けを求めた。

「ジョジョ! どうしたらいい?」


「よし、任せろ」


 ジョジョが実体化した。


 突然、部屋の真ん中に出現したスキンヘッドのゴリラみたいな男に、アラタが驚いて声をあげた。


「なっ……、なんだ、アンタは!? 怖い!」


「初めましてだな、サイトウ・アラタ」

 ジョジョは握手を求める手を虚空に差し出したまま、自己紹介をした。

「私の名はジョジョ・メタボルフォーゼ。レジスタンスのリーダーをやっている」


「なっ……、なんだ、その名前!」

 アラタがあからさまに嫌がった。

「どう見ても日本人じゃないか、アンタ! しかも怖い! ヤクザ!?」


「突然だが、君にはこのミスミと結婚してもらう」

 ジョジョが私も初耳なことを言い出した。

「予言者のバアヤが言ったのだ、君とミスミの間に産まれる子が世界を救う──と」


「けっ……、結婚!?」

 アラタが私の顔を物凄い勢いで振り向いた。

「えーと……。美人だとは思うけど……うーん……。俺、老け顔のお姉さんはあんまり……」


 思わず暴力を振るいそうになったが、抑えた。


「知ってるぞ。アニメに出て来るような美少女や、十代のアイドルみたいなのが好みなのだろう?」

 ジョジョがまだ握手を求める手を下ろさないまま、言った。

「よければミスミを君好みの美少女に見た目を変えることも出来る。私の能力をもってすれば、な」


 なんだか勝手なことを言われているが、私は黙っていた。レジスタンスの意志が私の意志なのだ。死ねと言われたら死ぬ覚悟すらある。


「アンタ、なんで俺のことをそんなに知ってるんだ?」

 アラタがジョジョのことを不審がっているようだ。


「バアヤが予言したのだ。君は感想中毒をもって社会を支配しようとしている『小説家になりお』運営を打ち倒す救世主なのだと、な。ゆえに調べさせてもらった」


「個人情報保護法違反じゃね?」


「仕方がなかったのだ。この社会を救うためだ」

 ジョジョはようやく握手を求める手を下ろすと、言った。

「我々に力を貸してほしい。救世主としての、君の力が必要なのだ」


「断る」

 アラタは即答した。


「なっ……!?」

 あのジョジョがうろたえた。

「なぜだ? 『小説家になりお』運営は、社会を廃人だらけにしようとしているのだぞ? そんな悪を、共に打ち倒そうではないか!」


「そんなことをして、俺にどんな得が?」


「何を言う! 当たり前のことだぞ、アラタ? 人は現実を生きるべきものだ。妄想の──ニセモノの世界で生きるべきではないのだ!」


「だって妄想のほうが楽しいんだから仕方がないだろ」

 アラタは自信たっぷりに、言い切った。

「つまらなくて、嫌なことだらけの現実に俺を引き戻すな」


「いかんっ……!」

 ジョジョが前へ出た。

「感想中毒の末期症状だ! コイツ……このまま感想が貰えなかったら……死ぬぞ!」


 バシッ!


 取り押さえようとするジョジョの逞しい手を、貧弱なアラタの手が、弾いた。


「俺は、俺の、妄想を、書き続ける!」

 その瞳が執念に燃えていた。

「邪魔するやつは許さない! 迷惑ユーザーとして運営に訴え、処罰してもらう! おまえを乗り越えて、俺は、誰かから、何が何でも感想を貰ってやる!」


 ハッとした。


 恋は邪魔が大きいほど燃え上がるというのに似ていた。


 私は堂々と妄想を生きようとする彼を見て、目が覚めたような気持ちだった。

 そうだ。何を私は、運営に反抗しようとしていたのだろう。

 現実よりも、妄想は楽しい。そんな妄想を誰かが読んで、感想をくれたら、人生にそれ以上楽しいことはないではないか。

 アラタは清々しかった。清々しいほどに現実を諦めていた。彼はここにいるようで、ここにいない。妄想の中を全力で生きているのだ。


 そんなアラタに、私は……


「仕方がない……」

 ジョジョが本気で構えた。

「ならば力ずくで……」


 必殺のゴリラ・アーツを使おうとしたジョジョを私は横から裏拳でふっ飛ばした。


「ウアーーッ!」

 断末魔を残してジョジョは消えた。


「あっ? 怖い人、消えちゃった」

 暴力をふるわれそうになって怯えていたアラタが、びっくりした声をあげる。


 その頭を私は抱き、胸に埋め、撫でた。


「怖い人はデリートしたわ。これが私の、『イレイザー・バックハンドブロー』の能力なの」


「凄いね、おねえさん」

 アラタは子供のように可愛かった。

「フィクションの中のスーパーヒロインみたい」


 彼の頭を撫でながら、私は言った。

「私、あなたに恋しちゃったみたい……。結婚してくれる?」


「だから、俺、老け顔のおねえさんは……」


「私も小説を書いてるのよ。顔に似合わない、アニメ調の、JKモノの、ファンタジー小説よ」


「へえ」


「妄想の中で結婚しましょう。私を、私の書くJKキャラだと思って……」


 私に頭を撫でられながら、アラタはパソコン画面をリロードしていた。


「あっ!」

 私のプロポーズは無視して喜びの声をあげた。

「感想がついた!」


 見ると、彼が自信をもって書いたという山場の部分に、ひとつだけ感想がついていた。



 『遂に二人は結ばれちゃいましたね! 楽しいことしかない世界! 先生の願望と妄想全開で面白かったです』



 アラタは大好きなカップケーキを見る子供みたいに、目を輝かせてその感想を眺めていた。私もその隣に並んで、一緒に笑顔でその感想を見つめた。


「やったわね、アラタ」


「うん! 頑張れば報われるものなんだね」


 彼の喜びが、私の脳に直接伝わってくるようだった。


 私は自分の背中からノートパソコンを取り外すと、起動し、『小説家になりお』のマイページを開いた。そこに設定してあった『感想を受け付けない』を『受け付ける』に変更した。


 そして心に誓っていた。これから毎日、アラタに感想を送ろう。彼を喜ばせることをしよう、と。



 大丈夫。私はちゃんと目を開いている。


 この現実が、見えている。


 もう反社会的な、破壊活動のようなことはやめた。この現実をアラタと一緒に、楽しいことしかせずに生きて行こう。


 たとえこの世界が、誰かの妄想であろうとも。





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[良い点] 更新乙あり〜♪  メタいっ! ……とオモタら、なるほどそーゆーコトやってんね、と。 
[一言] 最後の一文……! ここでメタ的な言葉が入るとは思わなかったので、おぉ……と感動しました。 感想を頂けるのって本当に嬉しいですよね。 確かに自分の書いた妄想の世界を生きているのかも知れませんが…
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