小説家になりおの闇
ドキュメンタリー風に
小説投稿サイト『小説家になりお』には闇がある。
数ある小説投稿サイトの中でも最大の登録者数を誇る『小説家になりお』。そこに投稿された作品総数は100万を超える。あまりの多さに一つの作品をもし探し出そうと思っても、それは大海の中に一滴の真水を探すようなものだ。
投稿者にとっても、それは『読まれにくさ』を意味していた。少なくともランキングに乗らなければ存在を気づいてすらもらえないのだ。トップページに掲載されるランキングにはジャンル別日間〜総合ランキングが存在し、特に人気の『異世界恋愛』などでそこに顔を出すことが出来れば夥しい数のユーザーに読んでもらえるが、逆に顔を出すことができなければ海の底にひっそりと沈んで行くように、誰からも気づかれないまま砂の上でじっとしていなければならない。
何においても広告を打ったものがよく売れるように、『存在を知ってもらうこと』、『良いものだというイメージを消費者に植えつけること』がまずなくては話にならないのである。
私はいわゆる『スコッパー』というものをやっている。
スコッパーというのはつまり、ランキングに顔を出すことなく埋もれている良作を発掘し、SNSなどを用いて紹介する仕事だ。
仕事とはいっても対価を得ているわけではない。良い作品が誰にも知られずにいたら多くの人に知ってもらいたいというだけのことだ。
相互お気に入りユーザーさんの多い人はその人脈で自作を持ち上げてもらい、広く紹介してもらうことが出来る。しかしそんな人脈など一朝一夕で築き上げられるものではない。私はそんな人たちのためになればと思って、『小説家になりお』を盛り上げたいと願って、ボランティアのようなことをしているのだった。
サイトを眺めていて、私は闇のようなものを感じることがある。
『自分の作品を読んでくれ』
『自分が、自分の生きている証として、心血を注いだ小説作品を、頼むから読んで認めてくれ』
そんな声が聞こえてくるように感じることがある。
とても楽しげでキラキラした表面の下に、そんな声が闇の中で呻いている。
闇の中から彼らを救い出したい──はじめのうちはそんな純粋な動機だった。
「おいヤマオカ。おまえのその仕事、カネになるぞ」
友人の田辺が私をそそのかしてきたのだった。
きっかけは私がスコップした『埋蔵金を掘り当てたのでスローライフしようと思ったのですが財産目当てに押し寄せた美女たちのお陰で波乱万丈になりました』という小説が書籍化されたことだ。
その作品はそれまで日の目を見ずにいたが、私がスコップしたことで口コミを通じて話題となり、遂に書籍化までされた。
今まで積み上げてきた実績も手伝ってだろうことはもちろん、この一件が私のスコッパーとしての評判を一気に押し上げた。『ぜひ自分の作品も取り上げてほしい』という依頼が殺到したのだ。
小説投稿サイトのアマチュア作家たちは基本的に自作の宣伝まで自分でしなければならない。しかし誰もがセルフプロモーションの才能を持っているわけではない。むしろそんな才能のある者のほうが希少だ。
しかも小説を書きながらプロモーションもするとなると、その労力は甚大である。私のような『宣伝をしてくれる役』に需要があるのは当然であろう。
「なぁ、俺も協力するからさ。一緒にやろうぜ。web上でそういう店を持てるサイトがある」
田辺の黒縁メガネの奥の目が金欲に輝いていた。
「俺が面倒くさいところは全部やるからさ。おまえは宣伝記事を書いてくれるだけでいい。ちなみに今までどれぐらいスコップした? 教えてくれ」
「数えてるよ。今のところ一年ちょっとで千と五作品ほどだ」
「多いな。辛かったか?」
「全然。本業をやりながら片手間に楽しくこなして来たよ」
「最初は二千円から始めよう」
田辺はノリノリだった。
「今までの千件の無料スコップが200万円になるんだぜ? もし評判が上がればじわじわと値上げしていく。一万円取れるようになれば年収一千万だ」
そんなのは不純な気がして、最初は乗り気ではなかった。
しかし、そんな具体的な金額の話を聞いて、私もついその気になってしまったのだった。
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ぼくの名前は……内緒。
『小説家になりお』上では『椎奈ここみち』のペンネームで小説を書いている。
中学生の頃から小説が好きで、古今東西の分学作品をたくさん読んで来た。だから自分の書くものにも自信があったんだ。
流行のジャンルのものは書く能力がないから、文章力を活かした文学作品を書いて投稿している。
じつは大手出版社の文学新人賞で二次選考まで通過したことがある。だけど、作家にはなれなかった。
諦めていた夢を、このサイトは叶えてくれる。ぼくの書いたものを世に知らしめたい。きっとぼくの作品を読んだ人たちはびっくりする。あまりに独創的なぼくの作品世界に。
そう思って、そう期待して作品を発表してきたけれど……読まれない。
べつにポイントが欲しいわけじゃない。書籍化が狙えるとは……少しだけは思ってるけど、でも身の程は知っている。
ただ多くの人にぼくの作品を知ってもらい、読んでもらいたいだけなんだ。
今日も新作の短編小説を投稿した。
今回は……いや、今回も、自信作だ。
夜の23時に予約投稿して、寝た。あまり早い時間に投稿すると反応が気になって眠れなくなるからだ。
朝、起きて反応を確認してみる。
結構読まれている。さすがは最大の投稿サイト『小説家になりお』だ。他のサイトだと表示回数ゼロなんてことも普通にあるのに。
22回も表示されていた。ただしこの数字は純粋な表示回数。同じ人が何度か表示してもカウントされる。
アカウントの重複を除いた表示回数は『ユニークアクセス数』と呼ばれ、それが大体正確なぼくの小説ページを開いてくれた人の数だ。もちろん表示したからといって読まずにすぐ閉じているかもしれないけど。ちなみにそれは17だった。
面白かったら読者さんが5つの★で評価してくれる。
今回もぼくの作品の評価はゼロだった。
感想もいつものようについていない。
多い人は一日で数千、数万ものユニークアクセスを稼ぎ、評価もガンガン★がつく。感想も返信しきれないほどの数をもらえて、レビューなんかもされている。ランキングに載るからたくさんの人に見てもらえるのだ。
ぼくの作品はトップページに『新しく投稿された小説』として掲載されるが、それは一瞬のこと。
何しろ投稿数が半端ないので、次々と投稿される他の人の小説に一瞬で流される。
その時たまたま見ていた人がぼくの小説を開いて見てくれる。
その一瞬だけがチャンスなのだ。
『小説家になりお』には色んな読者さんがいる。
ぼくのような文学ファン、ライトノベルのファン、そのどちらも読んだことがないようなライト層──。
ぼくみたいなコアな文学ファンは少数だろう。たまたまぼくの作品がトップページに載っている時にそんな少数のタイプの読者さんが見つけてくれなければ、ぼくの作品は評価もされずにあっという間に誰も気づかないところへ流されてしまうことになる。
ああ……。読まれたい。
ぼくの小説がここにあることを知られたい。
でもぼくにはそれを宣伝する能力なんかない。
どうにかして、ぼくの小説を広く知らせる方法はないだろうか。
そんなことを思っていると、メッセージが届いていることに気がついた。
差出人の名前を見て少し驚いた。
ヤマオカさん──この人、有名なスコッパーだ。ヤマオカさんにスコップされて人気に火がつき、書籍化された作品もあると聞く。
メッセージには二千円でぼくの作品を宣伝してくれると書いてある。
ぜひお願いしたい!
二千円なんて安いものだ! ヤマオカさんに宣伝してもらえたら、ぼくの小説を広く知ってもらうことが出来ることだろう!
でも……それって不正にならないのかな。
不正を働いたらアカウントを停止させられてしまう。
よく読むと『不正には当たらない』と書いてあった。
評価つまり★の数を不正に操作する行為ならNGだけど、お金を払って外部に宣伝をしてもらうだけなら問題ないんだそうだ。
そりゃそうだよな。
書籍化された作品なんて、出版社が外部に宣伝費を払ってCMとか打ってもらってるんだもんな。
直接★をねだって評価を捏造するのとは違って宣伝してもらうだけだ。評価されるかどうかは読んだ人が決めるんだから。
ぼくは少しだけ迷った末、すぐに二千円を支払った。
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田辺と二人でこの仕事を始めて2ヶ月になる。
評判はどんどん上がっている。私が宣伝した作品は大抵閲覧数が爆上がりし、中には書籍化まで行きそうな勢いのものもある。
先日は椎奈ここみちという純文学作家の宣伝をした。
私としてはあまり作品に見るべきところはないと思ったが、田辺が『コイツ絶対もっと読まれたくて悶々としてるぞ』と推してくるのでメッセージを使って勧誘した。
私の気が進まずテキトーな宣伝文を書いたせいか、あるいはジャンルがそもそも不人気だったからか、彼の小説は二千円払ったぶんも閲覧数は上がらず、宣伝は無駄に終わったようだ。
まぁ、私に宣伝文を書いてもらっただけで喜んでいるようなので、良いことをしたとでも思っておこう。
それより困ったことには最近、『二万円払うから評価ポイント──つまりは★をたくさんつけてくれ』と依頼してくるユーザーが多い。私はそんなことはしない。しかし田辺が乗り気になっている。
そんなことをすれば明らかに黒だ。不正だ。依頼したユーザーはアカウントを抹消され、私たちも仕事を続けられなくなるだろう。
田辺は『バレなければ大丈夫』と言うが、どうも自信がない。自分がそんなことをして黙っていられる自信がないのだ。
私はスコッパーだ。
スコッパーであることに誇りをもっていたい。
そんな不正行為にあたることを依頼してくるユーザーには誇りはないのだろうか? ズルをしてでもランキングに載りたいというのだろうか。自分の書いた小説の中身で勝負しなければ意味がないとは思わないのか?
いや、それどころではないのだろう。
ただひたすらに、読まれたくて、読まれたくて、仕方がないのだ。
『自分の書いたものを読んでくれ』
『認めてほしい、自分の存在を』
そんな声が低く響いて聞こえてくる。
とても楽しげでキラキラして見える『小説家になりお』の表面を突き破ったその下に暗い闇があり、そんな声がそこに犇めいている。
私はそんな闇に光を当てたい。
彼らを太陽の光で暖めてあげたい。
しかしそんな私の想いなど吹き飛ばすように、黒い幽霊のかたまりのような声は渦を巻き、私をそこに巻き込もうと襲いかかってくるようだ。
私は自分をしっかりと持とう。
なりおの闇は深い。
その闇に、巻き込まれぬように。




