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3 真なる平和を目指して


「ヴィルヘルミネ様と同じにございます」


 膝の上で拳を握り締め、エルウィンは言った。彼の双眸には主君と共に覇道を歩もう、という確かな覚悟が刻まれている。

 あえて「大陸制覇」と口にしなかったのは、ここが幼年学校の寄宿舎だからだ。ランス情報部の目が光っているかも知れない状況で、迂闊なことは言えなかった。


 ヴィルヘルミネは気圧されたのか一瞬だけ大きく目を見開き、紅玉のような瞳を煌めかせている。


「余と同じじゃと、それは一体どういうことじゃ?」

「僕はヴィルヘルミネ様と同じ夢を見、それを望んでいる――ということです」


 真っ直ぐに見つめてくる夜空色の瞳に、令嬢がたじろいでいる。凄まじいイケメンの破壊力だ。ヴィルヘルミネの心は大海に浮かぶ小舟のように、大きく揺れ動いていた。


 もともと、イケメンを見るのが大好きな令嬢である。テーブルを挟んで真正面からエルウィンを見ていたら、「ひゃあ、カッコイイ」と目がハートになってしまうのだ。

 しかしだからといって、それが恋には繋がらない。何故なら彼女の脳内にあるレールには、男女を結ぶ路線が無いからであった。


 ――この口で、オーギュにジュテームと言っておったのじゃな。クフ、クフフフ。けしからん、けしからんぞぉぉ……。


 けしからんのは、令嬢の残念な頭脳である。そんな妄想にかまけたせいで、ヴィルヘルミネは話の内容を忘れてしまった。


 ――あれ? 余、今なんの話をしておったんじゃっけ?


 赤毛の令嬢は胸元に手を置き、静かに息を吐いて妄想の世界から意識を帰還させる。ええと……。


 ――そうじゃ、夢の話をしておった。余の夢など、最初はなから決まっておるではないか。イケメンとイケメンの仲睦まじき姿を木陰から見守ること。これに尽きる。


 ヴィルヘルミネの夢は、随分と腐臭を放つものであった。だが令嬢は、これをゾフィー以外に伝えていない。というか伝えたはずのゾフィーも、まさか軍事の天才が「こんなこと」を考えているとは思わないから、全く信じていなかった。


 ――そもそもエルウィンが余と同じ夢を見ているとしたら、それもそれで変じゃぞ。こやつは本当に余の同類であろうか? むむ……ちと確認するとしよう。


 もしもエルウィンが本当に自分と同じ夢を抱いているのなら素晴らしいが、しかしなぜ彼がそれを知っているのかも、はなはだ疑問である。

 だから彼女は紅茶のグラスを指先で弾き、静かに問うた。

 

「エルウィンは余の夢を、なぜ知っておる?」


「ふっ」と笑い、エルウィンの白い歯が輝いた。


「それは――見ていれば、分かりますから」

「……なん……じゃと!?」


 驚愕のヴィルヘルミネだ。今まで、陰からこっそり覗いていたはずなのに。この男、全部お見通しだったのか! ヴィルヘルミネは恐る恐る上目遣いで、エルウィンの顔を覗き込む。


「本当に、余の夢を知っておるのか……!?」

「はい、もちろんです」

「そ、その上で卿の夢は余と同じだと言うのじゃな……!?」


 ――もしや余がチラ見しておるのを知っていて、あえてオーギュやトリスタンと話しておったのか! ご褒美かッ!?


 今度はヴィルヘルミネが、背筋を凍らせる番であった。


「余の夢を――卿は何者かに語ったか?」

「むろんのこと。報告書に纏め、シュレーダー閣下にご報告申し上げております」

「ぷぇ!?」


 思わず奇声を発してしまう令嬢だ。頬に冷たい汗が流れている。

 ズガガーン! とヴィルヘルミネの背筋に雷撃のようなものが走った。何ということをしてくれたのだ、馬鹿者! と心底思う。


 ――ヘルムートにも、バレちゃった!


 恨めし気な目を向けて、ヴィルヘルミネがエルウィンを睨む。


「大丈夫です。フェルディナントは総力を挙げて、ヴィルヘルミネ様の夢を叶える為、動き出していますから」


 またもヴィルヘルミネの頭上で雷の音が鳴り響く。


 ――国を挙げてとは、一体どういうことじゃ!? ヘルムートとハドラーは、やはり「そっち系」であったのか!? ならば奴等、同性同士で結婚できるような法を整えるというのか! グッジョブ、エルウィン! ならば良い! 最の高じゃっ!


 ヴィルヘルミネ、ここでニンマリと笑う。それはもう横にした三日月のような口元で、凶悪な笑顔であった。


「フハ、フハハッ……余は果報者じゃの」

「なんの……主君の夢を叶えるのは、臣下の務めかと存じます。それにヴィルヘルミネ様がお望みになっておられるのは、真なる平和なのではありませんか?」


 もちろんエルウィンがヴィルヘルミネの夢を「大陸制覇」と思っているのは、言うまでもない。だから主君の凶悪な笑みを見て、「何たる覇気!」と思い身震いさえしていた。

 けれど「大陸制覇」の先に思いを馳せれば、それは楽土を思わせるような「真の平和」ではないかと思うのだ。


 ピンクブロンドの髪色をした美青年は、赤毛の令嬢をどこまでも買い被っていた。


「エルウィン――よく気付いたの」


 ヴィルヘルミネは長い睫毛を揺らし、そっと瞼を閉じた。その先に浮かぶのは、光溢れる豊かな山野だ。令嬢は、そこで肩を寄せ合い語り合うイケメン達を木陰から眺めて、「アハハ、ウフフ」と笑っている。まさに真なる平和と呼べる光景であった。


「ならば、やはり先程申し上げました通り、僕の夢――いえ、野望もヴィルヘルミネ様と同様です」

「で、あるか。ならば、共に邁進しようぞ」


 再び開かれたヴィルヘルミネの両目は、覇者の輝きで満たされている。少なくともエルウィンには、そのように見えていた。


「御意――……だけど真なる平和を阻む者共が、今後も数多く現れることでしょう」

「その通りじゃ。故に余は、力を欲しておる。一人では到底無し得ぬことじゃからの。エルウィンよ、共に同じ夢を見る者同士――頼りにするが、よいか?」

「もちろんです。僕はヴィルヘルミネ様の作り給う世界が見たい! それが夢なのですから、いくらでもお頼り下さいッ!」


 赤毛の令嬢とピンクブロンドの髪色をした青年には、巨大過ぎる齟齬が生じていた。それはもう、ランス王国とウェルズ王国を阻む海峡よりも深くて大きな齟齬が、である。


 何せヴィルヘルミネが欲するものは、自分の推しカプが互いを慈しみ合う優しい世界。一方エルウィンは武力による大陸統一、それによって齎されるであろう現実的な秩序を望んでいるのだ。


「うんうん、余は良い部下を持ったのじゃ。今後とも頼むぞ、エルウィンよ」

「僕こそ、最高の主君を得たのです。これに勝る喜びなんて、他にはありません」


 二人は頷きあって、どちらからともなく手を握る。色々な部分がズレまくっているのに、何故か主従の絆だけは深まるのだった。


 ■■■


 同時刻、ランス王国政府は北上を続けるキーエフ軍を討伐する為、一軍を編成することにした。この時、国民会議議長のデルボアは国王に伺いを立てることもせず総司令官を選び、あまつさえ出撃の命令まで下している。


「キーエフが三万というのなら、我が軍は五万で迎え撃たせよ!」


 自身の執務室で、デルボアは唾を飛ばし怒鳴っていた。


 むろん幾人かの側近は形式だけでも国王に伺いを立てるよう進言をしているし、また指揮官の人選は慎重に考えるべきだと助言もしている。けれどデルボアは自らの権威権勢に酔っているのか、誰の意見も聞き入れることはなかった。


 国王シャルルは今回の出兵を聞くや激怒し、反対をしている。


「キーエフが宣戦布告をしてきた訳でもないのに兵を動かし、無用な諍いを起こすべきでは無かろう!」


 普段は温和なシャルルだが、この時は玉座にあって報告に訪れた議員に対し、怒号を浴びせたという。

 結果として議会と国王は対立し、ランスの情勢はますます混迷の度合いを深めていくのだった。

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